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誘拐犯と過ごす誕生日

作者: 大福丸。

初の短編で、ドキドキです。

拙い文章ですが、よろしくお願いします。

 あたしの名前は咲花凛(さくはなりん)

 今年、小学3年生になりました。

 学校ではそこそこ友達にも囲まれ、まあ楽しくしてます。


 さてさて、あたしにはいつも心に秘めている想いがあります。それは


 ────私は邪魔者、いらない子。


 あたしのパパはあたしが5歳になったと同時に


 「浮気相手に子供が出来た」


 と言って、それ以上は語らずに家を出ていってしまいました。

 あたしは、信じられませんでした。開いた口が塞がらない、とはこのことかと実感しました。


 だってパパは仕事第一の真面目な人だったから。いつもあたし達の為だと言って、真面目に働いていました。

 帰ってくるのは週に2度ほどだったけど、それでも帰った時には疲れているはずなのに、できるだけあたし達家族との時間を優先してくれました。


 そんなパパだったからこそ、あたしはパパが他の女の人を作って、出ていったことが信じられませんでした。

 あたしは、学校で習ったのです。

 子供を作るには、セイコウイというのをしないといけないと。

 そんなことする時間パパにはありませんし、パパにはそんな勇気ありません。


 ママは、パパと別れてから暫くして、悠一さんという男の人を頻繁に家に呼ぶようになりました。

 そういう日はいつも、ママは何時間何時間もかけて鼻歌を歌いながら、自分の顔にお絵描きをしてます。

 ママはパパと別れてから魂のない抜け殻のようになっていましたから楽しそうだったからあたしも良かったです。

 もちろん、あたしも直接紹介されました。

 悠一さんは、いつもママのことを"さん"付けで呼ぶほど、真面目で謙虚な男性で、あたしに対しても頗る親切でした。

 だけどあたしはどうしても好きになれませんでした。

それはきっとあたしにとっての父親は、パパだけだったからだと思います。


 あたしが、2年生の2学期に入った頃に、ママは悠一さんとサイコンしました。

 ママと悠一さんの間に女の子の赤ちゃんができたからです。つまりセイコウイをしたんですね。熱いですねぇ。

 あたしは、もちろん祝福はしました。

 だって、下、とくに妹はずっと欲しかったですから。

 妹の名前は、マミ。

 シンジツのシンに、ウツクシイと書くそうです。

 マミが生まれてからは、悠一さんやママはマミの周りのことで精一杯で、あたしの事になんか気にも留めませんでした。少し、いえとても寂しかったです。

 だからあたしは、以前1度、ママにお願い事をしてみました,


 「ねぇ、ママ。凛とも遊んで。」


 と。

 あたしだって、少しくらいママと遊びたいです。

 ママに抱かれたマミは、つぶらな瞳であたしを見つめます。

 そんなことされたら、誰だって可愛がりたくなっちゃいます。

 マミは、なかなかやる女の子です。


 だけどママから返ってきた答えは、あたしの期待とはかけ離れたものでした。


「ごめんね、凛。今ママ、麻美の事で大変なの。お姉ちゃんだから我慢できるよね?」


 ────お姉ちゃんだから……


 あたしは、その言葉にひどく違和感を覚えました。

 お姉ちゃんだから、我慢しないといけないの?

 お姉ちゃんだから、しっかりとしないといけないの?


 お姉ちゃんは1人なの?


 その出来事からあたしからママや悠一さん、マミが遠く離れていってしまう気がしていました。いえ、あたしから離れていったのです。


 あたしは愛されてない気がしたのです…………

 もちろん、ママや悠一さんにはそんな気が無いなんてことは、あたしの賢い頭でちゃんと分かっています。


 だけど、その想いはだんだん悪化していき、あたしは家に自分の居場所を失ってしまいました。

 そんな様子を見かねたママが心配し、悠一さんや隣のおしゃべりオバサンによく相談していたのも知っていました。

 きっとあたしはママの気を引きたかったのです。拗ねて、泣いて、喚いて、困らせて、興味を引きたかったのです。


 だけど、今日5月の25日はあたしにとって1年で最も特別な日、自分が主役になれる日です。


 あたしの部屋のカレンダーには、


 『りんのたんじょう日』


 と枠いっぱいに赤字で書かれています。

 そのせいで、前の日と次の日の書くスペースがなくなってしまいました。

 少し気合を入れすぎたと反省しています。テヘペロ。


 あたしの家では、誕生日の日には、盛大にパーティが開かれます。

 あたしは、ママに大好きなエビフライを作ってもらおうと考えていました。

 エビフライの尻尾を残す人がいますが、あたしには考えられません。

 尻尾にはカルシウムというものがいっぱい含まれているということをみんなは知らないのでしょうか。


 あたしは、真っ赤なランドセルを背負い、心を踊らせながら、まるでレッドカーペットを歩くかのような足取りでリビングに行きました。今日はなんだかとてもいい気分なのです。

