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天暦992年 7月15日 其の一

Purify Of the Punishument (通称POPポップ)は全国民の義務である

 【POPは定められた規則の元、人を殺す行為の事を指す。詳細は後述する】


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【POPについて】


一、POPでは人を殺さなければならない


二、アナウンスが流れた時点から開始され、終了の合図まで続く


三、時間は十五分。開始のアナウンスがいつ流れるかは参加者にはしらされない(十五分を一単位とし、これを「セメスター」と数える)


四、アナウンスは一日に一回流れる。セメスター内でPOPの対象を決定する事ができる


五、POPの対象を決定した場合、そのセメスター内で対象は変更できない


六、誰かにPOPの対象に選ばれた場合、自分をPOPの対象に選んだ相手も無条件に殺す権利を得る


七、同じ相手は、少なくとも三セメスター置かなければ再び選択してはならない


八、POPで人を殺す事に成功した場合、ポイントが加算される。


九、加算されるポイントは、その殺し方に応じて変動する


十、POPは国民の義務であるが、全てに参加する必要はない。月に一度の参加を最低基準とする。(対象に選ばれた場合はこれに含まれない)


十一、POPの参加は、満一二歳から満二十歳までの若者のみを対象とする。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 教室に戻ると、既に先生が点呼を取り始めていた。急いで自分の席に戻って、教科書を用意する。一限目は地理だったかな。


深條しんじょうぎりぎりじゃん。何してたんだよ」


 隣の席の黒沢真くろさわしんが下敷きで風を起こしながら問いかけてきた。けだるそうに聞いてくるところを見ると、別に僕が何をしていたかなんて、そんなに興味がないのが分かる。


「トイレが混んでてさー」


 だから僕も適当に返す。本当は田中君を殺していたけれど、わざわざ言うようなことじゃないしね。沈黙は金って言うし。


「なんだ、ポップでもやってきたのかと思った」

「はは、まさか」


 さりげなく真実を言い当てられてちょっとドキッとする。Purify Of The Punishment 通称 POP は僕たち国民の義務だし、隠すような事じゃ、本来ないはずなんだけどなぁ。


「田中ー、田中は休みか?」


 先生が田中君の名前を呼ぶ。返事は返ってこない。まぁ当然だけど。


「ホームルーム前までは、教室にいましたけど……」


 クラス委員の田村由香たむらゆかが小首を傾げて答える。


「さぼるようなやつじゃないからなー、トイレかな?」


 先生がそう納得し次の生徒の名前を呼ぼうとしたとき、教室のドアが勢いよく開いた。


「せんせー! 田中君やられちゃった!」


 足立沙織あだちさおりの言葉を聞き、クラスがざわめく。

 どうでもいいことだけど、彼女の点呼は既に終わっている。普通に遅刻なのに、悪びれもせずハイテンションで教室に戻ってこれる神経には、思わず尊敬の念を抱いてしまうね。


「やられたって、ポップか?」

「そうそう! 人気ひとけのない廊下でばっらばらになってたの!」


 クラスメイトはみんな、隣の人と興奮気味に話している。誰がやったのだろう? なんで田中が? 多少は違っていても、大方はこんな内容だった。


「はーい静かに。足立も席につけ。あ、後お前遅刻な」

「えー! クラスメイトがポップされたって情報持ってきたのにー!」

「それとこれとは話が別。おーい、静かにしろって」


 先生の少し強めの口調に、ようやくクラスに静けさが戻る。


「まぁ誰にやられたのかは分からんけど、このクラスの人じゃないといいな」

「当たり前じゃん! クラスメイトはポップ対象には選ばないよふつー」


 そうだそうだと周りが賛同する。僕は素知らぬ顔を張り付けて、うんうんと適当に頷いていた。となりの黒沢が声をかけてくる。


「お前はどう思うよ」

「何が?」

「クラスメイトをポップ対象にするか否か」

「えー、そんなの考えたこともないよ……」


 嘘だよ。クラスメイトこそ POP 対象にするべきだと僕は思う。なんたって他の人を対象にするのとは、情報量が違う。それだけで十分な理由だ。


「そんなんじゃポイントたまんねーぞ?」

「それを言わないで……悩んでるんだから」


 これはちょっと本音。

 POP で人を殺せば、ポイントが手に入る。このポイントは将来職業に就く際に非常に重要視されるのだ。最上位職とされる王宮騎士になろうとするならば、座学もポイントも、トップクラスの成績を収める必要がある。


「こんなんじゃ、夢のまた夢、だよなぁ……」


 今のクラスも、学校も、好きだ。

 友達はみんな楽しい人ばかりだし、先生も行事も校舎も、とても気に入っている。

 でも、このままじゃ上には登りつめられない。僕はどうしても、王宮騎士……とまではいかなくても、警備隊くらいの職には就きたいんだ。

 

