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イベント初参加作品です。
いろいろと至らない点もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします。
むかしむかし。
世界の人々は、とある病気に苦しめられていました。
それはそれは、とてもおそろしい病気で、人から人へと次々にうつり、またたく間に世界はこの病気にかかった人であふれてしまいました。
そして、小さな村で暮らしていた兄妹、ヘンゼルとグレーテルのお母さんも、その病気にかかってしまいました。
お母さんは病気に負けてしまい、心がくじけて、ある日の夜、お父さんに言いました。
「もう、明日食べるパンを買うお金もないわ。かわいそうなヘンゼルとグレーテル。わたしたちのような貧しい夫婦のもとに生まれたばかりに」
お母さんの顔は、涙にぬれてやせこけて、目は落ちくぼみ、もう、ヘンゼルとグレーテルの知っているお母さんのものではありませんでした。
「二人を、森におきざりにしましょう」
お父さんは、はじめは反対しましたが、お母さんがあまりに強く言うので、ついに「わかった」と言ってしまいました。
かわいそうなヘンゼルとグレーテル。
こっそりお父さんとお母さんの話を聞いていた妹のグレーテルは悲しくて怖くて、泣いてしまいます。
「どうしよう、森におきざりになんてされたくない。パンなんていらない。おかあさんとおとうさんといっしょにいたいよう」
兄のヘンゼルは優しくなだめました。
「ぼくが何とかするから、だいじょうぶだ」
かしこいヘンゼルは、夜のうちに、家のまわりで、月の光をうけて夜でもかすかに光る、白い小石をたくさん拾っておきました。
そうして森におきざりにされても、こっそり落としておいた小石を目印にして、ふたりで家にかえってくるとができました。
しかし、その次の日、また森におきざりにされてしまいます。今度は前の晩に、小石をひろう間もなく、戸を閉められてしまったので、しかたなく、朝ごはんのパンをちぎって目印にしたのですが、パンはすべて、森の小鳥たちに食べられてしまいました。
森の奥の奥。今まで来たことのない場所で、二人はすっかり迷子になってしまいました。
「おにいちゃん、こわいよ。おなかがすいたよ」
「グレーテル、だいじょうぶだ。お兄ちゃんが、ぜったいにお前を守ってやる」
グレーテルはしくしくと泣いています。
「おかあさんは、どうしてわたしたちをすてたの? わたしたちのこと、キライになっちゃったの?」
「いいか、グレーテル。お母さんは病気なんだ。病気に負けて、大切なことがわからなくなってしまっているんだ。でも、病気さえ治ればだいじょうぶさ」
「ごびょうきがなおったら、また、いっしょにくらしてくれる?」
「ああ、もちろんだとも」
そうは言ったものの、どうしたものか。このままでは二人ともお腹がすいて動けなくなってしまう。そうしたら、オオカミやクマに食べられてしまうかも……。
ヘンゼルの心にかげが落ちかけたその時、森の木々の間から、何かが見えました。
「あれ、家か?」
ヘンゼルはグレーテルの手を引いて駆け出しました。
その先には、小さな家がありました。
しかもその家は、なんとお菓子でできていたのです。
壁はビスケット。屋根にはクッキー。窓はキャンディでできています。ドアはチョコレートのようでした。
お腹がすいていた二人は、思わずお菓子の家に手を伸ばしました。
そして、大きく口をあけて、パクリと――
「う」
「ま」
「まずーーーーーーーいっ!」
二人は一斉に口の中のお菓子を吐き出しました。
あれほどお腹が空いていれば、ちょっとくらいまずくても食べられそうなものですが、それでも食べらないほど、お菓子はひどい味でした。
「うう、きもちわるいよう」
「だ、だいじょうぶか、グレーテル」
二人がお菓子の家の前でへたりこんでいると、えもいわれぬ味のチョコレートのドアが開き、ひょこっと誰かが顔を出しました。
「あ、あの。やっぱりまずかったですか?」
おずおずと声をかけてきたのは、黒いフードつきの、足元まである長いマントを来た、金色の髪と同じ色の目をした、ヘンゼルと同じくらいの女の子でした。
「君は誰?」
「わ、わたしは、森の魔女……みならいです」
ヘンゼルの問いかけに、弱々しい声で答えた魔女見習いは、顔を真っ赤にして、チョコレートのドアのかげにかくれてしまいました。
「魔女見習い?」
ヘンゼルとグレーテルは顔を見合わせました。
二人は魔女は知っていました。絵本に出てきたり、お父さんやお母さんに「悪い子は魔女に食べられてしまうよ」と叱られたりしたことがあるからです。二人は、今まで魔女は怖いものだと思っていました。けれど、魔女見習いだと言った女の子は、とても愛らしくて、おまけにずいぶんはずかしがりやさんのようです。全然怖いものには見えませんでした。
