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童鬼と嫁さま

童鬼と嫁さま

作者: 藤乃ごま

閲覧頂き、ありがとうございます♪


暖かい目でお読みください。

お願いします。

 ある所に、村の日照りで苦しむ男が居た。

 男は村の村長であったが、度重なる村人からの訴えに頭を抱えていた。

 村人からの訴えは、最もであったが男とて人の身。「雨を降らせて欲しい」そう言われた所で、何の力も持ち合わせて居ないのだった。


 そんなある日の事。


 その日も、男は村の田畑を眺め、途方に暮れていた。


「どうしたら良いのだ……」


 そんな言葉や溜め息ばかりが口をつく。


「おじちゃん、どうしたの?」


「……?」


 いつの間に現れたのだろう。伏せていた瞼を上げると、荒れた田畑の真ん中に、小さな童が立っていた。

 陽の光の加減だろうか、髪は夕日に照らされて赤っぽく輝き、瞳も血のような朱色に見える。


 見慣れぬ子供だ。


 男はそう思ったが、目の前の悩み事に頭を痛ませていたので、さして深く考えもせず、童の問いに自嘲気味に答えた。


「……日照りで、村中の者達が苦しんでおるのだ」


 こんな事、年端もいかぬ童に聞かせる事でもあるまい。そう分かってはいたが、不安に胸が詰まり自分の口が止められなかった。


「わしだって、何とかしてやりたいさ。だが、わしは所詮人の身よ。神仏でも無い限り、雨なんて降らせる事は出来まいに……」


 再び、俯き肩を落とす男に童が静かに問いかける。


「……雨が、欲しいの?」


 その幼く、邪気の無い問いかけに男は乾いた笑いを漏らす。


「ああ、欲しいなぁ。雨さえ降ってくれるのなら、わしの物は何だって差し出すんだがなぁ……」


 村長として、家格が高い男の家は、村の中では一番の財産持ちだった。

 だが、どんなに田畑を持ち、家畜を所持しようとも、天恵を左右することなど出来ようはずもない。


「……雨を降らせてやろうか?」


 自身を嘲ていた男は、そんな童の言葉にのっそりと顔を上げる。


 気付けば、夕日は落ち、辺りは暗闇に包まれていた。それなのに童の姿ははっきりと見える。


「お、おまえは……」


 夕日の反射だと思っていた髪や瞳は、暗闇に包まれてもなお、朱色に光輝いていた。


「も、物の怪の類いか……?」


 神仏に会ったことはなかったが、目の前の童は伝説に伝わる神仏とは違う。

 もっと、邪悪で禍々しい力だ。

 男は本能的にそう感じ、戦慄きながら童に問いかけた。心中では、今すぐにでもこの場から立ち去りたかったが、背中を見せたが最後、この世には戻ってこられぬような気がしていた。

 そんな男の心うちを知ってか知らずか、童はのんびりと唄うような軽やかさで応える。


「物の怪っていうのとは、ちょっと違うかな。僕は鬼だから」


「お……」


「鬼」


 知ってる?と小首を傾げる童の様子はどこまでも無邪気だ。しかし、その言葉を理解した男は今度こそ腰を抜かした。童相手だからと振り絞っていた気力もすっかり無くなっていた。