 誰よりも大切な、姉さんの為に。


「さて、急だが転校生がクラスに入ることになった。さっきまで職員室で書類かいてたから、ちょっと呼んでくるな」


 へー、転校生か。どこから来たんだろ。ジパンかアメルスかな。それとも、イラリオかもしれないなぁ。

 窓の外に見える巨大な建設物に目を向ける。今考えたどの都市も、ここからは見えないけれど、あの太い柱につながっているのは間違いない。


「Grape Grace」 通称、葡萄の木。


 遥か昔、あらゆる生物が絶滅する危険性を感知した人類は、動植物の一部をガラスで覆われた巨大な球体の中に押し込んだ。

 飴玉のようにきらきらした建設物の中は、それぞれの生物の生育環境をできうる限り再現し、しゅごと、あるいは地域ごとにいくつも用意して、一本の柱に次々と連結させた。

 

 それは遠目に見ると、さながら一房の葡萄のように見え、いつしか人はそれを「葡萄の木」と呼ぶようになった。


 結局、自分たちもここに入ることになるって、一体どれだけの人が分かってたんだろうなぁ、なんて取り留めもない事を考える。


 地上に人が住んでいたのは、既に過去の話しだ。

 大気や土壌の汚染、病原菌の繁茂、食糧難、終わらない戦争。あらゆる負の連鎖に疲弊した人類は、全てを断ち切る為、葡萄の木の中でやり直すことを決めたのだ。

 

 新しく国を設定し、法を定め直して、今度こそ平和な世の中を築こうと、人類は尽力したのでした。以上葡萄の木創世記おしまい。ちゃんちゃん、と。

 その時生きていた人類がどれくらいの数いたかは知らないけど、皆この中に移住できたのかな。

 ジパンやアメルス、イラリオなど、七つの都市に分けられた現在の人類の総人口は六億人くらいだって聞いたことがある。まぁそれより多いなんてことないよね。 今でも十分多いしさ。


 もう地上は汚染が進みすぎて、戻ることはかなわないけれど、この世界にいる人はそんな事全然気にしていない。今ここは、とても平和だ。地上ではよく、殺しとか盗みとか、犯罪が起こっていたらしいけど、そんなものは僕が物心ついた時から数えるくらいしか耳にしたことがない。


 大体、国法に「人を殺すのは罪」って定められるんだから、誰もわざわざ逆らおうとは思わないよね。地上ではそんなことなかったのかなぁ。


「よーしお前ら、転入生紹介するぞー」


 いつの間にか先生が帰って来ていた。なんだか頭がぼーっとする。朝から田中君を殺したからかなぁ、やっぱ結構神経使うんだよね、あれ。


「ほら、自己紹介しな」


 ぽん、と先生に肩を叩かれ、連れてこられた女の子が口を開く。


「き、切原綾香きりはらあやかです。早くみざさん……みなさんと仲良くなりたいので、気軽に声をかけてて……かけてください! よおしきゅっ……よ、よろしくおねがいします!」


 思いっきり噛み噛みな自己紹介を終えた切原綾香は教壇から降りる時にお約束の様にこけそうになりながら、自分の席に向かっていく。


 これはあれか、ドジっ子ってやつだ。

 伸長は一五〇あるかないかくらい? 超ミニマムサイズ。おまけに童顔。あんまり見たことない純粋な黒髪も目を引く一因になってるのかな。可愛らしい顔をしてるからクラスの男子みんな少なからず嬉しそうだ。女子も妹とかペットを愛でる感覚で見送る視線が温かい。

 

 きっといい子なんだろうけど、僕の好みじゃないなぁ。そもそも、姉さん以外に興味ないんだけど。


「じゃ、皆仲良くしてやってくれ。ホームルームはおしまいな。一時間目の用意しとけよー」


 そう言って先生は教室を去って行った。途端、クラスの興味は切原綾香に向かう。転入生恒例の質問攻めタイムが始まろうとしているのだ。

 僕はあんまり興味ないし、ちょっと寝ようかな。

 固い机に鞄を乗せて、少しでも寝心地よくしようと頑張っていると、椅子を引く音が聞こえた。ちらりと目線を向けると、切原綾香が立ち上がっている。


「み、みなさん!」


 顔を真っ赤にして、下を向きながら、それでも十分な声量で彼女は喋りだした。


「この世界は狂っている! そうは、思いませんか!」


 瞬間、クラスのみんなが固まった。


 いったい何を言っているんだろうこの子は。


 誰もがそう思っているはずだ。

 たっぷりと、数十秒の沈黙が走る。


 僕の眠気は、この一瞬で掻き消えていた。

 切原綾香の事はまだよく知らないけれど、その容姿やふるまいから、誰かに嫌われることは少ないだろう。今だって、普通にしていればクラスに一瞬で馴染んでいたはずだ。なのに、そのぬるま湯の輪に入る事を彼女は放棄して、叫んだのだ。

 

 この世界は、狂っている、と。

 

 なるほど。

 

 なるほどね。

 

 とても面白い。

 

 あまりにも面白い。

 

 鳥肌が立つほどに面白い。

 

 多分これは、僕にとって最高のチャンスだ。

 いいよ、乗ってあげる。とりあえず、今は手を差し伸べてあげるよ。


 だから僕は、彼女を助けることにした。ひとまずこの、とても気まずい沈黙の中から。

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