「ねえ、魔女見習いさん。僕はヘンゼル。この子は妹のグレーテルっていうんだ。君は、ここで一人で暮らしているの?」
もし、魔女が本当にこわいものだったら……という不安はありましたが、ヘンゼルは思いきって声をかけることにしました。もし怖いものでないのなら、少し家の中で休ませてもらいたいと思ったからです。
「は、はい。今はひとりぼっちです」
魔女見習いは、おずおずとドアのかげから顔をのぞかせて答えました。
「君は、その、絵本みたいに、僕たちのような子供を食べたり、するの?」
「えっ? いいえ、その、人を食べたりはしません」
魔女見習いは目を大きく見開いてそう答えました。
「本当に?」
グレーテルがヘンゼルの背中にかくれながら言いました。
「ほ、本当です。その、よかったら、寒いですし、おうちの中に入りませんか?」
魔女見習いはそう言うと、ドアのかげから出てきました。
「あ、あの、絶対に食べたり、ひどいことをしたりしませんから。約束します」
ヘンゼルは、魔女見習いの目を見て、きっとウソをついたりしていないなと思ったので、中に入ることにしました。
「ありがとう。寒いし、つかれたし、困っていたんだ」
家に入ると、二人は地下室にあんないされました。
魔女見習いは、
「お菓子の家は、その、ただのワナなので、あそこでは暮らせないんです。すきま風が寒くって」
と、困ったような顔でほほえんで言いました。
地下室はランプの灯りだけなので、少し暗かったのですが、普通の家と同じようなテーブルやいすや、棚がありました。上にあるお菓子の家よりも広くて、別の部屋が他にもたくさんあるようでした。
「あの、君の名前を聞いてもいい?」
ヘンゼルが椅子に座る前に聞きました。
「はい。ディアナです。よろしくおねがいします」
魔女見習いのディアナは、顔を真っ赤にしてそう言うと、ぺこりと頭をさげました。
ディアナは、ふたりにお茶を出してくれましたが、こちらもお菓子の家と同じように、ひどい味でした。せっかくお茶をいれてくれたディアナには悪いと思いましたが、とても飲めませんでした。しかたなく、ディアナはお水だけを出しました。ただのお水でも、ふたりにはとてもありがたいものでした。
「ありがとう、ディアナ」
「い、いいえ。その。おいしいものをお出しできなくて、本当にごめんなさい」
ディアナはすっかりしょんぼりしてしまいました。
「きにしないで、おみず、おいしいよ」
グレーテルがにこにこして言いましたが、ディアナはあいかわらずしょんぼりしたまま、話しはじめました。
「あの、ここには、もともとわたしの先生が住んでいたんです。先生が作るものは、お茶でもお料理でもお菓子でも、なんでもとってもおいしかったんです。お菓子の家も、すごくおいしくて、たくさんの人間がワナにかかったって……」
「えっ?」
人間がワナにかかったというディアナの言葉に、ヘンゼルはどきっとしました。
「ちょ、ちょっと待って。きみの先生は、人間をワナにかけてどうしていたの?」
ディアナは、ハッと口をおさえて、顔をさらに赤くしました。
「ご、ごめんなさい。最初に言いましたけど、わたしは人間を食べたりはしません。本当です。でも、先生は……わたしは見たことがないんですけれど、とってもこわい魔女だったそうなんです。昔は、人間を食べたり、ひどいことをしたり、お天気をあやつることもできて、大雨をふらせたり風を吹かせたりしたと聞きました」
グレーテルがヘンゼルに抱きついてきました。ディアナの先生のお話が、とっても怖かったのです。
「そ、そんなひどい魔女だったの?」
ヘンゼルがおそるおそる聞くと、ディアナは泣きそうな顔になってしまいました。
「はい。魔女の国の、誰もが先生にあこがれていたそうです。けれど、先生は、それではだめだったんだと気付いたと、言っていました。そして、魔女の国をひとりで出ていってしまったんです。私は、さみしくてさみしくて、ここまでおいかけてきたんですけれど、先生はもういなくて」
ディアナの目から涙がこぼれおちました。
おびえてヘンゼルに抱きついていたグレーテルが、そっと立って、ディアナのとなりに行き、ディアナの手をにぎりました。
「かわいそう。だいすきなひとに、おいていかれてしまったのね。わたしとおんなじ」
ディアナの涙は、どんどんあふれて、とうとう大きな声で泣き出してしまいました。
「わ、わたし、がんばって、ここで、先生くらいすごい魔女になれば、先生が帰ってきてくれるかもって思ったんです。でも、ぜんぜんだめで。ここに残っていた先生のノートも、本も、魔女の国のことばでは書かれていなくて、ぜんぜん読めなくて。先生に前に教えてもらったことを思い出したりして、がんばったけど、ぜんぜんうまくいかないんです」
グレーテルが、ディアナをぎゅうっと抱きしめると、気持ちが伝わったのか、いっしょに泣き出してしまいました。
「落ち着いて、ふたりとも」
ヘンゼルはあわててふたりをなだめました。