「あれれ、どうしたの?疲れちゃった?」


 地面に腰を下ろした男を見下ろしながら、童が心配そうに近付いてくる。


「く、くく、来るなぁ!」


 童がなおも近付こうとするのを男は必死で拒絶する。


「わ、わしを食ったって旨かないぞ!ほ、骨と皮ばっかりだ!」


 そんな男の言葉を聞き、心なしか童の表情が曇り影っていく。


「……僕、そんな事しないよ」


 ぽつりと呟くと、その場に立ち止まったまま男を見下ろす。


「僕、欲しいものがあるの」


「……!」


 やはり、この童の鬼は自分の命を欲している。男が再び顔を青ざめさせた時。


「……おじちゃんは雨が欲しいんでしょ?雨を降らせあげるから、代わりに僕の欲しいものを頂戴?」


 まるで、お菓子を頂戴?とでも言うような悪意の無いねだり声。しかし、そう簡単に自分の命など差し出せる訳がない。


「……わ、わしの命など取ってどうする?食べぬと言うのなら、尚更必要あるまい!」


「嫁さま」


「な、なにっ?!」


 男は仰天して、訪ね返す。


「僕、嫁さまが欲しいの。おじちゃんの命なんか要らないよ」


 だから、安心して?と微笑み掛ける童の姿を男は呆然と見返していた。










「ちか、千花は居るか!」


「はい。父様、こちらに」


 千花は、父の呼び掛けに急いで応えると、着物の裾を翻させて、声のする方へと足を運んだ。


「千花です。失礼致します」


「ああ」


 襖の前で、一度膝をつくと入室の声を掛け、そのまま静かに開けた。


「……来たな」


 父は自分が呼んだにも関わらず、千花の方を見ようとしない。来たことを喜んでいないようにすら見えた。


「あ、あの、父様?」


「……」


 千花の戸惑ったような声音にも応えようとしない。

 仕方なく、千花は居ずまいを正したまま、父の前で待つことになった。


「……千花、お前は今いくつになった?」


「はい、今年で十五でございます」


「……そうか」


 父の言葉は何かを噛み潰しているように歯切れが悪い。


「あの……?」


 再び、千花が口を開きかけた時、遮るように父が口を開いた。


「お前の嫁ぎ先が決まった」


「……えっ」


 千花は突然の言葉の意味を確かめようと父を見返すが、声の主は相変わらず千花と目を合わせようとしない。


「お前の嫁ぎ先が決まったと言ったのだ」


 父は、自分自身にでも言い聞かせるようにしっかりと言葉を紡いでいく。


「……そうですか」


 千花は静かにその言葉を飲み込む。村の乙女の婚姻適齢期は十四、五歳だろう。

 自分にも来るべき時が来た。ただそれだけの事。 千花は父の一言だけで心を決めた。


「分かりました。私、嫁いで参ります」


「そうか……」


 その言葉に、父が肩をさらに落としたのは安堵の為か、それとも落胆だろうか?

 父の常ならぬ様子に、千花は少しだけ不安を覚え、問い掛ける為に口を開いた。


「……私の嫁ぎ先は、どのような方なのですか?」


 仕事や年齢、家族構成など、一般的な事を訪ねたつもりだった。しかし、応えた父の言葉はそれとはかけ離れたものだった。


 千花はその夜、自身の生が十五で終わる事を知った。










「千花と申します。ふつつか者ですが、宜しくお願い申し上げます」


 千花は三つ折りをついて、地面に額をぬかづけた。


 ここは、鬼から指定された所。

 山奥の決して人が入らない、緑深い場所。

 朝早く出発したはずなのに、着いた頃には夜も深まり、月明かりのみが降り注ぐひんやりとした物静かな場所であった。


「……」


 千花の手足は細かに震え、顔からは血の気が失せて蒼白になっていたが、それでも決して面を上げようとはしなかった。

 ゴツゴツとした地面は千花の豪奢な婚礼衣装を通して足へと痛みを伝える。

 父が、鬼に嫁ぐ不憫な娘に向けて、せめてもと用意した綺麗な婚礼衣装。

 しかし、千花は少しも嬉しいとは思わなかった。むしろ、こんな豪奢な衣装など身に付けずに、このまま鬼に気付かれること無く朝を迎えられれば。そんな風にさえ願っていた。

 朝になった所で、輿にて連れられてきた千花に帰る術はない。それでもこの夜が何事も無く明けてくれる事を切実に願っていた。


「お前は鬼に嫁ぐ」


 そう父から言われた時、これもまた宿命かと、呆然とした頭で静かに受け入れた。

 しかし、実際に衣装合わせが始まり、村人から憐れみの眼差しを送られる頃になると、じわじわと現実感が増していった。


 鬼が指定した期日は次の満月となる晩。

 物の怪達を鎮めるために作られたという、麻で作られた注連縄で囲まれた白い石の在処が、指定された場所。

 その前に膝を着き、千花は面を伏せていた。


 帰りたい。

 逃げ出したい。

 叫びたい。


 そう思ってはいても、理性かそれとも諦めからか、決して身体が動く事は無かった。


「……」


 緊張に身を凍らせその時を待つ。

 数刻程経っただろうか。


「……?」


 千花は訝しんでいた。さすがに遅すぎるのではないだろうか。別段待ちわびている訳でも無かったが、まな板の上の鯉状態で今か今かと命を終えるのを待つのは本当に辛い。

 もしかしたら、鬼は嫁取りを忘れてしまったのだろうか。

 それとも、千花の事が気に入らず、そのまま捨て置いてしまったのだろうか。


 もう、これ以上は待てない。とばかりに千花はそろそろと少しだけ面を上げた。


 注連縄に包まれた白い石は月光を受けて、輝いていた。


「……!」


 千花は、刮目する。

 石の上に、小さな足が乗っかっているように見えるのだ。


 ……ずっと伏せていて、疲れているのだろうか。


 千花は頭を微かに振ると、もう一度下から石を見上げていく。


 ……やはり見間違いなどでは無い。

 

 小さな足は石の上にしゃがみ込むようにちょこんと乗っかっていた。


「……」


 さらにその先へと、千花は恐る恐る面を上げていく。すると頭上から、涼やかな声が掛けられた。


「今晩は。僕の嫁さま」

 

