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旧約UNIZOM  作者: 氷ロ雪
...133日後
22/24

Сирена

 全長約90Mの高さになるスモーリヌイ聖堂の中腹(約45Mぐらいかしら?)に位置する上階に上がり窓を開け放ち、平らになっている屋根の上に立つ。後ろを振り向くと屋根からドーム状の尖塔がそそり立ち、その先端部は玉葱型の屋根が設けられていて、周りには4つの玉ねぎ形屋根を頂く細い塔に取り囲まれている。私はなるべく下は見ない様に空を見上げると下から吹き上げた風に煽られ、危うく足を滑らせそうになる。体力はそんなに残されて居ないようだ。頭に乗せていた蒼いココーシュニクが風に巻き上げられて何処かへと飛んでいく。風に靡く私のプラチナブロンドが頬を打ち付ける。

 大ネヴァ川の向こう岸、ポゥが変異者と対峙したペトロパヴロフスク要塞の方を眺めると、そこに建っているはずの聖堂が跡型も無く消えていた。そこから立ち上る砂煙と蒼い残り火が遠目に見える。

 建物の下から何人かの声が聞こえて、屋根の上に登っている私を嗜める声がするけど、私はそれに構わず、屋根の上に両膝を着いて十字を切る。

 眼を瞑るとその方角に一際蒼色に輝く魂の揺らめきを発見する。その魂の炎は所持者の身体を包むように肥大化している。私が変異者と呼ぶあいつだ。眼を開けると同時にその場所を起点に淡い閃光が街全体に広がる。眼下で戸惑う市民達が何事かと辺りを見渡す。少し遅れて蒼い光の柱が立ち上ると共に、リング状の蒼い輪を纏った黒い鎧姿のシルエットが雪空を裂く様に空へと登っていくのが見えた。その姿は私がかつて目にした悪魔の様な姿では無い。黒い甲冑を着込んだ中世の騎士と言ったところだろうか。その両手には、二本の剣が握られて居る。蒼白い尾を引きながら加速していくその姿は77日前に見たあの蒼い流星の輝きを帯びていた。きっと彼は核ミサイルを撃ち落とす為に飛び立ったのだ。ポゥはそれだけではダメだと話していた。核弾頭の着弾時に発生する膨大な熱量と放射線がこの町と人を焼き尽くす、それだけは避けなければならない。

 下の階からユーリチカにリクエストしたフォーセのレクイエムの曲が聞こえてくる。私はしばらくその音色に耳を傾け、目を閉じる。私を優しく身守る様に浮遊する3つの蒼い魂が鎮魂曲に反応する様に震えている。私はスッと胸の前で手を組み祈りを捧げる。

 「力を貸して?亡者達……」

 左右に漂っていた父と母と思わしき灯がその形状を変化させていく。丁度、私の背中に小さな青白い炎の翼が生えたみたいに。魂の形状変化、変異者に出来て私に出来ない故は無いはず。私にしか見えないはずの蒼い魂の輝きに眼下で私を見守る生存者達の感嘆の声が聞こえてくる。私は聞こえてくるレクイエムの曲に合せて謳う。彼らへ送る鎮魂歌を。

 「(おい!上を見ろ!)」

 「(蒼い光が……ユニちゃんに集まっているのか?)」

 「(あれが……魂の輝き?)」

 私が眼を開けると、生存者達はこの町に核が落とされる事なんか忘れてその幻想的な光景に眼を奪われていた。私の背に顕現した蒼炎の両翼がまるで空を目指す様に高く高く枝葉を伸ばして行く。この輝きは死に切れなかった亡者達の魂の輝き。誰ともなく死んでいった家族や仲間達に追悼の意を込めて膝を着き、祈りを捧げている。