 たんじょう日でもあたしは、しっかりと学校に行きます。

 あたしは、本当にお利口さんです。

 友達やナナミ先生にもいっぱい、おめでとうを言って貰わないといけません。


 「おはよう、ママ!今日は、なんの日か知ってる?」


 あたしは、まだ一度も悠一さんにはおはようの挨拶をしたことがありません。

 それを言えば、ナナミ先生はきっと悲しい顔をして怒るでしょう。


 何やら顔色の優れないママとママの横に座り背中をさすっている悠一さんは、あたしの顔を見て、申し訳なさそうな顔してします。

 一体どうしたのでしょう。


 口を開いたのは悠一さんでした。


「凛ちゃん悪いんだけど、凛ちゃんのお誕生日パーティは出来そうにないんだ。真美が少し高熱で、変な咳とかしてて、病院に行かないといけないんだ。だからパーティは、明日になるかもしれない」


 あたしはまるで地獄の底に落とされたような気分がしました。

 それに、何かと想像していた楽しいことが崩れていくような感じがして、体の中ではガチャンドチャンとフキョウワオンが鳴り響いています。

 今日は主役になれると心を踊らせていた自分が馬鹿らしくなりました。


 「そう…………」


 あたしは肩を落として、自分の部屋へトボトボと戻っていきました。

 そして、あたしはカレンダーの枠いっぱいに赤字で書かれた


 『りんのたんじょう日』


 をベッドにポツンと座って、ぼんやりと見ていました。

 そんなことをしていると、次第にあたしは無性に腹が立って、カレンダーをビリビリに破り始めてしまいました。


 「馬鹿っ……馬鹿っ……楽しみに……楽しみにしてたのに……」


 あたしの目から頬を伝って涙が床にこぼれています。

 暴れまくって息を切らしたあたしは、宙を舞うカレンダーの紙切れがヒラヒラと舞う中、とうとう声を上げて泣いてしまいました。

 あたしは、下にいるママや悠一さんに知られたくないと、必死にそれを隠そうと枕に顔を埋めました。


 そんな私をクララは、真っ黒なクリクリの目で見つめています。

 クララは熊のお人形さんの名前です。パパがあたしのたんじょう日に買ってくれたのです。


 「……っく……ひっく……うっ…………うっ……」


 声を必死に抑えようと歯を食いしばるが、歯と歯の間から声が漏れてしまいます。

 あたしの涙は、ちょっぴりしょっぱくて、悲しい味がしました。


 すっかり泣き止んだあたしは、ランドセルを背負い直して、家を出ました。

 いつもなら、行ってきます、を言うのですが、今日は言いませんでした。

 家の中から、ママが行ってらっしゃいと言っているのを知っているのに、です。

 あたしは悪い子なのです。でもそれ以上にママは悪いオトナなのです。


 家の前に、黒いミニバンが止まっていました。

 あたしの知り合いのなかに、この車を持っている人はいません。

 怪しい、なにか臭うぞ。あたしの賢い頭がそう言っています。

 あたしはその車を無視して、学校へ行こうとしました

 知らない人には関わらない。

 ナナミ先生は、いつもあたし達にそう言います。あたしはナナミ先生の言うことを守るユウトウセイなのです。

 それに、そんなことに時間をかけていると、一時間目の体育の時間に間に合いません。

 今日の体育は、あたしの好きな鉄棒の時間なのです。技を決めてからのソウカイカンやスガスガしさは病みつきになります。


 車の目の前を通ると、突然車の扉が開き、物凄い力であたしは車の中に押し込まれました。

 いわやる、ユウカイというやつです。まさなあたしが体験するとは思いませんでした。どうしましょ。

 あたしを引っ張ったのは、知らないお兄さんでした。

 男の人の力には、敵うはずがありません

 強く握られた腕のあたりが、少し痛みます。もう少し優しくしてくれても良かったのに……

 知らないお兄さんは、あたしに向かってこう言いました。


 「ごめんね。今日の夜にはちゃんと返すから」


 そう言うと、あたしの返事を待たずに車は動き出しました。なんとリチギなユウカイハンでしょう。ほかの人もこんな感じなのでしょうか。

 運転しているのは、天狗さんでした。

 本物の天狗さんではありません、天狗の仮面を被った人です。


 あたしは、もちろん怖かったです。

 ユウカイされて、怖がらずにいれるほど強い女の子じゃありません。あたしは将来、ジャンヌ・ダルクさんのようなユウカンな女性になりたいのです。

