高原希美の兄妹事情
「なあ、希美、お前兄ちゃんいるって本当なのか?」
部活中に茜ちゃんがこんなこと聞いてきた。
「えっ……本当……だけど……」
一体どこで知ったんだろう。別に隠してたわけじゃ……あるかも。
「まあ、希美にもお兄様がいるのね。どんなお兄様なの?」
「リリーさんまでやめて!」
リリーさんは同級生なんだけど、本物のお嬢様らしい。呼び捨てが憚られる。
そしてお嬢様ゆえに、悪気はなくともこういうことをするのだ。
「何か、悪いこと言ったかしら?」
「兄妹っていろいろややこしいんだろーよ。もう突っ込んでやるな」
……もう、そうしてください……
「ただいま帰りました」
部活終わって帰ってきた。
中学まで田舎に住んでたのに、高校からお兄様と同居することになって……
広い、まさに“お屋敷”と言うべき家。
おまけにいないと思ってた父親がすっごい人で……なんか疲れる。
今はお手伝いさんもいないみたいだし、なんか料理しよっと。
にんじんと、ごぼうと、胡麻がある。
よし!きんぴらごぼうだ!
にんじんとごぼうを短冊切りにして、醤油と砂糖で炒める。仕上げに胡麻を和えて出来上がり。
簡単だからよく作るメニュー。明日のお弁当に詰めよう。
そのときだった。
「ただいまー。希美、帰ってるかー?」
お兄様、帰ってきた。
急いでタッパにきんぴらごぼうを詰めて出迎える。
「お帰りなさい、お兄様」
「ただいま。ん、なんかいい匂いするな」
やっぱりバレるよね!料理してたの!
「あー……ごめんなさい。勝手に台所使ってました」
「いや、俺に言わなくてもいいんだけど……何作ってたんだ?」
「きんぴらごぼうです」
「……」
うん、お兄様、めっちゃ呆れてる。
お兄様はこういうの食べたことなさそうな人だからなー……
なんたって、天笠カンパニー社長の長男、奥様との間の嫡男だもの。
わたしも一応社長の子だよ。ただし愛人腹。
もうね、身分、違いすぎっていうか……お兄様はどちらかと言うとリリーさんみたいな人だもん。一方わたしは茜ちゃんたちと同じ一般庶民。普通に考えれば接触なんてあり得ないわけで。
「……きんぴらごぼうか……懐かしいな」
へ?お兄様きんぴらごぼう知ってるの!?
「希美のきんぴらごぼう、ちょっと食べさせて」
「あ、はい!今持ってきます!」
慌ててタッパに突っ込んだきんぴらごぼうを皿に移す。あと、お兄様用のお箸っと。
「いただきます」
お兄様がわたしの料理食べてくれてる……うう、美味しいかな……
食べられない味のものなわけないと思いつつ、お兄様が食べるのを見ていた。
わたしにはきんぴらごぼうって日常的に食べるものだったし、作るのも簡単だから味には慣れてるけど……
お母さん直伝のレシピ!お願い正解でいて!
「うん、美味しいよ。父さんも満足できるんじゃないかな」
「本当ですか!?」
わたしが驚いてるの見て、お兄様は不思議そうな顔してる。漫画とかだと「?」が顔の横に出る感じの。
「希美の母さんの得意料理だったらしくてね、よく母さんに『きんぴらごぼうが食べたい』って言ってたんだ。希美の母さん、元気してる?」
“愛人”って言葉を使わないあたり気を遣ってくれてるのかな……
というか、聞いてなかったんだろうか。わたしがお兄様と同居している理由。
「母は……少し前に死にました」
お母さんと住んでた家もなくなった。
近くの交差点事故のとばっちりで。突っ込んできたトラックに、家ごとお母さんを潰された。
たまたま家の奥の方にいたからわたしは無事だったけど……目の前にまで死が迫る感覚は、今も離れない。
「ごっ、ごめん!悪かった!から泣かないでくれ!」
「泣いてないです!」
言いながらも、涙が零れるのがわかる。あまりにもバレバレな嘘。
“兄の手を煩わせない妹”の仮面が、バラバラと剥がれ落ちていく。
黙って涙を流すわたしの頭を撫でながら、お兄様は心配そうにわたしを見ていた。
「……身内が死んだら、そりゃ悲しいよね。希美、もっと俺に甘えてよかったんだよ?」
「……だって……立場が……」
「立場がどうした?確かに世間からすれば俺は“社長令息”で希美は“愛人の娘”だ。でもな、俺にとって希美は、“可愛い妹”でしかないんだよ。母親が誰だろうが変わらない」
「……」
……初めて知った。お兄様は、わたしをちゃんと妹として認めてくれてた……
「だから、無理に頑張るの止めろ。甘えたい時は甘えろ。俺だって妹と一緒に暮らせるって知った時に『おもいっきり可愛がって世話焼こう』って楽しみにしてたんだから」
「……高校生の妹の世話焼きたいって、それもうシスコンとかギャルゲの世界ですよ」
「そうか?」
……多分そうだ。前リリーさんが「シスコンの姉が心配性過ぎて困る」って言ってたし。
「ま、泣き止んだし、良かった」
頭をぽんぽん、とされる。その感覚は、ずっと一人っ子として過ごしてたわたしには初めてで……ちょっと、子供扱いな気もした。
「お兄様……またわたしが泣いてたら、こうやって慰めてくれますか?」
「俺としてはまずその敬語をやめてほしいところだけど……」
「えへへ……年上には敬語を使えって言われてたもので……」
「……あー、まあ、少しずつ直せばいいよ。それに、辛いならいつだって慰めてやるから」
少しだけ、安心した。
“弱い妹”としてのわたしを、お兄様はとっくに認めてくれてた。
そんな安心感と幸福感に満たされながら、その日は眠りについた。
「おはよー!茜ちゃん!リリーさん!」
「なんか今日の希美、無駄にテンション高いな…」
「“無駄に”は余計じゃなくて?希美、何かいいことでもあったの?」
ふわふわした幸福感が抜けない。
「いいことあったの!」
「なんだなんだ?」
「なんだと思う?」
なんだろな、と茜ちゃんとリリーさんが考える。
放課後までに当てられなかったら、教えてあげよう。
わたしのお兄様は、きっと最高のお兄様!
こんにちは。
何とか企画書き上げました。
今回は初原姉弟の物語に出てきた、「高原希美」の話です。
実は彼女は、この世界にもともと存在した子ではありませんでした。
とある方とのロールプレイでできた「もう一人の雪野」という設定の子で、生まれた当時は小説に出す予定すらなかったのです。
それが今や主役級の席をとったのですから、何がどうなるかわからんものです。
彼女を生み出すもとになった方(作品中では兄の役になりました)、この小説をよんでくださった方、ともに参加してくださった方、発案者の文群さんに、感謝をささげます。