 サラファンのポケットに仕舞った無線からジョゼフの声が聞こえてくる。

 「おい!どうなってんだ!ゾンビ兵達が急に倒れ出して……ユニツー!大丈夫か?!」

 フフッ……ゾンビの心配をするなんてあなたらしくも無い。いいわ、貴女は私の代わりに彼の傍に居てあげて?ノイズ混じりに聞こえてくる安堵の声。

 「おっ、良かった……体調が優れないならここに居ろ、ユニの事はこっちに任せろ……って、背中に乗るな!あぁ、もう、分かった!捕まってろ!とにかくすぐそっちに行く!死ぬなよ!?」

 ごめんね、ジョゼフ。それは保証出来ない。だって、私の魂一つで90万を越える亡者の魂を支えるだけの力が残されているかも分からない。

 私の背中から伸びた一対の蒼い翼が雲に掛かろうとした時、一発の銃声が辺りに響き渡り、私の身体が弾け飛んで屋根から危うく落ちそうになる。私に追随する形で翼がその形状を変化させるが、そのものが消えた訳ではいので安心する。じわりと私の肩口から血が滲み、呼吸が辛くなる。騒然とする市民達を余所にその男は倒れた私に眼下から拳銃を構えている。この距離で一発で命中させるなんて只者では無い。続け様に放たれる銃弾と共に聞きなれた獣の唸り声が別に聞こえて来る。

 「やめなさい!ベーブ!」

 私は慌てて屋根から顔を出して叫ぶけど、それは間に合わなくて、数発の銃弾が大きくなったベーブの桃色の胴体に数発命中し、動かなくなる。男が止めを刺そうとするけど、そこへ赤髪のユリーチカが覆いかぶさる様に傾れ込む。

 「はっ、ブタを庇って死ぬか?お嬢ちゃん」

 「あんたなんかゾンビに食べられちゃえ!なんでユニちゃんを狙うのよ!彼女は私達を助けようとしてくれてるのよ!なんでそれが分からないの!」

 「知ってるよ」

 と小さく呟くと無慈悲に銃声が数発鳴り響く。銃弾に額を射抜かれた少女の体がピクリと痙攣したあと動かなくなった。ベーブはしきりにその身体を心配そうに舐めている。

 「あの少女は存在してはいけないんだよ。考えてもみろ?何処に死者を操る人間が居る?あいつは軍の実験で生まれた怪物だ……よ?」

 背後から音も無く現れた大柄の男の太い腕が男の首に回される。

 「ジョゼフ!!」

 全速力で走って来たのかその息が荒い。私は顔に自然と笑みが零れる。ユニツーも彼の方にしがみ付いてぶら下がっているのが見える。

 「よぉ……間に合ったみたいだな。久しぶりだなヨードル」

 「その声、ヒューガ―=パージェスか!裏切る気か!」

 「情報が遅いよ。とっくの昔に軍は裏切ってるよ」

 「このくそ!同じ特殊部隊員同士でそんな力技が通じると」

 ゴキッという音がして銃を握る男の関節が外れる音がする。

 「俺さ、部隊での格闘戦で負け無しだったから。銃の方は拳銃以外能無しだったけどな」

 「くそっ!貴様!まさかあの壁の爆発は……」

 「俺が仕掛けた」

 「構わん!お前ら!俺ごと撃て!」

 男の合図を皮きりに4人、民衆の中から銃を持った男達がジョゼフに狙いを定めている。

 「くそっ!まだ居たのかよ……ユニ、済まない、死ぬかも」

 私は撃たれた肩口の痛みに耐えながら声を上げる。

 「ジョゼフ……安心して、死んでも亡者になるだけよ?」

 「違いねぇ……さぁ来い!ゴリラさんが相手だ!」

 ジョゼフの腕が素早く動くと捉えていた男の首が逆方向に捻じれてその場に倒れる。囲む男達に警戒したユニツーがジョゼフの腰から鉈を引き抜いて構える。

 ジョゼフが飛びかかる前に私がそれを静止する。

 「ジョゼフ、必要無いわ。ゴーゴリ、ツルゲーネフ!」

 私の身辺警護を任せていた二人の凶器さんが現れると銃を構えた2人を一気に撲殺する。慌てて残りの二人が銃を放つけど、蒼い炎纏った彼等の身体を傷つける事は出来なかった。私は私の背中に生える大きな翼を返り見る。あらゆる近代兵器を撥ね退けて来た変異者の力が私にもあるのだとしたら、それは核への有効性を示唆している事になる。銃を持った男達にジョゼフとユニツーが再び飛びかかろうとするのを止める。