 だけどその知らないおじさんや天狗さんはどうしても悪い人には見えませんでした。だからそこまで怖くはなかったかもしれないです。あたしはケイカイシンの薄い、いけない子です。


 だって、あたしの隣に座っている知らないお兄さんは


 「さっきの腕のところ、痛くない?ごめんね」


とユウカイしたあたしのことに気を遣ってくれているからです。


 だけど、油断はできません。

 ユウカイハンは、優しい人を演じて近づいてくるとナナミ先生から教わったからです。


 あたしは今日の学校は、どうするか考えていました。

 だって、あたしは一度も学校を休んだことがありませんから。ユウカイされていたと言ったらカイキン賞は貰えるでしょうか。


 そんなことを考えているうちも、車は走り続けています。

 天狗さんは、チラチラとバックミラーで、あたしの様子を確認しています。

 心配しなくても、走っている車から飛び出すほど、あたしには勇気も運動神経もありません。


 知らないお兄さんは、あたしを安心させようとしているのか、逆に油断させようとしているのか、色々と話しかけてきます。


 学校は楽しい?とか、先生は優しい?とか、勉強は好きかとか?


 質問されたら答えないと失礼だと思ったので、しっかりと返答はします。


「学校は大好きで、担任のナナミ先生も大好き。だけど、勉強は嫌い」


 そう答えると、知らないお兄さんは、満足したような表情で頷きながら


 「でも、勉強は将来必ず役に立つから、しっかりとしないとダメだよ」


 とナナミ先生と同じようなことを言います。

 大人はズルイです。

 自分たちは勉強をしないで、あたし達子供に勉強を押し付けます。


 それからお互いに自己紹介をしました。

 お兄さんの名前は、ササキ タイシと言うらしいです。

 タイシおじさんとでも呼んでくれと言われました。


 ユウカイハンが自分の名前を名乗るなんて、きっとタイシおじさんは、あたしと一緒で勉強できないおバカさんです。


 天狗さんにも名前を聞きましたが、天狗さんは前を見て運転を続けるだけで、あたしの質問に答えません。

 人のことを無視するなんて、大人失格です。

 そんな天狗さんのことをフォローしようと、タイシおじさんは、


「天狗さんは、恥ずかしがり屋なんだ。だから許してあげて、ね?」


 恥ずかしがり屋なら仕方がありません。

 クラスにも恥ずかしがり屋の女の子が一人います。

 名前はハルカちゃん。ハルカちゃんはいつも自分の席で本を読んでます。

 あたしがなんの本をよんでいるのか、と聞くと、顔を真っ赤にして、口を魚のようにパクパクとするだけで何も答えませんでした。

 そんなハルカちゃんですから、おバカな男子たちはいつもハルカちゃんに突っかかています。


 「やーーい、やーーい。ノムラ、なんか喋ってみろよぉ」


 ノムラというのは、ハルカちゃんの苗字です。

 ハルカちゃんは、俯きながら、また口をパクパクとしていました。

 あたしは、困っているハルカちゃんを助けたいと思い男子達にこう言いました。


 「あんた達は、ハルカちゃんが大好きなんだね。

大好きだから、気を惹こうとしてるだね。だけど、残念。ハルカちゃん、あんた達には興味ないって」


 男子達は顔を真っ赤にしながら、立ち去っていきました。それ以来、ハルカちゃんを困らせるおバカはいませんでした。


 ハルカちゃんは、かろうじて聞き取れる程度の声で


 「ありがとう」


 と言ってきました。

勉あたしは当たり前のことをしたつもりだったんですけどお礼を言われたら、なんだか照れくさい気分になりました。


 それをタイシおじさんに言うと


 「凛ちゃんは、偉いねぇ」


 と褒められました。

 どんなことでも褒められるのは、嬉しいことです。


 ユウカイされて2時間ほどが経ったと思います。

 なぜ、"思います"なのかというと、あたしはすっかり安心しきって、眠ってしまっていたからです。ムボウビな自分にこの先が思いやられます。


 あたしのことを起こしたのは、タイシおじさんでした


「……ちゃん、……んちゃん……凛ちゃん、起きて」


 そう言われ、あたしは目を擦りながら、体を起こし、外を見ると、大きな駐車場に点々と車が駐車されていました。

 ゴオオオオオオという音があたしの耳に届いてきました。

 もしやと思い、あたしは慌てて外に出ました。

 そこは、あたしが一度行ってみたかった遊園地です。


 「凛ちゃん、ここの遊園地で遊びたい?」

 

