狩人を狩る狩人7
あの一瞬でどれほどの攻防があったのか、肩で息をしており剣を杖がわりにやっと立っていた。
一方、アリゲイターはそれを見下ろすように超然と立っている。
「そんな……」
テトラが思わず声を漏らした。
それも当然だった。
魔剣シェイクハンドは、抜くと深悪魔ラディゲの力が流れ込み、対象を強化させる。それは一度抜けば、以後抜いていなくてもその分は加算されているのだ。抜けば抜くほど強くなるというわけであるが、五、六回も抜いているともなれば、その力は竜にだって引けをとらないはずなのだ。
それを知っているテトラからすれば、これほど不可解な事はないだろう。
「教会はどんな手術を奴に施したんだ……?」
「ああ? 手術なんかしちゃいねえぜ?」
テトラの呟きを聞いたアリゲイターが言う。あれだけ激しい動きをしながら、まったく息が乱れていなかった。
「何を言っている。僕は知っているんだ。教会は悪魔狩りと称し魔法が使える生き物を捕らえては、魔法の元となる物質――アクシオンを抽出し、それを寵愛騎士団らに使用して肉体を強化していると!」
「へえ。そういうわけだったのか。なるほどな。……だがな、俺ァ、そんなことをされちゃいねえ。あんなカスどもと一緒にしないで欲しいなァ」
アリゲイターは新しい遊びを教えてもらった子どものように顔をほころばせた。
「気付いていないだけだ! アクシオンはワインそっくりな液体に加工される。それを飲まされたんだろう!」
「ああ、あれか。あんなクソ不味いもんが飲めるかよ。……だいいち俺ァ、騎士団に入る前からあいつらぐらい簡単に殺せたんだ」
「な……バカな……」
「さて、おしゃべりもこのくらいでいいだろう。どうだい? 姉ちゃん。息は整ったか? いい加減魔剣を抜きな」
アリゲイターは嘲るようにトラバサミをガチガチ鳴らす。
クロガネも実力差は痛感していた。
腰の魔剣に手を伸ばし――
「……貴様如きにはもったいないと言ったはずだ」
しかし、通常の剣を構えた。
「それに……」
ちらりと自分の姿を見る。
あの白いドレスはあちこちが破れていた。
「女の恨みは恐ろしいぞ」
「かはは。上等」
アリゲイターが猫科の大型肉食獣を思わせる動きでクロガネに飛びかかる。
クロガネは六角獣の時のように、地面の雪を蹴り上げた。
しかしアリゲイターはトラバサミを放り投げ、その鉄の牙で橋の欄干を挟んだ。トラバサミには細い鎖が繋がっており、それを引くことで突進の軌道を変え、雪を避けた。
ただかわすだけでなく、わざわざそうしたのは、鎖の遠心力で更に加速するためだった。
振り子のように加速したアリゲイターはその最高速度の地点で鎖を手放し、自らを砲弾と化してクロガネに飛来した。
そのあまりのスピードに辺りの雪が舞い、木々がさんざめき、川の水面が激しく揺れた。
それはクロガネですらまともに捉えることの出来ない速度だった。
「ぐああっ!」
クロガネは思い切り弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
雪のクッションなどとはもはや関係ないほどの速度で打ちつけられたため、呼吸すらままならない。
「かっ……はっ……」
「おい。なんだこのザマはよ。大口叩いといてこりゃねえだろ? まだ亜竜種の方が強えぜ? これじゃあ魔剣とやらを抜いても大して変わんねえだろうな」
アリゲイターは起きあがろうとするクロガネの元に歩いて行くと、その腹を蹴り飛ばした。
「がはっ……!」
アリゲイターにとっては軽い蹴りだったのかもしれないが、クロガネは吹っ飛ばされ橋の欄干に激突した。
「つまんねえ……クソ! 大司教の野郎、何が最強の悪魔だ。ガセ掴ませやがって……」
呟いて、トラバサミを手に取る。
「これ以上かまっててもしゃーねえな。とっとと終わらせちまうか」
そしてそれをクロガネの頭にあてがい……
「やめろーーーーっ!」
何かがアリゲイターの頭にぶつかった。
「んあ?」
「クロガネに手を出したらぶっとばすぞ!」
シイタケだった。
アリゲイターの髪を引っ張り、必死にクロガネから引きはがそうとするが、相手は全く意にも介さない。
「なんだ小悪魔かよ。妙なもんを飼ってやがるな」
無造作にひっつかむと、自分の髪の毛がむしられるのも構わずに引き剥がす。
「このー! ちきしょー!」
「やめろ……そいつに手を出すな……」
クロガネが痛んだ体を無理に起こそうとしたが、
「てめえは黙ってろ」
アリゲイターはその頭を橋の床に叩きつけるように踏んだ。
「ぐ……っ」
「殺しゃしねえよ。大司教からも小悪魔は見つけ次第生け獲りにしろって言われてるしな」
もっとも、と続ける。
「あそこに連れていかれりゃ、死んだも同じだろうけどよ」
「キサマーーーッ!」
クロガネはついに魔剣に手をかけた。
だが――
「もう遅えよ。興がさめてんだ。くたばれ」
アリゲイターはクロガネを蹴り飛ばし、極寒の川に落とした。
大きく水柱が上がり、橋の上までしぶく。
「クロガネーーー!」
「おら、行くぞ。あのダメージじゃ助かりゃしねえよ」
「この人殺……むぐ、ぐ……」
アリゲイターはシイタケの口を押さえ、もう一方の手で小さな首の頸動脈を正確に絞め、気絶させた。
それから辺りを見渡したが、
「あのヤサ男がいねえな……おそれをなして逃げ出したか。……まぁいい。あの剣士がいなけりゃ下っ端どもでも充分捕まえられっだろう」
アリゲイターはぐったりしたシイタケを片手に、とんとんと軽く地面を蹴ると、直後目にも留まらぬスピードで走り去った。
その刹那、アリゲイターは川の方を一瞥したが……
そこにはただ水面がたゆたっているだけだった。




