断罪者を断罪する罪人2
「はっ……!」
クロガネは大きく目を見開き、跳ね起きた。
汗をぐっしょりかいており、服はべっとりと体に張り付いていた。
その服は、あのドレスでもなければ、いつもの黒服ではなかった。ガウンのような簡素な服を羽織っているだけである。
「ぐ……」
眼がさめたことで思い出したかのように痛み、呻いた。
「大丈夫かい? ……よかった。流石にタフだね」
その体を支えたのはテトラだった。
顔には安堵の表情が見てとれる。
「だいぶうなされてたみたいだけど……」
「……少し昔の夢を見てな。……それより、ここは……」
クロガネは辺りを見渡す。
自分がいるのはベッドで、室内のようだ。それも普通の宿屋の一室という感じだ。
「ササロウレの宿だよ。川に落とされた君を引き上げて、なんとか追手をかいくぐって侵入したんだ」
「……川。……はっ! シイタケは? シイタケはどうなった!」
クロガネは半ばテトラに掴みかかるようにして言った。
「……」
テトラは顔を背け、
「……さらわれたよ。おそらく大司教の居る光輝の塔だろうね……。教会は奇跡――つっまり魔法を独占するため悪魔を狩っているから、そこで魔法の源たるアクシオンを抽出するつもりなんだろう」
「……そうか。……なら、こうしてはいられない」
クロガネは痛みに呻き声を上げながら立ち上がろうとする。
「待って! ダメだ! 今動いたら……」
「今動かないと、シイタケが死ぬ」
その目には、獰猛なまでの意思の光があった。
「だとしても、君が行ってもムダ死にするだけだ! 行かせるわけにはいかない! 『ネクロペディア』の完全版には、魔剣のフィードバックの治療法や魔剣の封印としての使用法なども載っているはずだ。それが見つかれば治療できる。でも、今魔剣を抜いてしまったら、君は悪魔になってしまうぞ!」
テトラはあらん限りの力でクロガネを押さえつける。
するとクロガネは力を抜き、
「あれは……もう何年も前の話だ。……もう忘れたと思っていたんだがな」
唐突に語り始めた。
「私の生まれたところは、もともと神を信仰しているわけではなくてな……自然現象は精霊の働きだという考えだった。とはいえ教会の勢力も強くなってきたために、表面上は極光教を受け入れていた。ある時、教会の人間がやってきて、村外れのほこらに魔剣を封印していった。呪われているから決して触れてはならないと言ってな」
「なぜ教会の人間は、そんなところに?」
「今までは全くわからなかったが、お前から聞いた情報で大体わかったよ。もともとは悪魔の封印に使っていたんだろうが、教会の人間が奇跡だと言って魔法を使っているなら、自分が封印されそうになったんじゃないか? それで厄介ものを辺鄙な所に置いたんだろう」
「なるほど……」
「実際、よくはわからないが、誰でも一目でよくないものだとはわかったんでな。触れたりする者はいなかった」
だが、とクロガネは言葉を切った。
「……ある時村を雪獅子が襲った。本来いる筈のない地方だっただけに、全く対処法がわからず、村の大人たちは戦ったもののみんな殺された。私たちは逃げようとしたが、混乱のおり火災が発生して逃げられなくなった……」
彼女と、その許婚は偶然にも魔剣の封印されているほこらに逃げ込んだ。
しかし、ほこらと言っても岩場を数メートルくりぬいただけであり、その中にも煙が流れ込んで視界は悪かった。
彼女の許婚は、ほこらの入口を見張っていた。
来るな。
来るな。
彼女たちが祈るのはただそれだけだった。
そうしている間にも、煙が流れ込み、咳き込む。
そして、遂に雪獅子がほこらの中の獲物に気づいた。
雪獅子は、本来群れで生活し、オスがメスや子どものために狩りをする生物である。この生物が特に危険とされる由縁は、獲物はその場で食べるわけではなく群れに持ち帰るため、狩れるだけ狩ろうとする性質にある。
群れから遠くはぐれてしまったのであろうこの獅子であるが、その性質は変わらなかった。
村人を蹂躙し、血にまみれたその姿で、ほこらの中に入り込んできたのである。
彼女は、恐怖のあまり金縛りにあったように動けなくなった。
彼は逃げ出すだろうと思っていた。
臆病で、崖から飛び降りる度胸試しも出来なかった彼。お互いさして会話をしたこともなく、彼もまた彼女のことを別に好きではないだろうと思っていた。
そしてそれはおそらく間違いではなかっただろう。
しかし、
「僕の妻に手を出すなっ!」
彼は震える手で農具を掴み、雪獅子に挑みかかった。
温厚な彼は戦ったことなどなかっただろう。
がむしゃらに農具を振り回すが、雪獅子の腕の一振りでそれを打ち砕かれてしまう。
クロガネの視界の端に、魔剣が映った。
極光神の像の足元に、鞘ごと鎖でぐるぐると縛り付けられ、神聖文字の書かれた札が何枚も貼られている。
これを、抜いて彼に渡せば――
だが、やはり恐怖が彼女を縛った。
呪われた剣だと聞いていたことと、その剣が出す禍々しいオーラ、そしてすぐ近くまで迫った雪獅子。
ただの少女が動けなくても無理はなかったかもしれない。
しかし、その躊躇の間に、彼は獅子の爪で引き裂かれていた。
血だまりに倒れる彼が、最期に残した言葉は、
「逃げろ……アカネ……」
彼女が覚えているのはそこまでだ。
気がついた時、彼女は魔剣を手にしており、ずたずたに斬り裂かれた雪獅子の死体の側にへたり込んでいた。
火事は、ほとんど収まっていた。
もう何も燃えるものがなくなったから。
何一つとして動くものはない。
ただぶすぶすと家や『何か』の燃え残りがくすぶっているだけだった。
どれくらい時が流れただろうか。
呆然とする彼女の眼前の空間が、陽炎のように揺らめいた。
そして、小さな人型が現れ――