 タイシおじさんはニコニコしながらそうあたしに聞きます。


 「うん!もっちろん、だって一度行ってみたかったから」


 あたしはすっかり、この二人がユウカイハンだということを忘れていました。


 すると、タイシおじさんは、また満足したような表情で頷きながら


 「天狗さんが、一緒に遊んでくれるって。僕は少し用事がかるから行けないけど」


「そっか……それは残念。じゃあ……天狗さんといってくるね」


 もうこの二人がユウカイハンかどうかは、どうでもいいです。

 あたしは、ここの遊園地で遊びたくて遊びたくて仕方がありませんでしたから。


 あたしは、少し前でこちらを眺めている天狗さんに駆け寄っていきました。


 「天狗さん、早く行こっ」


 あたしは天狗さんの手を取って、入場口へと向かいました。

 手を握った瞬間、少し懐かしい気分に襲われましたがあたしには、そんな事まで考える優秀な頭はありません。

 あたしの頭は、どれに最初乗るか、ということでいっぱいでした。


 天狗さんは、すでにチケットを買っててくれました。

 天狗さんは、準備のいい人のようです。


 平日ということもあって、遊園地はガラガラでした。

それも、あたし達の貸し切りだと思わせるほどに。明日、友達に自慢してやろうと思います。


 「最初は、あれに乗ろっ」


 そう言って指をさしたのは、ジェットコースターです。

 それも、とびきり高低差が激しいのを選びました。

 すると天狗さんは、慌てたように首と両手を横に忙しなく振っていましたが


「ハハッ……大人のくせに、天狗さんの怖がり……」


 と言うだけで、あたしは行く先を変えることはありませんでした。

 せっかく来れたのだからいっぱい楽しまないと、と思ったからです。それに、今日はあたしの誕生日ですから。


 ジェットコースターには、並ばずに乗ることが出来ました。

 平日の遊園地は、最強という考えがあたしの教訓の一つになりました。


 「怖かったけど、楽しかったね。最後の急降下のところとか特に……」


 あたしは、ふらつきながら、あたしの横を歩く天狗さんに感想を言いまくりました。

 だけど、やっぱり恥ずかしがり屋の天狗さんは話してはくれません。


 「天狗さん、楽しくないの?」


 あたしは、思わず天狗さんに聞いてしまいました。

 天狗さんは、慌てたように首に横に振りました。


 「なら、良かった。次はあれだね」


 そう言って、指をさしたのは遊園地のど真ん中にそびえ立つ40mほどのタワー。

 それは、いわゆる垂直落下して、ソウカイ感を味わえるアトラクションです。

 天狗さんは、ただただ呆然と立ち竦んでいました。

天狗さんは、絶叫系が本当に苦手のようです。

 仕方ないな……とはなりません。あたしは天狗さんの手を引いて、それ向かって走り出しました。

 チラリと天狗さんの方を振り返ると、お面の下の口が笑っているように見えました。怖いのに、笑っているなんて天狗さんは可笑しいです。


 それから何個かの絶叫系を乗っていると、早くもお昼になりました。


 「天狗さん、お腹すいてない?あたし、少し空いてきたんだけど……」


 すると天狗さんはあたしの手を引いて、遊園地内のレストランに連れていってくれました。

 天狗さんは、あたしにメニューを見せてくれました。


 「じゃあ、あたし、贅沢焼肉セット!!」


 天狗さんは、あたしがこのメニューの中で一番高価なものを頼んだのに、なんの躊躇いもなく頷いてくれました。

 天狗さんは、もしかしたらすごいお金持ちなのかも知れません。


 天狗さんは呼び出しボタンを押して、店員さんにメニューを見せながら、言葉を発さずに注文をしていました。

 店員さんは、お面の被った天狗さんを不気味がっていました。だから


 「天狗さんは恥ずかしがり屋なの。分かってあげて」


 とタイシおじさんの代わりにフォローしてあげました。


 そして注文した天狗さんは手をピースにしていたので、どうやら天狗さんもあたしと同じものを食べるようです。

 天狗さんは、人の真似をするのが好きなのかも知れません。


 お昼を済ませた後は、さすがにあたしも絶叫系に乗ろうとは思いません。

 あたしは、ずっとあたしの乗りたいものに付いてきてくれた天狗さんに


「何に乗りたい?」


 と尋ねました。すると天狗さんはグルグル回るマグカップを見つめました。


 「あれね?いいよ、行こっ」


 マグカップに乗りたいなんて、天狗さんは、きっとお子ちゃまなのでしょう。


 あたしと天狗さんは、向かい合わせになりながら同じマグカップに乗りました。

 あたしには、天狗さんの目が楽しんでいるように見えて、ほっとひと安心しました。


 その次はメリーゴーランドに乗りました。

 私のお馬は、白、天狗さんは、黒の馬に乗りました。

 天狗さんは、ずっとあたしのことを見守るような目で見てました。その目にフカイ感を覚えるどころか、アンシン感を感じました。


 それから、自分で運転できるゴーカートに乗り、遊園地を一周してくれる汽車に乗って、迷路にも挑戦しました。


 そんなことをしていると、もう夕方になりました。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。あたしはなんだか寂しい気持ちになりました。

 天狗さんが、あたしの手を引いてどこかに向かっています。


 「ねぇ、天狗さん。そろそろ帰らないと。ママが心配しちゃうよ」


 だけど、天狗さんは止まろうとしません。

向かったのは、観覧車でした。


 「これに乗るの?」


 天狗さんは、あたしの目をしっかりと見て、頷きました。そのただならぬ意思にあたしは頷くしかありませんでした。


 「わかった」


 観覧車に乗り込んでも、天狗さんは何も話そうとしません。ただ、あたしのことをじっと見てました。


 「天狗さん、楽しかったね」


 天狗さんは、コクリと頷きました。

 どんな表情をしているかは、あたしにはさっぱりわかりません。


 観覧車から見る街景色はとてもキレイで、あたしの心のドロドロした部分が口から出ていきそうな気持ちになりました。


 「ありがとね……連れてきてくれて……あれ?ユウカイハンにそんなこと言うのは……おかしいかな?」


 天狗さんは、頷きませんでした。かと言って首を横を振ることもしませんでした。じっとあたしを見つめていました。


「あたしね、今日誕生日なんだ。だから、ここに来れて本当に良かったよ……あ……れ……なんで……なんであたし……泣いてるんだろ」


 いつの間にか、あたしの頬は、涙で濡れていました。

 天狗さんは何も言わず、あたしの顔を見ていました。

 どこか心配そうな顔をしているようにも見えました。


「あたしね……大好きだったパパがいなくなっちゃったの……天狗さんと同じ、ビビりな人だった。 人の頼むものを真似して、子供っぽい天狗さんそっくりの人だった。

だけど、優しくて、頑張り屋さんで、家族思いで……


 それから、ママは新しい人と結婚して、子供も作ったの。その新しい男の人もあたしにとても親切なんだ……だけど、あたしはどうしても好きになれない。だって、あたしのパパはひとりしかいないんだもん」