 「私がやるわ」

 私の微笑みに怯え、銃をこちらに向ける男二人。私は手の指を弾くと一体の蒼い炎を纏った霊体を召喚する。蒼い外殻を纏った槍を手にする蒼霊だ。

 「お兄ちゃん、あいつ等を焼き殺して?」

 その顕現した私の兄はその魂の形を変えた姿だ。私に微笑みかけてくれた様な気がした。シスコンお兄ちゃんと名付けようかしら。蒼白い炎の軌跡を描きながら銃を連発する男の1人に一瞬で近付くと槍でその身体を突き上げる。慌てて他の男が援護射撃をするけど、それは蒼い炎に巻かれて消し墨になってしまう。

 「ユーリチカのかたきよ」

 男が叫びながら蒼い炎に焼かれ、灰も残さず燃え尽きる。

 それを見た男が慌てて逃げ出そうとするのを見て、私はその方向に指先を向ける。私の腕の周りに青く光る輪が出現し、それが脈を打ちながら私の意志に呼応する。

 「逃がす訳ないでしょ?」

 私の指先から青白い光が一閃、放たれると男の左足が弾け飛ぶ。困惑する男を余所に、続けざまに右足首、右膝、右腿と蒸発させていく。

 「フフフ……苦しみながら死になさい」

 私の身体に黒い影が這う様な外殻が形造られていく。

 その姿に困惑する私を見かねて、ジョゼフが苦しむ男に近付いてリボルバーの銃弾をその額に打ち込む。

 「ありが……」

 絶命する男を見て私自身がしでかした事に恐れを為す。

 「私、今、何をしようとしていたの?」

 ジョゼフが死体になった男の眼を閉じさせ、私を見上げる。

 「気にするな。友達を殺されたら俺だって同じことをする。ただ、憎しみに飲まれるな。今のお前は……まるで黒霊みたいだからな……」

 私の心を支配しようとする憎しみ。ジョゼフの言葉で冷静さを取り戻した私は今やるべき事に集中する為、空を見上げる。

 「黒霊……貴方も憎しみに囚われたのね……もしかしたら私が貴方になっていたかも知れないわ……ジョゼフ、街の人をお願い。私は最後の祈りを捧げるわ」

 ベーブの傷の手当てをするジョゼフがいつもの様に呆れ気味に笑いかけてくれる。

 「あぁ。よく分からねぇが、そうすりゃ助かるんだろ?」

 「うん。ジョゼフ……有難う。貴方はいつも私の事を疑い無く信じてくれた……それが不安で孤独な私の心の支えにどれだけなったか……」

 「おいおい、軍人だった俺が礼を言われる筋合いは無いぜ?何も泣く事ないだろ?」

 「泣く?私泣いてるの?」

 私の眼からあの日以来、一度も流れなかった涙が次々と流れ落ちてくる。良かった……私も泣く事が出来たんだ。でもこれは嬉し涙……。

 「ジョゼフ、私、この街とそこに住む人達が大好き」

 「おいおい、急にどうした?」

 街の人達もお互いに顔を見合わせて泣きながら笑う私に眼を丸くしている。口々に「(デレた!あの毒舌人形のユニちゃんがデレたぞ!)」と騒いでいるけど気にしない。

 「だから……どうか私の事、覚えていて?」

 私は空を見上げ、手を組み、祈りを捧げながらそっと目を閉じた。

 下の階からはフォーレのレクイエムが再び流れ出している。

 

 「さぁ……皆、還るわよ?」


 瞼の裏に映しきれない程の青白い炎の輝きが私の下に集約されていく。

 

私はまるで羽化するように翼を精一杯広げた後、私の大きな青い翼は瓦礫の街と化したサンクト・ペテルブルクの街を包み込んでいった……。

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