天暦992年 7月16日 其の三
教室に戻ると僕たちはたちまち質問攻めにされた。
「大丈夫だった? 怪我してない? 保健室行かなくていい?」
「てか、POPしてきたやつどこのどいつだよ! 三組か? 四組か?」
「どんな風に襲われた? 奇襲? それともゴリ押し?」
あぁ、僕の時もこんな感じだったなぁなんて頭の片隅で思いながら、聞こえた質問にちょくちょく返答する。
POPは失敗すれば相手に恨みを買い、逆襲される可能性がある。また同じ相手を連続して対象として選ぶことができないため、こちらから打って出る事も出来ない。
こういった理由から、POPは綿密に計画を練ってから行われることが多い。その為月に一回の参加ノルマがあるとはいえ、実際に身近な人物がPOP対象とされ、更にその人物が生還する場面に遭遇することは少ないのだ。
「おーい、気になるのは分かるけど、もう授業始めるから席にもどれー。話は休み時間でも放課後でもできるだろー」
先生の指示にしぶしぶと言った表情で皆従う。
他人がどのような方法で殺そうとするのか、場所はどこか、人数はどの程度か。そう言った情報を生で手に入れられる機会はそうないのだから、皆が興味を示すのは当然の事だろう。
「切原さん」
自分の席に戻る前に、切原さんに小声で早口に伝える。田村さんと足立さんが心配そうな目で切原さんを見ていた。いつの間に仲良くなったんだろ。田村さんはちょっと苦手なんだよね、どうでもいいけど。
「なに?」
「さっきあった事、多分この授業の後たくさん聞かれると思う。けど、切原さんは何も答えなくていいから」
「どういうこと?」
「そのままの意味。全部僕が説明する。切原さんは適当に相槌を打ってくれればいいから」
あまり長い事話していても怪しまれる。それじゃぁ、と会話を打ち切り、僕は自分の席に戻った。
今回のPOPで、皆に知られたくないことが少なくとも二つあった。この情報だけは、他人に漏らしたくはない。
いずれこのクラスの友達も全員、殺すつもりなのだから。
◇◇◇
みんなの口から矢継ぎ早に放たれる質問を全てこなし、ようやく落ち着いたのは放課後になってからの事だった。
「お疲れ深條くん」
「ありがと、切原さん。じゃぁ行こうか」
「うん」
少し体は疲れているけれど、甘えたことは言っていられない。
なんて言っても今日はエアロ・ウォルクスの試運転の日だ。それを考えただけで、疲れなど吹っ飛んでしまう。
「待ち合わせ場所まではどれくらいかかる?」
「んー、三十分くらいかな」
「徒歩で?」
「うん」
僕の家から学校までかかる時間のおよそ二倍。一体どのあたりに住んでるのかなぁ。まぁそれは涼さんに会った時にでも聞くとして、今できる事をやっておこうかな。
「切原さん、ACSISに接続して、ポイントを見せてくれないかな?」
「え、ポイント? 見せてもいいの?」
「うん。『ポイント見せてー』、って言うのは、『テストの点数見せてー』、っていうのと同じくらい、割と普通の会話なんだよ」
「へー、そうなんだ」
「転校生がよく聞く質問の一つでもあるかもね。覚えておくといいよ」
「分かった、ありがとう」
まぁ嘘だけど。
聞いても不思議じゃないけど、別に転校生がよく聞く質問じゃない。こういうところで偽の情報を与えておくと、後々都合が良いんだよね。
「ポイントはACSISから見れるんだよね」
「そうだよ、ログインしてマイページからポイントのところにアクセスして……そうそう、それそれ」
「あ、出た」
切原綾香、ポイント……「284 P」か。
「多いのか少ないのか、よくわからない……深條くんは、何ポイントなの?」
僕は少し考えて、ここは正直に答える事にした。
「はい、僕のACSIS」
ブックマークから飛んで、画面を切原さんに見せる。人に自分のポイント見せるのは、何気に初めてだ。
「わ、すごい。『798 P』。私の三倍くらいある……ね」
切原さんの顔が暗くなる。自分の三倍の人数を、僕が殺しているっていう事実に行きついたからかな。やっぱり切原さんはまだPOPに慣れていないみたいだ。
「うん、切原さんが思っている通り、僕は三人、人を殺してる。でも、自分から殺したのは、今日の一件だけなんだ」
「そうなの?」
少し顔が明るくなる。なるほど、自主的に相手を殺す、という事に関して引っかかりがあるわけか。これは良い情報だね。
「POPの仕来たりみたいなものなんだけど、POPに参加できる十二歳になった瞬間、つまり小学校六年生の時は、すごく狙われやすいんだ」
「それって、まだPOPに慣れてないから……?」
「その通り。だから小学校の教師は、六年生が中学校以上の人物のPOP対象になっている場合、インターセプトを行いつつ教育するよう言われているんだ」
インターセプトに関しては既に切原さんには教えてある。質問してこないところを見ると、ちゃんと覚えているみたいだ。切原さんは意外と頭は悪くない。ただちょっと周りが見えなくなりやすい、そんなタイプなのかな。
「そうなると当然、教師の目が届かないところでPOPをしようとする人が出てくる。僕は小学校六年生の時、襲われた」
忘れもしない。
夕方、橙色の空間。
自分よりも大きな体。鈍く光るナイフ。