 そう言った途端、あたしの脳裏にはパパとの思い出が蘇ってきました。

 パパとプールに行ったこと。

 そこでパパは足がつって溺れかけたこと。

 あたしは、腹がよじれるほど笑いました。

 パパとお化け屋敷に行ったこと。

 そこでお化けに本気にびっくりして、腰を抜かしてしまったこと。

 そんなパパを運ぶのは、重くて大変でした。

 パパの誕生日に、お手紙を読んだこと。

 パパは、顔がクシャクシャになるまで泣いていました

 ママからは、頑張ってる御褒美にと、キスをしてもらってたこと。

 パパは、顔を真っ赤にしながら照れていました。


 ☆ パパとの楽しかった思い出が映像になって、いっぱいいっぱい、あたしの目に映ってきました。

 パパの笑った顔。泣いた顔。怒った顔。怖がった顔。


 「パパ……戻ってきて……」


 あたしは、とうとう声を上げて泣いてしまいました。

 天狗さんの目をハバからずに、声が枯れるまで泣きました

 すると、天狗さんはゆっくりとあたしに寄り添って、ギュッとあたしのことを抱き締めてくれました。天狗さんの温もりがまるでパパのようでとても懐かしかったです。


 あたしの首や肩にあたしのは別の大粒の涙が零れてきました。

 天狗さんは、声を出さずに啜り泣いていました。


「どうして?……どうして天狗さんが泣いてるの?」


 あたしは、思わず聞いてしまいました。

 あたしの耳にはずっと天狗さんの鼻を啜る音しか聞こえませんでした。

 しかし、ちょうど観覧車が一周して、止まった時天狗さんが


「ごめんな……」


と言ったのが、はっきりと聞こえました。

あたしが、どう意味かを聞こうとしましたが、それは従業員の人の声でサエギられました。


 「はーーい。お疲れ様ですぅ。足元に気をつけて、お降りください」


 あたしは、天狗さんに支えられながら観覧車を降りました。


 どうやらあたしは、本当にしっかりと帰してくれるそうです。

 あたしには、どうして天狗さんとタイシおじさんがあたしをユウカイしたのか、分かりませんでした。


 あたしは、一日中遊び回ったのと、観覧車で泣いてしまったことで疲れが溜まり、車に乗るや否や、寝てしまいました。


 目を覚ますと、まだ車は走っていました。

 タイシおじさんが、天狗さんに対して何やら言っていました。


「勝治さん、本当に言わなくて大丈夫なんですか?」



 …………………………え




 …………………………カツジ?


