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天暦992年 7月16日 其の二


切原さんと手早く仕込みを済ませると、丁度誰かがやってくる気配がした。切原さんを殺そうとしているやつらのどちらか一人なのは間違いない。名前は知らないけど、確か隣の三組の人じゃなかったな。


「やぁ、はやかったね」


 軽く手を挙げて挨拶をしてみたり。もちろん、爽やかな笑顔も忘れずに。


「てめぇ……さっきからちょろちょろちょろちょろ、鬱陶しいんだよ……」

「あは、ごめんね」


 いらいらしてるなぁ、当然だけど。


 POPはとても自由度が高い。大枠として定められた十一のルール、そしてそれに付随したいくつかのルールが僕たちの行動を制限する。それ故に相手の行動を読むことも、操る事もできる。ルールは守るためにあるんじゃない、使うためにあるんだ。


 例えば今、彼は切原さんを標的にしている。

 つまり、彼は切原さんを自由に殺す権利は持っているけれど、他の誰かを傷つけることはできない。POP対象者以外に負傷を負わせれば警備隊が駆けつけてきてすぐにお縄になるし、殺すなんてもっての他だ。

 だから僕は、切原さんの盾になることができる。POPの標的になっていない僕が、彼を邪魔することは特に禁じられていない。

 一般的に「インターセプト」と呼ばれる技術だ。


「お前、そいつの彼氏か何かか?」

「まさか、ただのクラスメイトだよ」


 ちょっと変わった契約を交わしてはいるけどね。

 切原さんはさっき教えた通り、僕の三歩後ろに待機している。準備は上々、いつでもオッケーだ。


 目の前の男子生徒……もみあげが長いから「モミ男」にしようか。モミ男は金属バットを握りしめたままこちらの様子を伺っている。

 切原さんを殺したい。でも、僕が邪魔で殺せない。そんな葛藤が伝わってくるようだ。切原さんはモミ男に標的にされた時点で、無条件に彼を殺す権利を得ている。切原さんを奇襲で殺せなかった以上、モミ男も彼女に殺されるリスクを負っているのだ。

 

 このまま十五分時間が過ぎてくれれば、タイムオーバーでまた仕切り直しになるんだけど、多分それは彼らも望んでないし、何より僕もそんなつまんない幕引きは望んでいない。


「僕が、邪魔?」

「あぁ? 邪魔だよ、分かり切ってんだろそんな事」

「オッケー。じゃぁ君に、僕を排除するチャンスをあげるよ……【purify】」


 モミ男の姿をしっかり眼球に焼き付けながら、僕は小さな声で、でもしっかりとその単語を口にした。瞬間、左腕につけた腕輪が二度三度バイブレートして、カウントが現れた。


「……俺とやる気か?」

「さぁ、どうだろうね」


 相手の姿を捉えた状態で【purify】の単語を口にし、腕輪に声紋認識させることで、相手をPOPの対象とすることができる。そして十秒間の猶予時間が与えられ、相手を殺す権利を得る。


「後悔しても知らねぇからな」


 不適な笑みを浮かべて、モミ男が金属バットを構え直す。

 自信満々に勝つ気でいるところ悪いんだけど、君たちの浅はかな考えくらい、お見通しだからね?

 体育館側から強烈な殺気を感じて、僕は叫ぶ。


「切原さん、今だ!」


 同時に、体育館の窓がけたたましく割れて、男が飛び出してきた、はずだ。

切原さんには僕が合図をしたら全力で体育館側から離れるように言ってある。

 僕は既にモミ男の方しか見てないから分からないけど、多分そうなってるはず。彼ら取れる行動は体育館からの奇襲か、挟み撃ちしかなかったけど、僕のインターセプトがある以上、後者は成功の確率が低い。不意をついて体育館の窓から片方が襲ってくることは明白だった。


彼らの奇襲は躱せたとはいえ、このままだと切原さんがモミ男じゃない方の生徒に追撃され、殺されてしまう。そうさせない為にはどうすればいい?

