虐殺者
俺は死者が徘徊するこの街から出て行くつもりなど無い。それが俺自身の贖罪だからだ。商店街の路地を進みながら街を囲う灰色の壁を眺める。そもそもこの街を突破する事など一般人は不可能なのだ。
あれは只の鉄の板などでは無い。
55日前、大地から突如としてそれは姿を現した。あれは一言で言うとこの街全体を対象にした実験装置だ。少し考えれば分かるが、一つの街を丸々囲うだけの壁をゾンビ達が発生した後から建造し、間に合わせる事なんて出来ない。だが実験は失敗した。想定していたものは手に入らず、生と死の境界線が曖昧になった事で死者が蔓延る事態に陥った。
爆撃エリアのど真ん中で祈りを捧げるプラチナブロンドのお嬢さんと出会った。名前はユニ。その小さな淑女は俺を死人では無いかと疑った。正直な所、納得した自分が居る。俺にとって生きる事も死ぬ事も大して差は無い。冷え切り壊死した俺の心。死人と変わり無い。ただ、俺にはこの狭苦しい塀の中でやり残した事が一つだけある。それを成し遂げるまで俺は死ねない。
意識を現実に戻す。
嬢ちゃんの目にはどういう訳か死人の魂が見えるらしく、何度もその潜伏場所を言い当てた。商店街の果物屋にも彼女の言葉通り二体のゾンビが住み着いていた。遠巻きに別の棟にある魚屋を覗くと店先の魚を貪り食う奴が三体。ペタペタと魚を触り続ける奴が二体店先に居る。奴らにも個性があるのだろうか?死人が歩き出した時点でその相手の事を確かめるやつなんていない。あの長い金髪を垂らしたお嬢ちゃんが1人で生き延びた事に何かしらのヒントがあるのかも知れない。
「弱点は心臓……だったよな?」
俺は魚を貪り食う三体を標的に忍び寄ると、そのうち一体の両足を鉈で斬り払う。上から踏みつけ、こちらに振り向いたゾンビ二体のうちの一匹の心臓目掛けて弾丸を放つ。残された一体ががむしゃらになって襲ってくるが残弾全てを使って心臓を破壊する。大きく穴が開いた胸部から濁った血が滴る。惜しむ事に生前はきっと美人に違い無い。ネズミ達にでも齧られたのだろうか。体の半分を残し、引きちぎれた衣服の隙間から濁った紅色の筋繊維が覗いている。
「生憎、死んでる人はゴメンだよ、お姉さん」
その青白い手をこちらに伸ばしながら徐々に動かなくなる。足元で暴れる奴に全体重を掛けて心臓部を踏みつぶすと、そいつも動かなくなる。リボルバーのホイールをスライドさせ、空になった薬莢を排出し、銃弾を込める。
その銃口を店内に居る二体に向けると、こちらの殺気に気付いたゾンビ達が店頭に並ぶ魚を手にし、立ち上がるが、こちらの様子を伺った後、興味無さ気に再び魚の鮮度を確かめ始める。
「嬢ちゃんの言う通り、お前らは安全そうだな」
右手に構えた銃を腰のホルダーに収納すると、店内に何か利用出来るものが無いか物色する。壁の中、外部供給の断たれたこの小さな街で生き残る為に必要な事だ。俺の家がある区域は電機や水道が機能している。もしかしたら冷凍庫に貴重な魚が貯蔵されているかも知れないな。奥に進むと捌かれた魚が大量に冷凍保存されていた。それに入口近くの棚には缶詰も多く保管されていた。俺はこの魚屋を貴重な食材供給場所として記録する事にする。数カ月分の食料は確保できそうだ。おっと、そろそろ戻らないとな。淑女を待たせちゃゴリラ紳士失格だ。