あたしのパパと同じ名前だ。


 「あぁ……」




 …………あたしのパパとそっくりの声だ。



 ……………………もしかして


 「パパッ」


あたしは、慌てたように起き上がって、天狗さんに向かって声を上げました。


 「凛ちゃん、な、何を言ってるの?天狗さんは凛ちゃんのパパじゃないよ?」


 タイシおじさんが、車で立ち上がっているあたしを座るように手でウナガしながら、言いました。


 「タイシおじさんは、ちょっと黙ってて」


 あたしが、あまりにも声を荒らげて、言うもんだからタイシおじさんは、びっくりしたような顔をしていました。

 タイシおじさん、ごめんなさい。でも今は……


 「ねぇ、天狗さん、答えて。天狗さんは、あたしのパパなの?」


 「.......」


 「勝治さん、もういいんじゃないですか?」


タイシおじさんが、身を乗り出して天狗さんに向かって、真剣な顔を向ける。


 「大志...悪いが、ここで降りてくれないか?(·)と話したい。」


 タイシおじさんは、大きく頷いて、車が止まると


 「凛ちゃん、今日は楽しかった。また会おうね。」


 といって、降りてしまいました。

 また会おうねっていうのは、またあたしをユウカイするということでしょうか。

 あたしは、心の中でタイシおじさんにツッコミを入れて、天狗さんに顔を向けました。

すると天狗さんは、ゆっくりと仮面をとって、あたしに顔を見せてくれました。

 そこには、目の下に大きなクマが出来て、髭や髪がボサボサで、ゲッソリ痩せていたけど、紛れもなくあたしの大好きなパパの顔がありました。


 「パ……パ……パパっ……ずっと……ずっと……会いたかった」


 あたしは思わずパパに、物凄い勢いで抱きついてしまいました。それでもキャッチしてくれるのがパパです。

 その拍子に、男の人の最も大事な部分に当たった気がしたけれど、今はパパに会えたことの嬉しさでいっぱいで、考えている暇はありませんでした。


「あっ……アウチ……痛っ……す、すまなかった……凛……悲しい想いさせて……俺も……俺もずっと会いたかった」


 パパは、顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いていました。


 「フッ……やっぱりパパは泣き虫だね。」


 「あ゛ぁ゛そう゛だな゛」


 天狗さんといたときに、懐かしい感じがしたのは、勘違いじゃなかったのです。天狗さんはあたしの大好きなパパだったのです。


「パパッ……なんで会いに来てくれたの?」


「お前が、ママからなかなか新しい家族に溶け込めてないと聞いてな……」


「えっ?ママ?……ママと話したの?」


 あたしは、パパがママと話していたことがびっくりだったのです。

 だって、パパはウワキをして、出ていったのだから。


 「あっ……そうか、そこから話さないとな。パパは女の人が出来たから出ていったわけじゃないんだ」


 「え?」


 あたしの口からは、出したこともないような声が出ました。


 「パパはちょっと、会社でミスをして借金ができたんだ。だから家族に迷惑をかけたくなかったから出ていったんだ」


 「そんな」


 なんということでしょう。

 パパは、あたしやママに迷惑をかけない為にあえて嫌われるような嘘をついて、出ていったのです。

 やっぱり、パパを信じて良かったと思いました。


 「じゃあ……会いに来たってことは……」


 「あぁ...無事に返し終わった...後輩のタイシおじさんにも手伝ってもらいながらな...」


 パパはウインクをしながら、タイシおじさんのことを付け足すように言ったのです。


 「じゃあ、ママには本当のこと、最初から言えばよかったじゃん。じゃあ、今日から一緒に暮らせたかもしれないんだよ。それならママも幸せだったはずなのに」


 あたしは少し腹が立ってしまい、それを抑えることができませんでした。

 パパは目を閉じながら、ゆっくりと首を横に振った。