 答えはとても簡単。二人の意識をこちらに向ければいいんだ。頭の中で描いていた通り、ベルトに挟んだ細身のナイフを取り出して、モミ男に突き出す。

 僕の行動が予想外だったらしく、若干反応が遅れたモミ男の眼球にさくりと刃が通った。聞くに堪えない絶叫が空間をつんざく。とってもうるさいからさっさと始末しよっと。

 ベルトに挟んでいたもう一つの武器……といってもただのトンカチなんだけど、それを使ってナイフの尻を思い切り叩く。

 釘を木材に打ち付ける要領で、モミ男の眼球にナイフが入り込んだ。眼球と脳みその間の骨をがりがりと削る感覚。意外とかたいんだなぁ、頑張れ僕。


 えぐれろえぐれろ削れろ削れろえぐれろえぐれろ削れろ削れろえぐれろえぐれろ削れろ削れろ。


 何十回か打ち付けると、ようやくナイフが柔らかい肉に辿り着いた。スープをかき混ぜるようにナイフをぐるぐるとかき回していると、肩を大きくゆすられた。


「もうやめて……やめてくれよぉおおお! そいつ死んでるから、だから、もうっ……いいだろ? なぁ!」


 あー、えーと、君はもう一人の子か。メガネかけてるからメガネ君でいいよね。


「みる?」

「え?」

「ほら、見てみて。死んだ人間の顔、あんまり見る機会ないでしょ? 今後の為にも、見ておくといいよ」


 そういってモミ男の髪の毛を掴んでメガネ君に近づける。右目から血だか肉だか神経だか分からない液体がこんこんとあふれ出ているモミ男の顔は、さぞかし醜悪に違いない。

 さっきまで、笑って喋って、一緒に授業を受けていた。そんな身近な友達があっけなく死んだ。その事実に耐え切れず、メガネ君は顔を背けた。


「なんで見ないの? どうして目を瞑るの? 君たちも同じ事しようとしてたんだよね。僕のクラスメイトを、同じ目にあわせようとしてたんだよね?」

「……ごめん、悪かったから……」

「いや、別に悪くないよ? だってPOPだもん。でも、分かってるよね。君たちが殺す権利を持っている様に、僕たちも殺す権利を持っている。ね、切原さん」

 

 当の切原さんは僕から少し距離を置いたところで立っている。できるだけ僕の持っているモミ男の死体を見ないようにしているのが分かった。

 結構戦い慣れしてるように感じたんだけど、気のせいだったかな。切原さんが返事をしないので、僕は勝手に喋り続けた。


「切原さんは君の事を殺す権利がある。僕が命じればやってくれるよ。僕が君の友達にしたのと、同じような殺し方を、してくれる」

「い、いやだ……」

「だからほら、よく見ておくといいよ。ここ、この右の眼球にナイフを刺して、そこをトンカチで叩くんだ。そしたら眼球は当然破れて中から水晶体が流れ出てくる。君は多分そんなの見てる暇ないだろうけど、とっても綺麗なんだよ」

「いやだ……いやだ」

「で、この眼球を覆ってる骨。ここ眼窩っていうんだけど、上の方は脳に隣接してるんだ。まぁ大抵の場合この時点でショック死すると思けど念には念を入れて眼窩をえぐるわけ。痛いのかなぁ多分痛いだろうね。まぁ後で感想聞かせてよ。それで最後は――――」

「いやだいやだいやだいやだいやだ!」

 

 メガネ君はそう叫ぶと僕たちとは反対側に全速力で走り出した。敵前逃亡。僕は彼に指一本触れることはできないんだけど、こうして脅かすことはできる。


 で、メガネ君が走って行った方向には、既に罠が仕掛けてある。


「うわっ!」


 何本かピアノ線を束ねて、ぴんと張っておくと、足元を見ていない人間は簡単に転んでしまう。メガネ君は周りを見るような余裕なかっただろうから、綺麗にこけた。ピアノ線ってほんとに便利だよね。最強の武器だと思うよ。


「……あれ、もしかしてもう死んじゃった?」


 いつまでたっても立ち上がらないメガネ君の様子を見に行くと、なんと近くにあった大きめの石に頭を打ち付けていた。


「切原さん、腕輪見せて」


 さっきまで赤く染まっていた切原さんの腕輪は、静かな水色に戻っていた。つまり、もう切原さんを狙っている者はいないという事だ。


「なんだ、意外とあっさり死んだね」

 

