魔女の悪魔祓い
意識にノイズが混じり合う様に思考が乱れる。近付いて来た長い黒髪を左右に垂らす女性に怯える声が頭の中に聞こえて来る。
(来るナ、女、殺ス)
両手に白銀の短刀を下段に構えた紅目の女が此方の狼狽を見透かすように口を歪める。
「怯えてる?僕が?いや、違う、これは」
僕を覆う黒く大きな外郭から青い光が漏れ、リング状の帯が体を囲む様に幾つも発生すると、それが脈打つ様に位置を変えながら竜の様な尾の先端に収束されていく。この距離で直接人間に向けて撃つのは初めてで、僕はそれを止めさせようと、背後から伸びてきた尾に手を伸ばそうとするけどその動きは途中で遮断され、尾の先端がそのまま女性の方に向く。
「ポゥさん、逃げて!僕は人間を殺したくない!」
歩みを留めないポゥさんの目が5Mを越す僕の眼球を射抜くように見据える。
「あら?散々殺してきたでしょ?残念ね、私は貴方を殺したいわ」
青い光が輝きを増し、そのエネルギーの塊が音を立てながら白く発光する。
「ダメだよ、逃げて!」
「ご忠告ありがとう。ハルザード君」
僕自身の体に尾は生えてないけど、尾の先端がヒリヒリと灼ける様な感覚が僕にフィードバックされてくる。このままではあの女の人を跡形もなく消し去ってしまう!
僕の意志とは関係なく、光の光線がポゥさんを直撃する。その衝撃で聖堂の外壁の一部が吹き飛び、空が丸見えになる。大量の砂煙を上げながら床が高熱を発し、変色している。戦車も戦闘機も戦艦も、その全てを破壊し尽くした僕の攻撃に生の人間が原型を留めておけるはずも無い。閃光が直撃した箇所が炭化し、丸焦げになっている。あっ?!
「まずは尻尾ね」
横を向くと手にした短刀をくるくると回しながら黒髪のお姉さんが軽やかにステップを踏んでいるのが見えた。
「あっ……れ?!」
2Mにもなる長い僕の黒い尾が音も無く聖堂の床に転がっている。その先端から辿っていくと途中で分断された断面が黒い靄を発しながら消失していく。尾を切られた痛みが僕に取り憑いた悪魔の痛覚を通して僕に還元される。その灼けるような痛みに僕は叫び声をあげてしまう。その断面を見ると、その箇所が鋭利な刃物で切り取られた様になって僕の身体から黒い靄が漏れ出していた。直径1Mはありそうな僕の尾を、あの短い短刀で切り落としたとは到底思えない……。
「不思議そうな顔をしているわね?初めてかしら?体に傷をつけられるのは?」
僕はその痛みに涙目になりながらなんとか頷く。向こうからは泣いてるなんて分からないけど。
「だって、どんな爆弾もミサイルも砲弾も変質した僕の体に傷一つ付けられなかったんだよ?!」
僕の意識とは関係なく、防衛本能は働く様に大きな右手が彼女に振り下ろされる。その腕は戦車の装甲を意図も簡単に砕く程の威力を持つ。この至近距離でさっきみたいに避けられるはずが無い。
3Mほどの体格差があるにも関わらず、お姉さんが僕の腕を撫でるように両手の短刀を回転させながら宙返りすると、僕の太い腕に着地してそのまま此方の顔面めがけて駆け上がってくる。僕は単純に考えてこの体格差が有利に働くと思っていたけどとんだ思い違いだった。死角を縫うように動き回られ、体に取り付かれたらそれを振り払う術を僕は知らな……い!
今度は引き裂かれる様な腕の痛みが直接僕の痛覚を揺さぶり、その痛みがずっと消えない。短刀の切っ先を這わしながら駆けてきた箇所が綺麗に裂けて力無く垂れ下がっていた。その裂け目から僕の細い右腕が顔を覗かせている。僕の腕の表面に線が入ってそこから血が滴り落ちていた。
「初めては誰だって痛いのよ。もう少し我慢して?直に快楽へと変わる
から、フフフ」
お姉さんの短刀が音もなく僕の顔の側面を這うと、悪魔のように顔から突き出ていた二本の角が両断されて崩壊しながら僕の顔から崩れ落ちていく。その痛みに思わず両耳を塞いでしまう。右耳は生身の僕の手だけど左手は黒い影の様な外郭に覆われた手なので距離感が違う。
「顔はそこね?そして左手はそこっと」
お姉さんの体がするりと僕の肩から横凪に抜けると同時に今度は僕の左腕が悲鳴を上げる。けど、僕の生身の腕は傷一つ付いていない。痛みは相変わらずだけど。僕に取り付く悪魔の声が脳内からでは無く、聴覚を通して聞こえてくる。
「もう少し、もう少しよ!さぁ!イイ声を私に聞かせて!」
悪魔の苦しむ声に呼応する様にお姉さんの頬は昂揚した様に赤みを増していく。気の性かその息使いも荒くなっている。両腕を失った僕が下を向くと、強固に形成されていた僕の黒い外郭が形を保つのがやっという様に揺らいでいる。
「さぁ、もっとお姉さんに悲鳴を聞かせて!」
お姉さんが床に着地してすぐさまワンステップで体を回転させながら僕の左足首を両断する。体と脳から伝う痛みのシナプスに僕は段々と麻痺した様に意識が遠のいていくのを感じる。僕はこのまま殺されるの?バランスを失った僕の体が前のめりに床に倒れると地面が大きく揺れる。
「次は右足よ!」
僕の周りをまるで踊るようにステップを踏みながらあっという間に僕は解体されていく。どこか現実味の無い光景に僕は抵抗する事さえ忘れてその流れるような動作にじっと見とれてしまっていた。僕の体から次々と剥がされていく黒い影の様に変質した肉塊。胴体と首を残す形で僕は床に転がっている。もう痛みすら感じなくなっていた。急に視界が開き、肉体の自由が利くようになる。僕を纏う外殻が消失していた。数週間振りに見下ろす僕の生身の体。右腕からは僕の流す血が垂れている。僕から引き剥がされた悪魔が小さな影法師の様な姿で僕と目が合う。
(壊セ!お前モ!)
黒髪を左右に結んだお姉さんはそれに気付か無い。元の姿に戻った僕に目を輝かせながら優しく微笑んでくれていた。その影法師の口が大きく開き、青く輝く。この射角は僕諸とも巻き添えにする気だ。
「危ない!お姉さん!」
僕は慌ててお姉さんの体を突き飛ばしてその射線状から退避させる。その青い爆発が聖堂を包み込むと建物は遂に崩落を始めてしまった。




