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天暦992年 7月16日 其の一

 私、切原綾香はとっても馬鹿にされやすい。

 別に私は普通にしているだけなのに、「綾香ちゃんにはわからないと思うけど」とか「切原さんは黙ってて」とか、よく言われる。

 最初はとっても嫌だったけれど、いつしかそれが普通になって、笑って受け入れられるようになった。抜けた発言やドジな行動をしてしまう私は、確かに地上の世界では邪魔だろうから、しょうがない。悪いのは私だ。

 

 涼くんが今回私を学校に送り込んだのは、私のこの、天性の見下されやすい性格を見込んでの事だった。彼曰く、「人を舐めてかかってるやつほど、扱いやすいやつはいない」。

 まぁ確かにそうかもしれない。足を引っ張ってばかりの私が役に立てるのなら、涼くんに褒めてもらえるなら、いくらでも頑張れる。


「とりあえず確認ね」


 でも、この人は少し苦手だ。

 柔らかい物腰。優しい笑顔。整った顔立ちで、背は高い。髪の毛は地上では珍しい赤色。

 この世界、葡萄の木の住人はみんな、髪がとってもカラフルだから別に浮いてはいないけれど、私はやっぱり、ちょっと慣れない。

 教室で、私の席の前に座った深條くんの顔を見上げて答える。座ってても身長差があるの分かるなぁ。


「昨日のこと?」

「そう、僕と君たちの間の取決めについて、もう一度確認したいんだ」


 予定よりも早く深條くんと接触した涼くんは、電話越しに勝手に契約を交わした。涼くんは私よりもずっと頭がいいから心配はないんだろうけど、少しくらい相談してくれてもいいのにな。


「いいよ。あ、涼くんにつなごうか?」

「いや、大丈夫。これはどっちかというと、君が今の状況をきちんと理解しているか、っていう確認だから」

「あ、なるほど。ありがと」

「いや、お礼を言われるようなことじゃ……まぁいいや。君たちから僕への要求は二つ」


 紙を取り出して、深條くんがシャーペンを走らせる。予想通りというか、とっても綺麗な字。



 ・深條タタラは一年以内にPOPの成績でトップに立つ事。

 ・もう一つはトップに立った後に明かす。


 

「これでいいかな」

「えーと、『私たちの事は秘密にすること』と、『きりはらあやかの身の安全を確保すること』っていうのが抜けてる、かも……?」

「あぁ、そうか。それは勿論守るから安心して」


 当然すぎて書かなかったとばかりに、深條くんが笑う。


「で、要求の代償として、君たちが僕に与えてくれるのはこれ」



・エアロ・ウォルクスの譲渡(ただし最初の内は才松涼の指導を受ける事)

・切原綾香



「ここまではオッケー?」


 あんまりオッケーじゃないけど、頷くしかない。正直、二個目に関しては意味が分からない。


「よし、じゃぁこれからの話をしよう」

「うん」

「まず、僕はPOPでトップの成績を収める必要があるわけだけど……あ、一番になれたかどうかはこの『ACSIS』で確認できるから安心してね」


 私が持っているのと同じタイプの電子端末を取り出し、手慣れた指使いで操作していく。電話もメールもインターネットもできる、現代人の必需品だけど、地上もここも、同じものを使ってるとは思わなかった。


「ほら、これ」


 画面を見ると順位表が表示されていた。

 一位は……なにこれ、なんて読むんだろ。


「ら、らぬんくら」

「Ranunculus。キンポウゲの事だね。ここには自分が決めたハンドルネームが表示されてるんだよ」

「へーそうなんだ」


 確かに実名では公開しにくい内容、なのかな。


「上位二十名までが乗るようになってる。まぁモチベーションと話題作りのためだよ。このRanunculusってやつはここ四年間くらいずっとトップ」


 そう言う深條くんはACSISの電源を切って、再びシャーペンを走らせた。まだ朝の七時前だからか、教室には誰もいない。文字を書く音がよく聞こえる。


「まぁそんなやつも抜くくらい、POPで人を殺さなくちゃならないわけなんだ。まぁ普通なら無理。今の環境だと二十位以内に入る事もできないだろうね。でも……エアロ・ウォルクスと、切原さんの助けがあれば、可能かもしれない」

「え、わ、私?」

「そう。というわけで、これ覚えて」


 はい、と渡された紙には十一個のルールが書かれていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【POPについて】

一、POPでは人を殺さなければならない


二、アナウンスが流れた時点から開始され、終了の合図まで続く


三、時間は十五分。開始のアナウンスがいつ流れるかは参加者には知らされない(十五分を一単位とし、これを「セメスター」と数える)


四、アナウンスは一日に一回流れる。セメスター内でPOPの対象を決定する事ができる


五、POPの対象を決定した場合、そのセメスター内で対象は変更できない


六、誰かにPOPの対象に選ばれた場合、自分をPOPの対象に選んだ相手も無条件に殺す権利を得る


七、同じ相手は、少なくとも三セメスター置かなければ再び選択してはならない


八、POPで人を殺す事に成功した場合、ポイントが加算される。


九、加算されるポイントは、その殺し方に応じて変動する


十、POPは国民の義務であるが、全てに参加する必要はない。月に一度の参加を最低基準とする。(対象に選ばれた場合はこれに含まれない)


