前編 アマノジャク先輩
大学生の先輩と後輩のお話です。二話完結。
よろしくお願いします。
「いい加減、自分が女性だってコト、自覚してください」
もの凄い威圧感を振りかけて来る体格の良い男―――上から目線で偉そうなコトを言っているが、コイツは一コ下の後輩だ。
研究室で夜通し図面を引いていた私は、朝方いよいよ眠気に負けて椅子を四つほど並べてその上に横になり眠っていた。寝相が物凄く良い私は、一度眠りに就くとその場所にピタリと留まって熟睡する事が出来る。この特技、褒めて貰っても良いくらいだと思うのだが……。
「こんな鍵も無い場所で女の子が無防備に眠るなんて、あり得ないですよ」
「え?隣の研究室の木村君も徹夜だったけど……」
「尚更、悪いです」
もの凄い怖い顔で睨まれた。
一コ下の三年生である彼は、この秋私の所属する建築計画研究室に所属する事になった。元々部活が一緒だから夕方から毎日顔を合わせているのに、更に一日中ほとんどの時間を過ごすこの研究室まで一緒になってしまったら―――顔を合わせないのはそれぞれの家で眠っている時ぐらいになってしまう。
ちなみに私の実家はこの街の十倍くらいの人口がひしめく地方中核都市、高速で車をかっ飛ばしても大学まで二時間以上はゆうに掛かるので、大学周辺に数多存在する下宿の一つに間借り、と言う形で暮らしている。一方彼は地元っ子だから、子供の頃から暮らしている自宅から通学しているのだ。
私は居心地の悪い自分の実家から逃げ出す為に地方の大学を選んだクチだから―――居心地良さげな自宅からのうのうと通うこの男が、心底羨ましい。だからついつい揶揄い半分でこう当て擦ってしまう。
「君は本当に常識的ですな。幸せな家庭に育ったことに感謝したまえ」
「―――不幸自慢ですか。幾らでも後で聞きますから、とりあえず椅子から降りてください。家まで送って行きますよ、先生には今日は休むって言っておきますから」
「ええー……帰るの、面倒臭い」
「皆普通にPC作業始めるんですから、その横で眠られたら気になって集中できません」
「じゃあ、実験棟へ行く。寝袋あるし……イタイイタイ」
頬っぺたをつねられる。
おい、酷いな。コイツ私のこと、全く先輩だと思っていないな。
「そんなもっとひと気の無い場所で寝るなんて止めてください!―――家に帰って、布団で寝なさい」
あ、とうとう敬語が取れた。
「先輩に向かってその態度は何?」
「だったら、一瞬でも先輩らしい態度を取って下さい」
そう言い放たれて反論できなくなったところを、問答無用で引っ立てられた。
この子は頭が良い筈なのに―――私なんかに構ってやいのやいの口煩く世話を焼いて、何が楽しいのだろうか。彼のお小言なんて、私は馬耳東風……右から左に聞き流していると言うのに。つまりは単にお節介なんだな、それか周りの常識の無い人間が許せない真っ当な人間と言うことか。
私には私の考えがあって、この四年間を刹那的に野放図に生きているのですよ。
それをぬくぬくと優しい場所で幸せに育ったお坊ちゃんに、アレコレ指図されたくない。
確か学年で一番の成績だって、誰かに聞いた事がある。本当は個人情報を漏らすなんて厳禁だろうに、先生が以前「アイツは入試で一番成績が良かったんだ」とも言っていたな。なら、私が元いたS市にある、もっともっと偏差値の高い大学に行けば良かったのにって思う。だけど「ここが良かったんです」って言うんだよな。彼、よっぽど地元愛が強いらしい……。
ああ、羨ましい。
自分の実家と地元を愛せて、その場所から逃げ出す事なんかまったく考える必要のない、まっすぐな真っ当な人間。
私とは正反対だ。
だからこの子が幾ら常識的な正しい事を幾ら私に説いたって。
私は天邪鬼を発揮して、言う事に耳なんか貸さないんだから―――絶対。