肉をえぐる感触。そして、抑えられないくらいの――――高揚感。
「こ、怖くなかった?」
「はは、怖かったよ、当然。でも運よく勝つことができて……それからは誰も殺しに来なかった」
さらっと嘘をつく。恐怖なんて微塵も感じなかった。
しかしあれは失敗だったなぁ。あっさりと返り討ちにしちゃったから、それ以後誰にも狙われなくなっちゃったんだよね。
「後の一回は、転校してから。今日の切原さんみたいに狙われて、なんとか返り討ちにしたんだ。僕のPOP経験は、それで全部」
さらに、嘘。
狙われたのは小学校の時に一回。転校してから一回。
自分から殺そうとしたのは四回。一回は成功。三回は失敗。
加えて今日、モミ男を殺すのには成功。
戦績は七戦四勝三敗。
「大変だったんだね……」
「そうでもないよ」
「え?」
きっと今から会おうとしている涼さんなら、すぐにおかしなところに気付くんだろうなぁ。僕と切原さんのポイントは、明らかにおかしい。
「『284 P』と『798 P』。どう計算したら、こんな値になると思う?」
「え? えーと、二百八十四に三をかけて……あ、あれ? 合わない?」
「うん、合わないよね。因みにポイントがどうやって配分されてるか、一般には公開されてないんだ」
これがPOPの肝だと僕は思っている。今まで四人を殺したけれど、どれもポイントの入り方が違う。
因みに田中君を殺した時に入ったポイントは「150」。モミ男の時は「115」。小学生の頃にやられた時は「263」。転校した時は「200」。
そして今回の切原さんの「284」。
「なんで公開されてないの? そんなの変だよ」
「いや、変じゃない。これもPOPの意図なんだと思う」
「どういうこと?」
「人を殺すのは手間も時間もかかる。八年で多くのポイントを稼ぐためには、より効率よくポイントを集める必要がある。ポイントの配分の仕方が一定でないのは多分、いくつかの法則に乗っているからだ。つまり」
「……その法則を見つけ出して、最も高い配分でポイントが入るような殺し方をすることが、トップに立つ近道ってこと?」
「正解」
やるじゃん。ご褒美に頭をなでてあげる。目を細めて嬉しそうにする切原さんはなんだかペットみたいでちょっと面白かった。
「単純に人を殺すだけなら、体の大きい人間とか、運動のできる人間が有利だけど、POPで求められてるのはそれだけじゃなくて、それに加えて頭のいい人間も求めていると思うんだ」
例えば既に、僕の中では三つのルールが見えてきている。
一、対象を殺すと「100 P」
二、対象を殺しそびれると「―(マイナス)10 P」
三、自分を対象とした人物を殺す(殺し返す)と「200 P」
多分こんな感じだろう。
僕から対象を指名した時と、指名された時では、百の位がどちらも異なっている。
加えて、今回同条件下で行ったPOPだが、標的にされた切原さんは二百台のポイント、一方で僕はその半分、百台のポイントを得ている。
失敗した場合ポイントが減少するのは既に確認済みだ。僕は三回失敗しているので、三十ポイント減点されている。
つまり、基本の配分として「100」と「200」があり、残りの端数は僕が気づいていない、何らかのルールにのっとっていると考えられる。
試行回数が少し少ないから絶対とは言い切れないけど、多分方向性はあっているはずだ。
現段階では、自分から殺しにいくよりも、返り討ちにする方がポイントを稼ぐ効率がいい事になる。
「なるほど。で、そのルールに関しては目星がついているの?」
「いくつか仮説は立ててあるよ。ただ、長くなるからまた今度教えるね。口頭だと難しいだろうし」
どこまでを切原さんに話すべきなのかは、まだ考えていない。全部を教えてしまったがために後々の計画に支障が出ても困る。ここは慎重に進めなくちゃいけないところだ。
「じゃぁこれからは、そのルールを明らかにするのが目的になるんだね」
「うん。そうすれば無駄な時間を……殺しをしなくて済むからね」
「そうだね」
あぁ、やっぱりこう言うと嬉しそうだね。POPが無い世界を僕は想像することができないけれど、彼女達の中では、「人を殺す事はいかなる場合も悪」、という図式が成り立ってるみたいだ。
だからPOPでの殺しも受け止めきれない。もしかしたら、ちょっと嫌悪感すら抱いてるのかもしれない。僕にはさっぱり理解できないけど。
「一緒に頑張ろうね、切原さん」
「うん。よろしくね」
「で、あとどれくらいで着くの?」
「あと二十分くらいかな?」
「えー結構遠いなぁ。毎日大変だね」
「そんなことないよー。町の景色を見てると、あっという間なんだ」
切原綾香は計画の重要なキーだ。
けど、彼女は人間。完璧に僕の思い通りに動くとは限らない。僕らの、地上と葡萄の木の文化の違いが、思わぬところで障害になる可能性だってある。
だから僕は、彼女の事をより深く知らなくちゃいけない。嘘偽りを並べ立ててでも信頼を勝ち得て、僕の言う事を素直に聞く、忠実なコマに変えなくちゃいけない。
切原綾香は殺しが嫌いだ。けれど恐らく、戦いの場に身を置いたことはある。
頭にその二つを叩きこんで、僕は切原さんと会話を続ける。彼女の好きな笑顔を絶やさず、落ち着いた声音で。