ユニ弐号機
火柱を上げる鉄の壁。それもそのはずだ。都心に集めた避難民を一気に爆殺する為に用意されたものだからな。さすが対核兵器を想定しただけあって、施設そのものの崩落は起きていない。在中していたであろう将校クラスの幹部は焼け死んでいてほしいが、そう上手くもいかないか。
消火活動と押し寄せるゾンビどもの大軍に板挟みになりながらも沈静化を計ろうとする隊員達を余所に、顔を煤だらけにした嘗ての上司が無線と銃を片手に此方を睨みつけていた。何万というゾンビの壁に守られた市内の生存者達が壁の外を目指して俺達の横を通り過ぎている。
「なんのつもりだ?ヒューガー=パージェス!貴様ほどの男が我々を裏切るのか!銃殺刑は免れないぞ!」
続々と上官の背後から俺と同じ出で立ちをした特殊部隊員達が9人ほど出てくる。その手には通称ペチェネグと呼ばれるPKPマシンガンやKA-74 アサルトライフルにGP-30グレネードランチャーを銃身下に装備したものまである。俺の部屋にもそれらは置かれていたが、誤射による被害が怖いのでサバイバルナイフと愛用とリボルバー、鉈を数本といういつもの装備のままだ。その代わり手榴弾や煙幕、閃光筒など撹乱する為の装備を腰にぶら提げている。最悪奪えばいいしな。
現段階で十組に分けた生存者のグループで待機しているのは四組約80万人ほどだ。まだここを離れる訳にはいかない。確認の為にユニと無線を繋ぐ。
「ユニ、分散状況は?」
「何よ、今、亡者達の隊列を動かすのに忙しいのよ、邪魔しないで」
「特殊部隊と正面対決する事になった」
「馬鹿っ!それを早く言いなさい!すぐそっちに」
「いや、それより壁の内部の人員がどうなってるか知りたい」
「ちょっと待って、えっと……大丈夫、ほとんどの人員が爆破箇所に集中する様に散らばっているわ。貴方の居る壁の内部も同じ状況よ。他からの増援がそっちに向かう様な動きは無いわ。今、ドストエフスキーの部隊を向かわせたわ。それまでゾンビの群れに紛れて生き延びて」
俺の傍で豚のぬいぐるみを抱えたユニの影武者……ユニツーとでも呼んでおくか。そいつが危険を敏感に感じ取り、俺の上着の端を掴む。心配してくれているようだ。本物のユニよりもいい子だな。ゾンビだけど。その吹き飛ばされた頭の一部が外から見えない様に俺の水色のベレー帽子を被せてやる。その光の無い瞳が驚いた様にこちらを見ると微笑んだような気がした。
避難民80万人を自らの体を盾として行軍するゾンビ兵達の壁が僅かに崩れ始めている。このままでは避難民の命に関わる。俺は上官達に背中を向けるとそっと閃光筒をユニツーに4本程渡し、素早くゾンビの群れに飛び込み、目と耳を塞ぐ。
「おいっ!待て!構わん!ゾンビもろとも撃ち殺……せ?!」
手の平越しに大きな破裂音が炸裂する。手を離すと数瞬遅れて上官達の慌てふためく声が聞こえてくる。
「やめろ!撃つな!目と耳をやられた!同士撃ちになるぞ!」
ゾンビ達に踏み潰されそうになった俺へ腕が伸びてきて立上がらせてくれる。避難民の一人がゾンビの群れに飛び込む俺に気付いて駆け寄ってくれたらしい。
「大丈夫かい?ゴリラさん」
「あぁ、すまない、助かったよ。おっと、耳を塞いで避難者のグループまで進むぞ?」
素直にそれに従った避難民の男が後ろを振り返ると続け様に閃光筒が弾ける。
「ヒューガーを探……」
上官達が視力や聴力が回復したタイミングで次の閃光筒が放たれて居るのは、投げているユニツー自身も目が眩んでいるようだ。それがタイミングよく効果的に効いてくれている。さて、銃は苦手な俺でも他の隊員に引けをとらない得意分野がある。4本目の閃光筒が弾けたのを確認すると俺はゾンビ達の合間を掻い潜りながら奴らの背後に躍り出る。狼狽える奴らを一人ずつ音も無く解体していく。肉屋のジョゼフの名は伊達では無い。偽名だけど。