十一、POPの参加は、満一二歳から満二十歳までの若者のみを対象とする。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「地上にはPOPがないんだよね? だからまず基本から覚えてもらおうと思って」


 私は黙って、目を通す。

 人を殺さなくてはならない。

 恐ろしい内容が、さらりと、ごく当たり前のことの様に書いてある。


「まぁそんなに難しい内容でもないよ。一日に一回十五分、人を殺す時間が与えられるってだけだから」

「う、ん……」


 やはりどうしようもなく、この国法は気持ち悪い。

 葡萄の木に来る前に、国法は軽く目を通したし、説明も聞いた。国法の壱「人を殺してはならない」。それなのに、このPOPでは、「人を殺さなくてはならない」。大きな矛盾を抱えた国法を、誰もが皆笑って享受している。歪な、国。


「で、ここからが大事なんだけど。君は今日、必ずPOPの対象になる」

「うん…………え?」


 何も考えずに頷いちゃったけれど、今なんだか恐ろしい事を言われた気がする。


「転入生っていうのは、恰好のPOPの対象なんだ。日が浅いから誰とも仲良くない。だから後腐れなく殺せる。皆そう思うからね」

「じゃぁあの、『きりはらあやかの身の安全を確保すること』っていうのは……」

「これを見越して、涼さんが加えた条件だよ。顔も見たことないけど、結構頭の回る人だよね」


 転入生ってそんなに危険な立場だったんだ……。POPが行われている現場は、何度も目にしたことがある。合法的に殺しが行われている様は、私の育ってきた環境的に見慣れてはいたけれど、あの時とはまた違う恐ろしさがあった。


「多分今日、君は必ず誰かに襲われるけど。僕が必ず守ってあげる。だから安心して、このPOPのルール、身をもって覚えてね」


 そう、これだ。

 この、何を考えているか分からない笑顔が、私はとっても苦手なんだ。

 そんな人に命を預けるのは少しためらいがあるけれど、涼くんが太鼓判を押した人だから、私は素直にうなずいた。

 彼が間違っていたことなんて、ないんだから。


◇◇◇


 いつPOPが始まるのか分からない、綿で首を絞められているような、嫌な感覚を味わいながら、昼休みを迎えた。

 クラスの女の子は優しくて、休み時間の度に話しかけてくれた。特にクラス委員長の由香ちゃんと、とっても元気な沙織ちゃんは私の命の心配をしてくれた。


「POPがいつ始まるか分かりさえすれば守ってあげるのになー。こんな小動物みたいな可愛い子殺そうとするやつは、めっためたにしてやるんだから!」

「始まりの合図が鳴った時傍に居たら、裏道とか教えますね。絶対にばれないところがあるんです」


 この二人はなんというか、対照的な性格をしている。火と水、陰と陽、犬と猫。いや、最後のは少し違うかもしれないけれど、とりあえずバランスは取れてる感じ。


「あ、ありがと」


 こういう時、なんて返答するのが正しいのかな。転校した次の日もまだ学校に居るのは初めてだから、勝手が分からない。


「でも大丈夫、深條くんが守ってくれるから――――」

「「え?」」


 二人の声が重なった。あれ、何か変なこと言っちゃった……?


「そう、僕が守ることにしたから」


 ぽん、と肩に手が置かれる。


「し、深條? あんたってそんなキャラだっけ?」


 ちょっと動揺した様子で沙織ちゃんが言った。動揺っていうより、引いてるって言う方がしっくりくる気もする。深條くんって、クラスではどんな立ち位置にいたのかなぁ。


「キャラとかよくわからないけど……この子ってほら、守ってあげたくならない?」

「あ、うん。それは分かる」


 分かっちゃうんだ。見下されるのは慣れてたけど、守ってあげたいって言われるのは初めて……いや、二回目か。涼くん以外の人に言ってもらえるのは新鮮で、ちょっとこそばゆい。