 突然の声と姿。

 千花は目を見開いて、目の前の光景を凝視する。


 なんて、美しい童……。


 最初の感想はそれだけだった。

 白い石の上に乗った童は千花よりもだいぶ幼かっく、もしかしたら、十歳にも満たないのではないだろうか。


「……こんな危ない所で、童が何をしているの?早く住まいに帰りなさい」


 あまりに輝かしい容姿に見とれ、童が最初に何か言っていたが頭に入らなかった。ただ、童の安否を心配する声が第一声となって飛び出してしまう。

 そんな千花の言葉を聞いて、童は大きな瞳を溢れんばかりに見開かせた。


「聞いてるいるの?ここは、物の怪が通る危ない所なの。もうすぐ鬼もやってくるわ。だから、早く帰りなさい」


「えっ、いや、その……」


 童の戸惑っている様子に千花の感情は段々と高ぶってくる。冷静なってみれば、このような時間に童が居るはずがない。しかも、童の髪と瞳は朱色に輝いている。


 人であるはずがない。


 しかし、高揚している千花の頭に疑念などはまるで浮かんで来なかった。


「参ったなぁ」


 童は、その顔に苦い笑いを浮かべると一息で千花の前まで飛び降りてきた。


「ひっ……!」


 今頃になって、童の不審な姿に思い至る。しかし、既に時遅し。


「とても可愛らしい人なんだね。僕の嫁さまは」


 そんな童の言葉を聞き、千花の中で今度こそ疑念が確信に変わった。


「貴方は……鬼?」


「そう。僕が君の父上と約束を交わした鬼だよ。嫁さまがずっと面を伏せていたから、上げるまで待っていたんだ」


 さあ、行こう?とその小さな手を差し出す鬼。千花が立ち上がると、童の背丈は千花の腰辺りまでしかない。


「お、幼い……」


 見れば分かることだが、今更ながらにその幼さに驚いてしまった。

 千花が想像していたのは、獰猛で残忍な鬼。

 しかし、この幼い鬼からはその気配がまるでない。


「わ、私を食すのでしょう?」


 千花を白い石の奥へと誘う童に向かって、思いきって問い掛けてみる。


「え?」


 千花が言葉を掛けてくれるとは思っていなかったのか、童は瞳を嬉しそうに和ませて聞き返す。


「ですから、私を食すのかと聞いているのです。嫁とは生け贄という事でしょう?」


 雨乞いや飢饉に飢えた際、ある地方では生け贄として年若い乙女を捧げる風習があるらしい。

 この辺りでは、久しく無い行いであったが、これはそういった類いの物だと、村人や千花自身も理解していた。

 それなのに、千花の言葉を聞いた童は、本当に悲しそうにその瞳を伏せる。微かに潤んでさえいるようにも見えた。


「僕、嫁さまを食べたりしないよ」


「そ、それは、申し訳なかったわ……」


 なぜか、千花が悪者になってしまったかのような罪悪感。そんな思いに苛まれながら、千花は童についていく。


 もしかしたら、私はまだ生きられるのかもしれない。千花の中で淡い期待が胸に過った瞬間であった。











 童に連れてこられた場所は、不思議な所だった。

 注連縄の石を越えた瞬間、空間がねじ曲がるような目眩を覚え、咄嗟に繋いだ手に力を込めて目をぎゅっと瞑った。


「もう、大丈夫だよ」


 童の声に応え、そっと瞳を開ける。

 すると、そこは見事な屋敷の玄関先であった。


「ただいまー」


「お、お邪魔致します……」


 透かした紋様が描かれた擦り戸。この透明で硬質な扉はどういった材料で出来ているのだろう。

 不思議に思って、そっと撫でたり、押したりを繰り返すが、当然の如くその硬質な材質は形を変えたりはしない。


「ほら、嫁さま。そんな所に突っ立っていないで、早く中においでよ」


 先に中へと入ったはずの童が、わざわざ戻ってきて再び千花の手を引く。


「あ、あの、ちょっと」


「良い、良い。僕たちの他には誰も居ないんだから。遠慮は無用」


「……えっ?」


 この広い家屋にこの童一人で住んで居ると言うのだろうか。


「貴方は、この屋敷に一人で住んで居るの?」


「うん、今まではね。でも、今日からは嫁さまが一緒」


 童は本当ににっこりと嬉しそうに微笑む。

 頬を染めてこちらを見上げてくる幼子の様子に、千花の中の何かが崩壊する。


「かっ、可愛らしい……」


「え?」


 千花は、その衝動が抑えられなくなり、ついつい童の頭を撫でてしまう。


「うふふふ」


 童もへにゃりと微笑み、されるがまま頭を差し出している。







 鬼の成長は、人間とは似ていて異なる。

 遠くない日に、成人姿となった童に本当の嫁として抱かれる事になろうとは、この時の千花は想像もしていなかった。


 童鬼は、千花だけを愛し慈しみ、生涯幸せに包まれ添い遂げたという。


 これは、そんな優しく寂しがりな鬼と嫁さまのお話。


なんだか、中途半端な終わりかたですみません!


とりあえず、こちらで終了です。

続きを書くかは決めておりませんので、もしも続きが読みたいなーと思って頂けましたら、ご感想ください♪


お読み頂き、ありがとうございました!


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