 ピアノ線で転ばせたあとどう殺すかも考えてあったんだけど、徒労に終わっちゃった。まぁ手間も省けたしいいか。

 

 因みにピアノ線を張る様に仕向けたのは僕たけど、実際に張ったのは切原さんだ。多分だけど、この場合切原さんの仕掛けた罠でメガネ君が死んだ、という扱いになって、ポイントは切原さんに入っているはずだ。前の田中君の時も同じ様な形で殺して僕にポイント加算されてたし。


「どう、切原さん。初めてのPOPは……って、聞くまでもないか」


 顔色は良くない。表情も曇っている。どう考えても、良い印象は持っていないだろう。地上にはPOPがないと聞いていたけれど、咄嗟の体の反応や、身体能力から、人との殺し合いにはなんとなく慣れているのでないかと踏んでいた。


「ごめん、怖かったよね」


 でも多分、慣れているのは体だけで、命のやり取りを冷静に、客観的に見るほどの精神力は、まだないのだろう。そんな気がする。


「大丈夫……ちょっと、びっくりしただけ」

「無理しなくていいよ」


 とりあえず今は、優しい言葉をかけてあげるのが一番かな。頭をゆっくりと撫でてみる。特に嫌がられる気配はない。ガード緩いなぁ。


「君はこれからもいろんな人に狙われると思う。でも、安心して。僕がちゃんと守るから。皆殺して、あげるから」

「……ありがと」

「いいんだ。涼さんとの約束でもあるし」


 滑らかな髪を何度も撫でて、優しい言葉を適当に見繕いながら。


 僕はあまりにも容易い今の状況に、内心ほくそ笑んでいた。



 涼さんと電話越しに交わした契約は、切原さんが思っている以上に色々な内容を含んでいる。


 まず涼さんから僕への依頼。

 一年以内にPOPの成績で僕がトップに立つこと。これは言われなくても元々そうするつもりだった。

 トップとまではいかなくても、エアロ・ウォルクスを手に入れるためには高い成績を収めなくてはならなかった訳だし。

 そしてこれは、切原さんと僕とのやり取りを聞く中で、涼さんも既に分かっていたはずだ。

 つまり本命は、もう一つの、「トップに立った後に明かす」。こっちの方だ。


 以上を要約すると「事情は明かせないけど頼みたい事がある。POPでトップに立てるよう助力するから、協力して欲しい」という意味になる。


 そしてその「協力」の内容がこの二つ。

 

 エアロ・ウォルクスと、切原綾香だ。

 

 前者は使い方さえ覚えればPOPで大いに役に立つだろうね。十二から二十歳までの年齢の人で、エアロ・ウォルクスを所有している人なんていないんだから。

 後者に関しては、多分当の本人が一番なんの事か分かっていないんじゃないかな。

 クラスメイト同士のPOPを極端に嫌う今の状況では、僕が稼ぐポイントには限界がある。かといって、他のクラスの人間を狙い過ぎれば、危機感を抱いた他クラスの生徒に集中砲火をくらう可能性がある。どちらにしろ行動が制限されていて、ポイントは思うようにたまらない。


 だけど、切原綾香という転校生が入ると、話は変わる。

 転校生はPOPの標的になりやすい。つまり、彼女を守るという正義の名目を掲げる事で、僕は他クラスの生徒を殺す事ができる。

 更に他にも、切原綾香を使う事で可能になる作戦は多い。

 ずっとずっと殺したいと思っていたクラスメイトに手をかけることができる。ちまちまと行っていたPOPは、もう終わりだ。


 あぁ、涼さん。貴方は素晴らしいです。

 どこから情報を手にいれたのか分かりませんが、今の僕の状況を打破するに相応しい武器を二つも与えてくれた。

 貴方の目的は、正直まだ読めない。

 僕がPOPの成績でトップに立つ事で、貴方たち地上の人間が何を成せるのかは分からない。

 けれど、それでも構いません。

 僕はこの好機を逃さない。

 エアロ・ウォルクスと切原綾香という二つの道具を使って、必ずPOPで覇権をとって見せる。

 そうすれば、きっと姉さんも喜んでくれる。


 切原さんの気持ちが落ち着くまで傍に寄り添いながら。

 僕は今後のPOPで使う策を想像して、心躍らせていた。



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