 「凛、それは違う。ママには幸せになってほしいから嘘をついた。ママ、優しいから、パパが借金したって言ったら、どんな手を使ってまでもお金を作ると思うんだ。」


 パパが言うことは、かなり納得できました。

 それで、どんな手というのが、どういった手なのかということも、あたしはなんとなく分かりました。


 「じゃあ、今からママのところ一緒に行って、あたしの妹のマミと四人で暮らそうよ。」


 「悠一くんはどうするんだ?」


 「悠一さんは、ママと別れてもらう 」


 パチンッ


 乾いた音が車内に響き渡りました。

 その正体は、あたしがパパに頬を叩かれた音です。

 あたしを打ったパパの顔は、本気で怒っている顔でした。


 「悠一くんは、ママのことを本気で愛してくれてる、もちろん、凛のこともだ。凛にも分かるだろ?」


 それは、あたしも分かっています。

 だから、あたしは首を一回縦に振りました。

 あたしの視界が涙でボヤけてきました。


「パパは……ママのこと嫌いになっちゃったの?」


 パパは優しくほほえみ、あたしの髪を撫でながら


 「そんなことがあってたまるか。パパはママのこと大大大大大好きだよ。」


 「じゃあ……」


 あたしはそこで自分の言葉をグッと飲みました。


 「……凛には、まだ分からないと思う。けど、男には格好つけないといけないところがあるんだよ。それが結果、愛している人、大切な人を失ってもだ」


 あたしには、さっぱり分かりません。

 あたしは涙を流しながら、首をかしげました。


 「そうだな……凛がしっかりと勉強して、立派な大人になったら、きっと分かるよ。」


 「もし、分からなかったら?」


 「俺が駆けつけて、必ず教えてやろう」


 「ほんと?」


 あたしは、確かめるようにパパの目を見ました。

 その目を見て、安心しました。

 その目には、キラキラと星のように輝いていて、嘘などといったものは一切ありませんでした。


 「そろそろ、お家に帰らないとな。」


 そう言って、パパはあたしを助手席に乗せて、シートベルトをつけてくれました。

 家はもう少しだというのに、やっぱりパパは真面目です。


 「ママになんて言おう」


 「大丈夫さ。ママには、伝えてあるから、もう知ってるはずさ。悠一くんはどうか知らないけど……」


 パパは、なぜか少し嬉しそうです。


 「着いたぞ」


 いつもと変わらない風景があたしの目に飛び込んできました。

 あぁ……あたし戻ってきたんだ。一時はどうなるかと思ったけど。


 あたしは車を降り、家に入ろうとしました。


 「パパは、行かないの?」


 パパは、物寂しそうな目であたしを運転席から見つめていました。


 「あぁ……ママに会ったら……今の気持ちを抑えきれなくなるからな」


 そう言うパパの目には、涙が浮かんでいました。


「あっ……そうだ。マミを見に来てよ。可愛いんだよ。

手とかこんなちっちゃくてね。あたしの手とかぎゅっと握るんだ。それでね……あと……」


 あたしは、パパを家に入れようと必死でした。

 パパの目は赤く染まって、顔はやはりぐしゃぐしゃになっていました。


 「……凛、ありがとうな。ママに似て、お前は本当に優しい子だ。心配しなくても、お前なら悠一くんとも、うまくやっていけるよ……」


 「パパ……一緒にいたいよ……」


 あたしは、必死にこぼれてくる涙を拭いながら、パパに訴えました。

 涙は、拭っても拭っても止まりませんでした。


「凛……お前、今日誕生日だったな……これをあげよう」


 そう言って、パパが差し出したのは、パパがずっと付けていた天狗の仮面でした。


 「これを、パパだと思ったら、寂しくないだろう?」


 パパは、あたしを時々こうやって茶化します。

 だけどなぜだか、涙はすぅーと引いていきます。


 「へっへっ...こんなの要らないよ...」


 あたしはそう言いながらも、天狗の仮面を受け取ります。ツンデレっていうやつでしょうか。


 「お誕生おめでとう、凛、……誘拐犯と過ごす誕生日はどうだった?」


 パパは悪戯っぽく笑いました。


