黒霊
その日、僕の住む古都サンクト・ペテルブルクの街を鉄の壁が包囲した。その光景を見上げていると二百Mを超える壁の天辺が形状を変え、アンテナの様なものが出現する。青白い稲光が弾け、大きな光の輪が街全体を囲むと端から収束するように蒼い光が街全体を覆い尽くす。時間にして数秒だろうか。目を閉じていた僕等はゆっくりと目を開け、周りを見渡すけど、特に変化は見られなかった。静まりかえる街に轟音が響き渡る。壁の天辺から突き出した巨大なアンテナ群が黒焦げになり、崩れ落ちてくる音だった。瓦解していくアンテナの一部が落下し、大きな砂煙が舞い上がる。
翌日、学校に登校するとクラスの中で変な噂が流れていた。市内にある全ての病院で死体が動き出したというのだ。
先日の奇妙な発光現象があったからクラスメイトは青冷めた顔で信じ切っているようだ。疑い深い僕が溜息を吐くとクラスで一番可愛い金髪の女の子と目が合う。その子も僕と同じで呆れ気味だ。この子は人形みたいに可愛いのに毒舌だから毒舌人形って呼ばれている。
数日後、今度は空軍の最新型戦闘機が学校の上空を音速で横切り、遅れてやってくる衝撃波に僕らは耳を塞ぐ。慌てて窓から外を覗くと遠く方で爆発が巻き起こる。壁近くにある街があっという間に炎の海に包まれていく。クラスメイトが怯える中、家族が心配で僕は教室を飛び出そうとしてクラスメイトの1人と視線が交差する。毒舌人形、嫌われ者のユニだ。僕らは壁近くに住んでいる者同士だった。慌てて彼女に叫ぶ。
「家族が心配なんだろ!早く行こう!」
教室を飛び出した僕等の判断が正しかったのかは分からないけど、今となってはそんな事はどうでもいい。
僕の住んでいた地区は跡形も無く消し飛んでいた。
焼け焦げた身体を引きずりながら死者達が都心部へと歩いていく。
もうどうでもいい。
前方からT-90、通称ヴラジーミルと呼ばれる迷彩柄の戦車が姿を現す。その後方にはスペツナズ特殊部隊員が搭乗するBMP-1装甲車が僕等の街の瓦礫と死体を踏み潰しながら追随するように展開していく。
この爆撃地区に生き残りは居ない。
数百M先に見えるヴラジーミルの主砲、その51口径125 mm滑腔砲が可動し、その射角がこちらを捉えるのが分かった。装甲車4機が左右に展開していく。空を見上げるといつの間にか雪が降り始めていて、低速で旋回運動を行なう最新型の戦闘機が見えた。その方角にあるのは……毒舌人形ユニの住む区画だった。僕は雪空を低く飛ぶ戦闘機に届けと右手を伸ばす。
「やめてくれよ、そっちにはまだ……ユニが」
戦闘機の翼に搭載されたミサイルがその区画へと放たれていく。近くから大きな炸裂音が響き、戦車の砲台から灰色の煙が立ち上っていた。空気を切り裂き、こちらに飛んでくる砲弾がやけに遅く感じる。
「この世に神なんて居ない。でも悪魔なら……」
誰かがその慟哭に応える様に僕の魂に触れたような気がした。
ネーム用書き出し
①爆撃で焼け焦げたゾンビ達が壁から逃れる様にこちらにやってくる。
②立ち尽くす少年
③そこに戦車と装甲車が現れる
④睨みつける少年
⑤そこへ戦闘機が別方向に飛んでいく
⑥手を伸ばす少年
⑦戦車の砲撃と共に暗転
⑧「この世に神はいないのか……でももしかしたら悪魔ならきっと……」誰かがその慟哭に応える様に僕の魂に触れたような気がした。