犬と下種5
にこりと笑って、スパイキーは突進してきた。
その指には、一本一本にムチがくくりつけられていた。
都合十本のムチが、唸りをあげてクロガネを襲う。
「くっ!」
慌ててその場を飛びのくクロガネ。
しかしムチは蛇の如き動きで襲い掛かる。
ムチがかすめた地面は雪が吹き飛び、大地が抉れている。
もし命中すれば、肉は裂け骨が砕けるだろう。
それが超高速で、数本が逃げ場を塞ぐように動き、残りが相手を引き裂こうと迫る。
「ちぃっ!」
逃げ場を塞いでいるムチを剣で弾き、そのスペースに飛び込むようにしてよける。
それでも薄皮一枚切り裂かれる。
触れたわけではない。それでも距離が近ければ、そうなってしまうのだ。
更に、飛びのいた先には、別の騎士団員が槍を伸ばしている。
無防備な空中にいるクロガネは、無理やり体を捻って槍をかわす。
そこに今度は別の団員の槍が唸りを上げて放たれた。それもまた常人を遙かに超える速度である。
クロガネは剣の腹でそれを受けたが、その威力は凄まじく、吹き飛ばされてしまった。
「ぐうっ!」
雪の上を跳ね、木の幹にぶつかりそうな刹那、足を伸ばして幹に真横に着地する。
あまりの衝撃に、木に積もった雪が落ちるどころか木がへし折れる。
「……はぁはぁはぁ……」
戦闘が開始して僅か数秒。
既にクロガネは肩で息をしていた。
甘かった。
寵愛騎士団。
噂に聞いていたが、まさかこれほどまでに強いとは。
クロガネの背を冷たい汗が流れる。
「どうしたのぉ? 逃げてばかりじゃ勝てないわよぉ?」
にやにや笑いながら、スパイキーが近づいてゆく。
「あなたなかなか可愛いじゃない。もしこんな形で会わなければ、仲良くなれたかもしれないのにねえ。残念」
その言葉を、クロガネは聞いてはいなかった。
何だこいつらは。
技術やセンスで言えばマルマインゲアーの方が上だ。
なのに、『なぜこんなに強い』?
「どう? 死ぬ前に一度いい思いしてみない? ああ、勘違いしちゃダメよ。私は女としてあなたを愛してあげるの。同性愛よ。心配しなくていいわ」
「心配なのは貴様の脳みそだ」
「……本当に残念ね。せめてあたしの手で殺してあげるわ」
ムチをしならせながら、迫るスパイキー。
クロガネは剣を構えようとし、
「……!」
その剣が半ばから折れた。
「……なんという力だ」
いかに安物の剣とはいえ、数回攻撃を受けただけで折られるとは……
「そうか……力か」
あらゆる面で騎士たちを上回っているマルマインゲアーより、騎士たちが手ごわい理由――
それは圧倒的な筋力。
「くそっ……!」
クロガネは心底悔しそうに地団太を踏んだ。
「神の寵愛を受けているから寵愛騎士団。今更後悔しても遅いわよ」
「後悔……ああ、そうだな」
「大丈夫。あたしたちの手にかかって死ねば現世での罪は清められるわ」
「確かに後悔はしているさ」
クロガネの瞳は、スパイキーではなく虚空に向けられている。
「……ちょっと、さっきから人の話聞いてる?」
「あの時あんなものを抜いてしまったからな」
「何を言ってるのよ」
「その上……」
クロガネは安物の剣を捨て、腰の剣に手を伸ばす。
そして、その柄に意匠される開かれた悪魔の手、
「また抜かなくてはならんのだからな」
『それ』を掴んだ。
すると、悪魔の手はまるで生きているかのようにクロガネの手を掴み返した。
瞬間――
世界が変わった。