「ひとめぼれですか?」

「そうかもしれない」

「嘘つきですね。お姉さん以外に興味なんてないくせに」


 なんだか刺々しい由香ちゃんの言葉には返答せず、時計をちらりと見て深條くんが私の手を引いた。


「切原さん、昨日時間がなくて連れていけなかった場所があるんだ。今から行こうか」

「え、うん、いいけど……」

「よし、じゃぁ行こうか」


 大きい体に、大きい手。引っ張られたら私はあらがう術もない。

 にやにやと笑って手を振ってくれている沙織ちゃんに会釈を返しつつ、私は深條くんについていく。


「し、深條君、どうしたの? 急に」

「別に急でもないよ。昼休みは長いし、これから一年はこの学校に通うんだから、早く学校の施設、覚えたほうがいいでしょ?」

「うん、まぁ、そうだね」

「ほら、放課後はエアロ・ウォルクスの試運転もさせてもらえるわけだし」


 この瞬間だけ、深條くんは年相応の顔になる気がする。今高校二年生だから、一六か十七歳のはずだけど、普段の彼はもっと年をとって見える。


「……楽しみ?」

「うん。かなり」


 にやっと笑って、深條くんは窓の外を見た。


「ずっと空、飛びたかったから」


 深條くんの事はまだよくわからないし、正直少し苦手だ。

 けど、この言葉を聞いて私は、彼の根っこの部分はとっても優しい人なんだと、なんとなくそう感じた。


「深條くん、あのね――――」



 その時。

 低い低音のブザーが鳴った。同時にながれる、端的なアナウンス。

【POP、開始】



「こ、これって」

「落ち着いて、切原さん。大丈夫、僕がついてるから」


 この音は知っている。このアナウンスは知っている。葡萄の木に来てから毎日聞いている。でも今日は、いつもより威圧的に聞こえた。


「ルールを確認しよう。『二、POPはアナウンスが流れた時点から開始され、終了の合図まで続く』」

「うん」

「『三、時間は十五分。開始のアナウンスがいつ流れるかは参加者には知らされない』」

「うんっ……」


 遠くで叫び声が聞こえた。何度聞いても、なれる事のない狂声。


「切原さん、腕輪を確認して」


 葡萄の木に入ってから涼くんに言われてつけ続けてきた腕輪。メノウの様な肌触りで、丈夫で軽い。いつもなら薄い水色をしているそれは今、赤く染まっていた。


「走るよ。いい? それがPOPの対象にされた合図なんだ。『四、アナウンスは一日に一回流れる。セメスター内でPOPの対象を決定することができる』」

「な、なんか数字が出てる」


 走りながら刻々と減っていく数字を見る。十から一秒ずつ減っていく。その横にはⅡという数字がそのまま残っている。


「減っている方は猶予時間なんだ。対象に設定されてから十秒は、相手に攻撃されない」



『POP対象となってから十秒は、猶予時間が与えられる』



 心の中のメモ帳に書き記す。深條くんに引っ張られながら、階段を全速力で降りる。


「このⅡっていうのは……」

「それは何人にターゲットにされているかを示すものだよ。今はⅡだから、二人に狙われて……来るよっ!」



『POP対象になった場合、自分を狙う、相手の名前を知ることはできない。その代わり、自分を狙っている人物の数は表示される』



 カウントダウンが0を示した。

 瞬間、体を強く引っ張られ、視界が真っ暗になる。

 自分が深條くんに抱かれていると気付いたのは、数秒経った後だった。


「こっちだ!」


 状況を把握する間もなく、再び手を引っ張られる。

 ちらりと後ろを見ると、金属バットを持った男子生徒が向かってきていた。

 丁度私たちの死角になっていた廊下の影で待ち伏せしていたらしい。

 深條くんはそれに気づいて、咄嗟に私を引き寄せて守ってくれたみたいだ。


「っ……右! 窓から出るよ!」

「え、う、うん!」


 進行方向を急に変えて、開いていた窓から飛び出す。びっくりしたけど、なんとか体はついていった。

 

 外に出る直前、上からさっきとは違う生徒がナイフを持って飛び降りてくるのが見えた。これもまた、死角からの不意打ち。どうやらさっきの男子生徒とタッグを組んで、連絡を取り合っているようだ。

 

 窓から飛び出すと、そこは体育館の目の前だった。一階だったからよかったけど、これ二階だったらどうするつもりだったんだろ。後ろから追いかけてくる気配を感じて、反射的に窓をしめて、走り出す。

 鈍い音がしたから、多分顔面からぶつかったと思う。ごめんね。


「ナイスプレー。落ち着いてるね、切原さん」

「そう、かな?」

 体は、慣れているのかもしれない。人に殺されそうになる感覚は嫌だし、胸が苦しくなるし、ぞくぞくするけど、でも。

 場数は踏んでいる。

 でも、それを私は口にはしなかった。涼くんが喋るまでは、地上の事はあまり言わない方がいいだろう。

 

 体育館の裏まで走って一息つく。人気ひとけはない。

 腕輪は未だ赤く光っていて、数字はⅡのままだ。

 それを確認して、深條くんが言う。


「気づいてると思うけど、今の二人はタッグを組んでる。多分二人揃うまでは追いかけてこないと思うけど、あんまり時間はない。今から言う事を、よく聞いて、忠実に従って欲しい。いいね」

「うん」


 深條くんの作戦を聞きながら、私は頭の片隅に引っかかりを覚えていた。

 さっきの二人の奇襲は、どちらも死角からの攻撃だった。

 正直私一人だったら気づかなかったし、今頃死んでいたと思う。


 じゃぁ、どうして、深條くんは。

 全く見えない場所からの攻撃を、よけられたのかなぁ。

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