不透明少女エリア
思い付くままに昔描いた百合なお話。
――ずっと楽しみにしてたライブだったから誘った。
彼女はそう言った。
彼女の大好きな女性アーティストが、今まさにステージの上で歌っている。
マイナーで、ポップで、軽いリズムで、それでも重くのしかかる音圧。
そして、絶望的なのに光が溢れるようなその歌詞。
アリーナで見つめる私、桂木瑞希。その左隣には色素の薄い髪の彼女、篠塚レン。
思い切り目を見開いて、アーティストを見つめる。
その表情が、その行動が、そのすべてがこの瞬間を綺麗なものにする。
普段の彼女を知っているからこそ、夢中になる彼女のギャップが、私を虜にして離さない。
正直に言ってしまえば、アーティストはもう私の目に入っていない。
音楽だけが耳に響き、その歌唱力が私を、そして彼女を酔わせる。
『どう伝えたらいいかわからなくて だからこそ愛しくて』
『いつまでも思い続けていても 何もかもが意味をなさないとしても』
『私はキミを愛し続けるだろう』
わたしみたい。
どうしようもなく涙が流れる。場の空気に任せて、私は泣きながらその曲を聴いていた。
それでもその表情を見られるわけにはいかなくて。だから私は顔をそらす。彼女の逆側へ。
見つめることも、心をすべて露わにすることすらできなくても、全部、私が好きだから悪いんだ。
本当は私だってこのアーティストが大好きだった。
一緒に行きたかった。
曲に私の想いを代弁してほしかった。
だからこそ私はチケットを二枚とったのに――
「ねぇ、一緒にいこう?」
「……え?何、どこに?」
「ライブ。チケットとったんだ」
ひらひらと舞わせるそのチケットは、私が買ったのと同じもの。
「ほら、瑞希好きだったじゃん、このアーティスト」
「いや、好きだけどさ、でもそれ……」
「ねぇ、一緒にいこう?」
――ずっと、一緒に行けるの楽しみにしてたんだよ。
だから私の買ったチケットは、二枚ともバックの中に入っている。
ねぇレン。レンは残酷だよね。どうして、レンから私にこの曲を聞かせるの?
レンはずるい。私の気持ちだって、とっくに知ってるくせに。
『降り続く雪が キミのいる世界にまで届けばいいのに』
『私は動けなくて だから届かなくて』
『私からの手紙はずっと 鞄の奥にうずもれたまま』
『ねぇ キミはどこにいるの』
『それでも 遠くても キミをずっと想っている』
どうして、レンから聞かせるの?
ふいに、私の手に触れる、ぬくもり。
彼女の温度。
繋がる掌。
私は彼女を見つめる。
彼女は私を見つめる。
他の誰も私たちを見ていなかったし、他の誰も私には見えなかった。
刹那のキス。
そして彼女は微笑む。
いつものように。まるで私の心の中などすべて悟りきっているかのように。
――ずっと楽しみにしてたライブだったから誘った。
彼女はそういった。
だから我慢していた。
例え彼女が持っていたチケットが、3枚だったとしても。
例えその場にいたのが、私だけではなかったとしても。
広がる視界。彼女の後ろには、背の高い彼の姿。
彼女はもう私を見ていない。再び視線をアーティストに戻し、そして隣にいる彼と盛り上がっている。
……それでも、離れない掌。
今、そこにいる君。触れているのに触れられないこころ。
たとえば今そこにいる実感を言葉にするのなら、それはきっと、この曲に似ている。
ポップで、軽いリズムで、それでも重くのしかかる重圧。
ずっと抱いてきた想い。
それは今、唯一私にとって実を結んでいるのかもしれない。
ライブは終盤に向かって加速していく。
私の心を、アリーナに取り残して。
私は、全部を曲のせいにして泣いた。
そして。
左の手を握り締めた。
つないだ絆を、握り締めた。
本当は連載にしようかと思っていたのですが、とりあえずは読み切りにしました。