天暦992年 7月25日 終
「あー、失敗したなぁ」
学校の屋上で僕は一人、大反省会をしていた。もちろんさぼっているわけではない。僕のクラスの授業は中止になった。理由はあまりに急激に人数が減りすぎたことと、教室の掃除が間に合わないからだそうだ。躯弔の人も片づけるの大変だったろうなあ、ごめんね。
というわけで、ハワイアンブルーの空を背景に飴玉みたいに輝く葡萄の木を仰ぎながら、僕は絶賛反省会中だった。
反省点の内の一つはもちろん、真を殺したあたりからの僕の計画のずさんさについてだ。乱暴にことを運びすぎ、結果切原さんの暴走を招いてしまった。
原因はもちろん分かっている。姉さんに関する――――正確には綿兎に関する――――情報を得たからだ。あの時浮かんだ推測を早く確かめたくて、早くポイントを稼ぎたくて、計画を前倒しにしてしまった。本当であれば後数回、POPを切原さんと行うことで、POPで僕が誰かを殺すことに慣れてもらう予定だった。いきなりあんな残虐な手法の方部を担がされれば、いい気分はしないに決まっている。
もう一つは切原さんに関してだ。僕はあの子の事を理解しなさ過ぎた。悔しいけど涼さんの言う通り、あの子を舐めすぎた、ともいえる。最初から切原さんがあんなに強いって教えて欲しかったけど、多分今回の暴走の件も含めて涼さんの計画のうちだろうから、手のひらで踊らされたって感じかな。
「あーーーー。失敗した」
「何が失敗したの?」
「僕が君のことを――――って切原さん!」
少し視線を上げるといつの間にか切原さんが立っていた。慌てて体を起こす。あのまま僕が視線を上げたら絶対にスカートの中が見えてたよ? 心臓に悪いからやめてよね、涼さんに殺されちゃう。
「いつの間に?」
「今来たところだよ。授業なくなったって聞いた瞬間、深條くんどこか行っちゃうから、探してたんだよ?」
「ごめんごめん。一人で反省会をしたくってさ」
「反省会? あぁ、それで失敗したって……珍しいね」
「何が?」
「深條くんが失敗するなんて。何を失敗したの?」
「……なるほど」
どうやら、僕が強引に計画を進めたことに、切原さんは気づいていないらしい。鈍感というか切原さんらいしというか……。こんなんだから、ついからかったり馬鹿にしたくなったりするんだよなぁ。小首をかしげてクエスチョンマークを浮かべる切原さんの頬をぎゅーっとひっぱりたくなる衝動を抑えつつ、僕は説明を始めた。
「僕が、切原さんの事、全然理解できていなかったなって。それが僕の今回の一番大きな失敗。嫌な思いさちゃって、本当にごめん」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!」
頭を下げた僕の姿を見て、切原さんが慌てて言った。見えないけど、手とか腕をわたわたと振っている気がする。
「わ、私こそ謝ろうと思って、それで探してたの! えっと、私、深條くんの事、危うく殺しそうになっちゃったでしょ。本当にごめんなさい。謝って許されるレベルのことじゃないんだけど、それでもどうしても言っておきたくて……」
「そっちこそ、なんで謝るの? POP中だったし、殺しても問題ないんだよ?」
「そ、そういう事じゃなくて! 深條くんは悪くなかったのに、私のわがままで止めようとして、まぁ結局それは失敗しちゃったんだけどその後かーっとなって……あれ、私何言ってるんだろう……」
「くくっ」
「な、なんで笑うの!」
本当に面白い、いや……可愛らしい子だと思った。涼さんが愛でたくなる気持ちも、分からなくもない。
「切原さんは悪くないよ。今回切原さんを暴走させる原因を作ったのは、僕だ」
僕は彼女をとらえ間違えていた。
