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犬と下種10

『シュロオオオオオオオオオオオ!』

 その声が放たれると、天空にたなびく雲が渦を巻きはじめた。それはクロガネの頭上に集まっていく。

 そして、雲が落ちてきた。

 雨ではない。

 雲が凝固し、槍のように降り注いだのだ。

「なんだこれは……っ!?」

 その範囲と量と言ったら、人間が扱えるどんな武器でも及びつかなかった。

 何しろ頭上を覆う雲全てが武器なのだ。

 落ちてくるのははっきり見えているが、かわせるはずもない。

「くそおっ!」

 クロガネに残された手は魔剣に頼ることだけだった。

 魔剣に手を伸ばした、その時――

「雲は雲に、雨は雨に還れ」

 朗々とした声が響いた。

 それに合わせるように、槍と化していた雲がバラけ、周囲に霧を成す。

「この声は……」

「やあ。また会ったね」

 林から、そして霧中から現れたのはテトラである。

 その手には水のようにたゆたう表紙……いや水が表紙を成している不可思議な本を持っていた。

「魔道書アストラバルカン。アンチマジックの章・対クラウドウェポンの術」

 呟き、書を閉じる。

「クロガネ、そいつの魔法は僕が封じる。だからそいつを倒してくれ」

「このタイミングで出て来るとは……待ち構えていたんじゃないだろうな」

「そんな人聞きの悪い……」

「そうだな。悪かった。……礼と言ってはなんだが、ちゃんと倒すさ」

 クロガネは先ほどの隙の間に抜け目なく槍を拾っており、それを手に走り出す。

 六角獣は魔法が打ち消されるという経験は初めてだったのか、混乱の色が見てとれた。

『クロララキュルル……』

 再び呪文を唱え始める六角獣。

 だが、テトラもまた対抗の呪文を唱え始める。

 それが原因だと気付いたのか、六角獣がそちらを向いた。

 その隙を見逃すクロガネではない。

槍を思い切り投擲する。

 空気を切り裂き迫る槍を、六角獣は自慢の角で弾いた。

 その弾いた槍をジャンプしたクロガネが掴む。

「終わりだっ!」

 落下する力をプラスした渾身の突きを放った。

 槍の穂先が、六角獣の頭蓋を貫く。

 南瓜を押しつぶしたような手ごたえが、クロガネに伝わる。

『キュラアアアアアアアアア……』

 断末魔が響き、その巨体が崩れ落ちた。

 同時にその頭に刺さる槍を掴んでいたクロガネもまた地面に叩きつけられる。

 そこに慌ててテトラが駆け寄り、抱き起した。

「大丈夫かい?」

「……なんとかな」

 クロガネは最早立っていることもできないほどに消耗していた。

「色々聞きたいことはあるけど、後にしよう。まぁその分たくさん聞かせてもらうけどね」

「……現金な奴め」

「ふふ……さて、あれを拝借しようか」

 テトラはクロガネに肩を貸すと、主なき馬車に向かって歩き出した。

 そしてクロガネをそのキャビンに乗せ、

「さて、後は精霊さんだけだけど……」

 見渡すが、姿はない。

「どうする?」

「……あのバカめ」

 と、そこに茂みをかき分ける音がした。

「遅いぞシイタケ……」

「違う!」

 車内から音だけを聞いていたクロガネと違い、テトラは音がした方向を見ていた。

「シアン司教だ!」

「何……!」

「誰に断って……それに触っているの。それは私のよ」

 服はズタズタだが、いかなる術にか回復したらしくその肉体に傷一つない。犬たちもいくぶんかダメージを負っているが、まだ元気そうである。

「まぁいいわ。欲しいならあげる。地獄に落ちるあなたたちにプレゼントよ」

 司教はぶつぶつと呪文を呟きはじめた。

 それに合わせて空中にいくつもの炎が生まれる。

「くそっ! またあれか……」

 クロガネは馬車内から体を起こそうとしたが、疲弊しきった体は言う事を聞かなかった。

