裸の私
瞼の裏に焼き付けられたもう一つの光景は私以外の家族が燃えて炭化してく姿。それを前にしても私は泣く事が出来なかった。もしかしたら涙さえも燃え尽きてしまったのかも知れない。
目を開けると伸ばし放題だった私の黄金の髪がジャキジャキと音を立てながら床に落ちていく。私の髪を厭らしく弄ぶ指が私の頬をなぞる。立て掛けられた姿鏡を覗くと皮肉にも母さんが切り揃えてくれた髪型によく似ている。肩辺りで切り揃えられた髪が私の首の動きをトレースするように軽やかにふわりと揺らぐ。
「上出来ね。誘拐犯さん」
私の肩に掛けられた髪避け用の布を取り払うと、素肌に貼りついた髪を丁寧にその手で払い落してくれる。鏡に映された私の体は裸だ。私は気後れする事無く、鏡の中に映る誘拐犯を睨みつける。
その口元が私の視線を感じとったのか、不気味に歪んでいる。それは笑顔と呼ぶにはあまりにもおぞましい。私の肩を抱くように歩かされる。お湯が張られた湯船に私はその片足を浸ける。その背後に陰湿な視線を感じながら。本当に気持ち悪い。
泡立つ浴槽に両足を漬け、壁に掛けられたシャワーのノブを回す。
そこから勢いよく私の全身に降りかかる水滴。体に張り付いた金髪を綺麗に流し落としてくれる。
その光景を眺めていた誘拐犯が携えていたハサミを洗面台に置き、息を荒くしながら黒い衣服を乱暴に脱ぎ棄てると私が足を漬ける浴槽に自ら入り込んでくる。お互いの体がぶつかり合う距離でその細い手が私の白く弱々しい肢体に伸びてくる。私は誘拐犯にされるがままを受け入れた。抵抗すれば間違い無く殺される。私の本能が強く囁きかけてくる。私は目を瞑り、祈りの言葉を口にする。
「この憐れな者にも祝福を」
その言葉に眉を顰めた誘拐犯は更に力を込めて再び私の体を弄び始めた。久しぶりに浴びるまともなシャワー。それだけは悪くないわね。自分の身体ぐらい洗えるわよ。誘拐犯が満足したのか、ゆっくりと乳白色の浴槽から体を起こす。
その死人の様な白い素肌に私の切り刻まれた金髪が張り付いているが全く気にしていないようだった。大きな白いバスタオルをその首に掛けると、私の分も渡してくれる。受け取ったバスタオルの柔かさに不覚にも和んでしまう。微笑む私の顔を覗きこむ誘拐犯の血走った目元。大きく見開かれたそれが熱を帯びて再び私の全身が温もりに包まれる。強く抱きしめられたらしい。こんな状況下でも久しぶりに感じる人の温もりは私に安心感をもたらせてくれた。悔しいけど。私は強く瞼を閉じ、祈りを捧げる。その祈りは遥か天空の彼方より見守る主への祈りでは無い。
この隔離された街を徘徊する蒼き魂を死しても尚揺らめかせる死に損ない達への祈りだ。
この付近を徘徊している亡者達の魂が次第に密度を上げて収束していく。私と誘拐犯が裸で抱き合うこの浴槽を目指して彼等は徐々に進み往く。今、私に出来る事は時間を稼ぐ事だけだ。
「誘拐犯さん、美味しい白キノコのスープを食べたいわ?」
誘拐犯が奇妙な笑顔を作りながら浴場からその姿を消す。その場に黒い殺意を残し、こちらを監視するかの様にいつまでも漂っていた。




