ゾンビ
商店街へと辿り着いた私の前を歩く肉屋のお兄さん。その大き過ぎる背中が邪魔で前は見えない。脇道に次々と解体された亡者達が転がっていく。
「表通りは危ないから、裏通りを使うぞ?」
こちらに振り向きながら私に近付いてきた三人の亡者の首を彼が切り落とす。「私の事は気にしなくていいわ。それより……」
私は目を瞑りながら辺りを見渡す。
「近くの果物屋に2人。魚屋に5人で襲ってくるタイプの亡者は3人ね。確かに裏通りに亡者は少ないわね」
目を開けるとリボルバーを構えたジョゼフが私の背後に迫った2人の亡者の心臓を撃ち抜く。
「私に近付いて来る亡者は放置しろと言わなかったかしら?」
「なんかお前が食べられそうで。ついつい。亡者っていうかゾンビだよな?」
「亡者は亡者よ」
「ゾンビでいいじゃねえか」
「私は彼等を亡者って呼んでるの」
「……ゾンビとどう違うんだ?」
「ゾンビは本能赴くままに生者の肉を食べ散らかすイメージが強いからその呼び名は好きじゃないのよ」
「亡者は?」
「そうね、上品なのよ」
「上品な奴は人に襲いかからねぇよ」
「仏教用語だけど、彼等は成仏出来ずに彷徨える魂なの……そっちの方がイメージに合うわ。あと彼等を匹とは呼ばないで?」
「……はいはい。仰せのままに。お姫様」
「さっきも教えたでしょ?ユニよ、ユニ。短い単語もゴリラじゃ覚えられないのかしら?」
ジョゼフが半分呆れたように溜息をつきながら、近くの果物屋にそっと近付き、銃を撃つ。その子達は安全だと言ってるのに。辺りを警戒しながら空になった薬莢を排出すると、それが石畳の上で綺麗な音色を奏でる。乱暴に腰の袋から弾丸を6つ取り出すと装填作業を始める。
「ユニ……なんでゾンビが二匹居る事が分かった?バナナ喰ってたし」
「ジョゼフ、そんなにバナナが食べたかったのね」
「とりあえず、ゴリラから離れようか?」
リボルバーをホルダーに収納したジョゼフが再びポリタンクを手に歩き出した。
「魚屋の手前にある豚の看板が掛けられた俺の店見えるか?」
彼の大きな背中越しに前を覗くと少し先に子豚を象った金属のプレートが雪を被ったまま風に揺れていた。
「路地に入ってこの鍵で中に入れる。先に入ってろ」
その場にポリタンクを置き、腰に提げた鍵をこっちに放り投げるジョゼフ。
「俺は魚屋のゾンビを始末してくる」
「体型に似合わず怖がりなのね」
「君も人形みたいな顔してえらく毒舌だな」
「私は自分に正直なだけよ」
「将来、君に翻弄される惨めな男達の姿が目に浮かぶよ」
「私、これでも人には優しいのよ?」
「だから俺はゴリラじゃねぇ」
会話を途中で切り上げたジョゼフが音と気配を消し、素早く私から離れていく。私は彼とのやりとりを楽しんでいるのかも知れない。私にとっては55日振りの生きた人間だったから。いや、ゴリラだったわね。55日振りゴリラ。
鍵を紺色のコートに仕舞い、私は置かれたポリタンクを引き摺りながら歩きだした。大丈夫、このポリタンクは石畳を引き摺ってもきっと穴は開かない気がするわ。私がジョゼフのお店の裏口に到着すると遠くの方で銃声が聞こえる。ジョゼフがゾンビと会敵したのだろう。普通なら心配するとこだけど、彼の肉屋としての腕は一流で、豚だろうが人だろうが彼にとって解体することなどきっと容易い事なのだろう。