 それを見て、司教は満足そうに笑う。

 しかし――

「これなーんだ?」

 その笑みが凍りついた。

 テトラが懐から出したのは、金銀で装丁された豪華な本だった。

「『神の秘跡』……司教級以上にしか持つことが許されない秘密の魔道書だね」

「な、なぜそれを……!」

「だって居なかったじゃないか。今もだけどね」

「まさか……」

 司教がよろめく。

「お前……私が戦っている間に……」

 クロガネが呆れるように言った。

「そう。ここの教会に忍びこんで拝借してきたんだよ。騎士団も不在で簡単も簡単」

 にこりと笑うテトラ。

「こ、この悪魔め!」

「そうかな? この本に書かれてあることを考えればどっちが悪魔だか。まぁいいか。とりあえず……」

 テトラがその本を読み、ぶつぶつと呟くと、炎は全てかき消えた。

「なっ……バカな! それにアンチマジックの項なんかないはずよ!」

「自分で魔法(マジック)って言っちゃったね。奇跡じゃなかったのかい? ふふ。答えは簡単さ。呪文を逆さに読んだだけ。初歩中の初歩のアンチマジックだけど、相手が初心者なら十分に効果が発揮できる」

 本を開いているせいか、テトラは饒舌に喋りまくった。

「くそおおおっ! だったら引き裂いてやるああああっ!」

 それに神経を逆なでされた司教は絶叫し、走り出した。人間の肉体の限界を超え、脅威的な速さで迫る。

「おい、何か手はあるのか」

「はは。……実はなかったりして」

 ぺろりと舌を出すテトラ。

「バカ野郎……!」

 クロガネが痛む体を無理やり起こそうとした、その時、

「え?」

 司教が間抜けな声を漏らした。

 髪に括られた犬たちが、彼女の足に噛みついていたからだ。

「何をしてるの貴方たち……」

 犬たちの目に正気はない。

 唸り声を上げると司教に次々襲いかかる。

「な、ちょ……きゃあああっ!」

 それを呆然と見ていたクロガネとテトラ、その二人の間に突然シイタケが現れた。

「よっ」

 にっこり笑うシイタケ。

 しかしその顔にクロガネの手が伸び、ほっぺたを握りつぶされた。

「何がよっ、だ。今までどこにいた」

「なんらよお。ふぃとがふろーひて……」

「ちゃんと喋れ」

 理不尽なことを言って、そして言ったことでそれに気づいたクロガネは手を放した。

「もう、だからさぁ、ここの林で薬草を調合したんだよ。犬を興奮させる粉をね」

 得意げにシイタケは胸を逸らした。

「な、なんですってえ。あ、あなたが……ぎゃああ!」

 それを聞いた司教がシイタケに向かおうとするが、犬たちに襲われまったく近寄れない。

「いくら興奮してるからってそんなに襲われるなんて人望がないんだなあ」

「く、ちくしょう! やめなさい、やめろ、やめ……きいいいいっ! このクソ犬があああっ!」

「あ~あ、言っちゃった」

 シイタケの言葉ももう届いていない司教は、遂に犬たちに掴みかかった。

 そして殴りかかろうとしたその瞬間、

「この大馬鹿者が」

 痛む体を無理に動かしたクロガネが馬車から怪鳥の如く飛び出すと、先ほど使った槍を拾い、司教の髪を切り裂いた。

 犬たちは髪の束縛から離れ、自由になったことで更に司教に襲い掛かった。

「きゃあああああ……!」

 司教は次々襲われるが、超常の力でその肉体はその場で再生していく。

 それによって体力が奪われ、司教はまともな抵抗が出来なくなっていた。

 犬の噛みつき程度では決して死ぬことのない司教と、襲いかかり続ける犬たち。

「まぁ、一時間もすれば薬草の効果は切れるよ」

「一……ヒイイイイイイイイイイイ!」

 司教の絶叫を残し、馬車は街道を走りだした。

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