「うーん......さいっっっっっっっこぉぉぉに楽しかったかな?」


 あたしは、天狗さんの絶叫系でのビビり方を思い出しながらそう言いました。

 それなら良かったと、パパは頷きました。


 パパはどうだったんでしょう?


 「パパは?楽しかった?」


 「あぁ……本当に楽しかった。このまま凛のこと本当に拐ってしまいたくなった。」


 パパは本当か冗談かわからないことを言います。


 ガチャ


 突然、家の扉が開き、悠一さんが出てきました。


「り……ん……ちゃん……凛ちゃん、心配したんだぞ」


 悠一さんは、急に抱き締めてきました。


 どうやら、ママは悠一さんには何も伝えなかったようです。

 ママもパパと同様、なかなかの悪女です。

 そんなふたりの間に生まれたあたしは、きっと手のつけられないほどの悪女になるのでしょう。


 「怪我はないか?こんな遅くまで、どこに行ってたんだ。美由紀さんは、全然焦る素振りを見せないし」


 そりゃそうでしょう。

 ママは、あたしがユウカイされていることを知っているのですから。


 「それに、すまなかった。凛ちゃんの折角の誕生日なのに、真美のことばっかで……美由紀さんにお願いして凛ちゃんの好きなエビフライ作ってもらってるんだ。

ケーキもあるし、プレゼントも用意してある。だから早く家に入ろう。」


 プレゼントがあるというのは、言ったらダメなお約束なのに。

 悠一さんは、サプライズ意識が全然足りません。


 あたしは、右手にギュッと握っている天狗の仮面を見つめました。


 はぁ……あたしのパパは一人だったんだけどな……


 「そうだね...お父さん(・・・・)


 そう言って、あたしは悠一さんに続いて、あたし達の家へと入っていきました。


 ちらっと後ろを見ると、そこにはパパの姿はありませんでした。


 あたしはそれから、悠一さんのことをお父さんと呼ぶようになりました。

 大好きなパパは、やっぱり一人しかいません。

 ちなみに、天狗の仮面は、いつもあたしを見つめている熊のクララに付けてあげています。


 これから、あたしは歳を重ねて、いずれはマミにお姉ちゃんと呼ばれるようになるでしょう。

へいずれは凛先輩などと呼ばれるようになるでしょう。いっぱいの恋と失恋を繰り返すでしょう。

 両思いになった人と付き合うでしょう。

 その人とケッコンするでしょう。

 ケッコンシキは、盛大にしたいです。

 パパやタイシおじさんも呼んであげましょう。

 パパの号泣する姿が目に浮かんできます。

 それから子供ができるでしょう。

 元気な男の子がいいです。

 子供には、ママと呼ばれるのでしょうか、それともお母さんでしょうか。

 それから孫が出来て、おばあちゃんと呼ばれるようになり、最後は愛する人に囲まれて、死んでいくのでしょう。

 それまでにパパの言っていたことが分かるようになるでしょうか。

 分からなくても、パパは駆けつけてくれると言いました。

 きっと、大丈夫です。

 あたしは、邪魔者なんかじゃありませんでした。

 愛する人に囲まれている幸せな女の子でした。


 あたしはきっと、死ぬ時まで忘れないでしょう。

 天狗の仮面のユウカイハン、いやパパと過ごしたあの誕生日の1日を。


読んでくださり、ありがとうございました

作者的には、読者の皆さんが心温まったり、涙を流してくれたり、なにか心に感じてくれたら、この上ないほど嬉しいですし、それが作者のやる気の源になります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] かなり号泣しました。凄く良かったです。 凛ちゃんに幸せになって欲しいですね。
[良い点] お姉ちゃんだからという当たり前に使われる言葉がクローズアップされているところが印象的でした。自分が主役ではない、親の目が自分ではなく妹の方に向いているという嫉妬にも近い心情がよく表現できて…
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