てっきり切原さんは、戦場で生きたことのある、でもごく普通の、殺生を嫌うような無害な女の子だとばかり思っていた。確かに切原さんは人を殺すことを嫌っているだろうし、そこは間違ってはいない。でも、本質でもなかった。
「まさか、切原さんにとって、『友達』っていうのがそんなに大事なものだとは、思わなかったんだ」
思えば、第一印象から間違っていたんだ。
『切原綾香の事はまだよく知らないけれど、その容姿やふるまいから、誰かに嫌われることは少ないだろう。今だって、普通にしていればクラスに一瞬で馴染んで、友達もたくさんできたはずだ』。
彼女が自己紹介をした時、僕はそう感じた。友達なんて掃いて捨てるほどいると思っていた。
「だから足立さんや田村さんのことを、僕は考慮に入れることができなかった。君の大切な友人の命を奪ってしまって、ごめん」
「深條くん……」
「地上に住む君たちと協力関係になって、僕はPOPの有無によって生じる文化の違い、考えの違い、そういう物ばかりに目がいっていた。それが、君という個人を見る目を曇らせていたんだ」
こんな簡単なことに今更気づくなんて、僕もまだまだ力不足だ。
「これからはもっと見る。君の事をもっと知ろうと思う。だから――――」
「ま、待って」
慌てて僕の言葉を遮ると、切原さんが早口でしゃべり始めた。
「その先は、私から言わせて欲しいの。あのね、今回のことは私にも原因があるの。葡萄の木に来て、その……涼くんとかミリアちゃんとかは、大きなことを成し遂げようとしていて、その目標だけを見据えているのに、私はまだまだ中途半端で、何かを切り捨てる強さがなかったの。弱かったの」
僕の目をしっかりと見て話す切原さんは、少し前よりも堂々としていて、芯があって――――月並みな言葉だけど、綺麗だと思った。
「私、強くなる。これから先、深條くんの手助けができるくらいに、信頼してもらえるくらいに。だから一緒に……一緒に、戦ってくれますか?」
「うん、もちろん」
君はもう、十分強くなってるよ。
そう言いかけて、やめた。
「弱いとか、強いとか……」
それを言うのはまだきっと早いし、僕の役目でもないだろう。
「えらく抽象的だね」
「えっ⁈」
「何を強くするの? あぁ、精神面、とかそういうのはなし。それだって抽象的だし、大体どうやったら鍛えられるんだってはなしだしさー。もっと具体的な目標がないと、強くはなれないんじゃないかなぁ」
「……深條くんのいじわる」
「ごめんごめん」
ぽんぽんと小さな頭をなでる。これくらいは、いいよね?
心行くまで撫でてから、大きく伸びをした。こういう言い方はどうかとは思うけど、切原さんが強力な駒に変身して、かつまだ僕と良い協力関係を結んでくれるという事実は、大きな朗報だった。
「早く、地上に行きたいなぁ……」
小さくひとりごちると、切原さんが大きくせき込んだ。
「な、え、ど、どうしてそれを……?」
あぁ、僕がそこまで知ってるってまだ切原さんには伝えてなかったっけ。ていうかブラフだったらどうするつもりだったんだろ、分かりやすすぎ。
「ここで成績が優秀だった者の一部は、地上に送られて戦争に駆り出される。そういうシステムになってることは、なんとなく予想ついてたから」
「相変わらずすごいね……」
「ありがと」
「でも、どうして地上に行きたいの? 王宮騎士とか、上級役職に就くことが夢だったはずじゃ……」
「姉さんがいるかもしれないから」
綿兎の話を聞いて、僕はその考えをさらに強くした。だからこそ、計画を急いでしまったわけだけど。
「お、お姉さん? でも私が話した綿兎は、ずーっと前の話だよ?」
「うん、それは分かってる。これはあくまで仮説なんだけど、『綿兎』っていうのは、コードネームみたいなものなんじゃないかなって」
「コードネーム?」
「それが集団なのか個人を差すものなのかは、今のところ分からないけど、諸悪の根源となった圧倒的な力を持った『綿兎』の名を冠する何かがあってもおかしくないのかなって」