「銃は苦手だが生憎白兵戦は得意でね」
俺の声に反応した上官が素早くこちらに短銃を発砲するがそれを見越して特殊部隊員を盾にする。短い呻き声の後、その場に崩れる隊員。残り3人。必死に上官が眼を擦りながら発砲を続ける。あぶねぇ。
「ええい!構わん!お前ら撃べへっ?!」
閃光筒を投げ尽くしたユニツーが手持無沙汰になり、路線に積る雪を捏ねて投げた様だ。上官殿の顔にクリーンヒットする。3人目解体完了っと。四肢を解体された隊員が血を流しながらこちらに眼を向ける。その手じゃ武器は使えねぇよな。視力が回復したのか上官殿が散々たる状況に恐れを為して尻餅をつく。
「なんだこれは!どうなっている!」
白い雪の上に夥しい血が流れている。それは全て上官殿の部下の血だ。
「えぇい!鬱陶しい!」
上官の握っていた自動式拳銃の弾が、まるで遊ぶように雪玉を投げ続けていたユニツーの腕に命中し、造りかけていた雪玉が地面に落ちる。その衝撃で地面に膝を着くゾンビ少女のユニツー。
「この死に損ないが!さっさとこの世から消えろ!?」
その発砲音に怯えたユニツーがギュッと眼を瞑る姿を見降ろす。心臓に弾を当てられちまったら彼女は二回死ぬ事になる。
「もう……一回で充分だよな?ユニツー?」
光の無い目でキョトンと傾げた首で血塗れになった俺の胴体から流れ出す血を不思議そうに見つめている。背後から乾いた笑い声が聞こえてくる。
「ハッ!ゾンビを庇って撃たれるとはっ!貴様の最後に相応しい!」
ゾンビの少女の目にまるで怒りの炎が宿ったかの様に蒼い光を帯びる。その輝きは彼女の魂の煌めきかも知れない。口から血を流し、膝を着く俺。
「ホント、何やってんだろな。俺……死んでる人間守るなんて」
ユニツーが俺の腰に抱きつき、何かを掴み取る。この子は少女型の凶器さん。手に何かを持って居ないと不安なのだ。そして怒らせたら、最後、手当たり次第に物を投げまくる。
「ヒューガ―よ、街に潜伏してゾンビに情でも移ったか?こんな大勢のゾンビ達を壁の外に逃がしてどうする?どうせ壁を出たとしても別の部隊がゾンビ達を殲滅……」
腰に提げた鉈が彼女の手から離れると、背後で上官の息が詰まる様な声が聞こえてくる。
「なっ?そいつ、意思を持っているのか?」
首だけ振り向くと、小型の鉈がその腹に突き刺さっていた。次々とユニツーにより投げられてくる鉈を肺に受けて血を吐き出す。
「死者が生者に味方する……だと?」
俺はそっとゾンビの群れの中央を指差す。その光景に眼を見開く上官。
「まさかっ!死者の群れに市民を紛れさせたというのか!?それだけはダメだ!陸軍兵よ、市民を殺せ!奴らが外に出ればバイオハザードにより世界は滅びる事になるぞ!」
俺の腰に抱きつくユニツーが丸くて硬い物を上官殿に投げ付けると、それが額にクリーンヒットする。呻き声をあげる髭面の上官がその物体を手にして短い悲鳴を上げる。俺は慌ててユニツーを抱えて段差になっている路線の傾斜部に飛び込む。背後で手榴弾を遠くに投げようとする上官の姿が最後に見えた。
「馬鹿めっ!もう遅い!壁が破壊された時点で核弾頭は発射される!ロシア連邦軍に栄光をぉ!?」
数瞬後、頭上で小さな爆発が起き、上からの爆風で上官の上半身が綺麗にミンチ状になって辺りに散らばる。周りへの被害は生存者達を守るゾンビ数体が吹き飛んだ程度で済んでいる。
腕の中で震えているユニツーが何かを掴む代わりに俺の大きな体を必死に抱き締めている。少し濁ったその碧眼が怪我を負った俺を責め立てている様に思えるのは気の性だろうか。もう少し持ってくれよ?俺の身体。大丈夫さ、死んでもゾンビになるだけだ。