一応根拠もある。過去数十年のACSISのランキングをさかのぼってみると、姉さん以外にも『綿兎』の名のついた人物が、上位に食い込んでいるのだ。これを説明すると、切原さんは慎重に言葉をつないだ。
「つまり……誰かに実力を見初められた人が、お前は今日から綿兎だーって、誰かに命名されてるかもしれないってこと?」
「そうなるね。そしてそのまま、地上に送られる。もしそうなら、やっぱり姉さんは死んでなんかいないんだよ」
じっくりと、数十秒考え込んだ後、言いにくそうに切原さんが言った。
「あの、気を悪くしないで欲しいんだけど……どれくらい、その可能性があると思ってるの……?」
「もちろん、十割」
「そ、即答⁈」
「だって、僕が信じなきゃ、誰が信じるのさ。僕があきらめない限り、姉さんは生きている。少なくとも……僕の思い出と記憶と妄想の中で。そうでしょう?」
「……うん」
そう言って切原さんはにっこりと笑った。この屈託のない笑顔に、もしかしたら僕は、これから癒されることがあるのかもしれないね。
「それを確かめるためには、がんがんポイントためて、ランキング一位を目指さないとね」
「そういえば、昨日のPOPでどれくらいポイント入ったの? あれだけ、その、殺せばたくさん入ってそうなものだけど」
「あぁ、それね」
ポケットからACSISを取り出し、獲得ポイントを表示する。
「機能だけで十五万ポイントくらい入ったかな」
「十五万⁈ え、ちょっと待って、一体どんな計算したらそんなことに……」
「ポイントの計算の仕方は、また教えてあげるよ」
そういえば感情の起伏がポイントに影響することはまだ教えてなかったっけ。
「それだけポイントがあれば、もう上位五位くらいには入ってるんじゃ――――」
「うん、入ったよ」
「ほ、ほんとに⁈」
「上位百位に」
ランキング九十八位 綿兎。そう記されたランキング表を眺め、僕は言った。名前はこれを機に変えた。願掛けでもあり、そして、メッセージでもある。綿兎の名を与えている誰かへ、僕は秘密を知っているぞ、と、訴えかけるように。
「きゅ、九十八位でもすごいよね! だって今まではランク外だったわけだし!」
「うん、大きな一歩だと思うよ」
でも安心はしていられない。クラスを一つ、まるまる殺してもランキングは百位前後。正直、トップ十はどれだけの数の人間を殺しているのか、想像すらできない。
「この調子で、今日はこの学校の半分を殺そうと思う」
「はい?」
【POP開始】
アナウンスと共に、僕の腕輪がぶるぶると震え始めた。二十、三十……まだまだ上がる。すごい勢いだ。
「ちょ、ちょっと深條くん! これ大丈夫なの⁈」
「まぁ隣のクラス全滅させたやつがいるとなれば、大勢でつぶしにかかってくるよねー」
「そんな他人事みたいな!」
「昨日のPOPで僕がエアロ・ウォルクス使ってるの見ちゃったやつもいるかもしれないし、一気に叩けてラッキーなんじゃないかな」
「それはそうだけど……勝てるの?」
あらかじめ用意していた屋上から飛び降りる用のロープを引っ張り出しながら、僕は笑って答えた。
「当然」
そして切原さんの体を抱え上げ、
「ちょっと、深條くん?」
屋上からダイブした。
「――――――――――」
声にならない悲鳴を上げる切原さんの様子がおかしくて、僕は大きな声で笑いながら、ぐんぐんと遠ざかる青い青い空を見上げた。
大きな柱にいくつも連なるガラス玉。
太陽の光を時に鈍く、時に鋭く乱反射させるその球体の中には、いくつもの動物、いくつもの植物、そして人間が、ひしめき合うように寄り添い暮らしている。
そんな大きな葡萄の木の中で、今日も僕たちは殺しあう。
手際よく、清々しく、後腐れなく、殺す。
そこに何の疑念も、抱かずに。




