天暦992年 7月20~21日 其の二
◇◇◇
何もかも思い通りにいった満足感に浸りながら、僕は公園の奥へと走っていた。けれど、決して気は抜かない。まだ全てが終わったわけではないからね。
「待てよ深條!」
安部君が叫びながら追いかけてくる。意味のないセリフだね。そんな事言われて待つ奴がいるわけがない。体力の無駄だよ。
「逃げるって事は、やっぱりお前だったんだな!」
今更何言ってるんだろう。
そうだよ、僕だよ? 最初からこの瞬間を狙ってたんだ。
「違う! 僕はやってない! でも、君は僕の言う事を聞こうとしないじゃないか!」
でもまだそれを明かすタイミングじゃない。もう少しおびき寄せよう。
僕の目的は、POPのポイントがどういう風に加算されるのか、そのシステムを知ることだ。今までに既に三つのルールが浮き彫りになりつつはあるけど、それでもまだ現状を説明しきれてはいない。
「俺だってお前を本当に殺したいわけじゃない! 俺に納得のいく説明ができるなら、逃げずに俺と向き合え!」
だから今回、僕はもう一つの仮説を立てた。
その仮説を検証する為にはある条件がそろわないといけなかった。
「分かったよ……」
その条件とは。
「話し合おう、安部君」
相手のポイントを知る事だった。
公園の奥にある、大きな池の前で対峙する。肩をいからせた安部君は今にも襲ってきそうで、殺気で体中がぴりぴりと痛い。
「いいぜ、聞こう」
「ありがとう」
今回僕は、切原さんを使って相手のポイントを知る事ができた。
そんなに親しくもない安部君に僕がポイントの話しを直接聞くのは、いかんせん不自然だ。だけど安部君は切原さんの事が好きだ。それを知った僕は、安部君の気持ちを使わせてもらうことにした。
「本当の事をはなすね」
切原さんは安部君と二人になれば、ポイントの話題を切り出すはず。その仕込みは既に済んでいた。
残る問題は、どうやったら切原さんに不快感を与えない様に安部君を殺す事ができるか、という事だ。
切原さんは人を殺す事が嫌いだ。例えば僕が安部君をなんの理由もなくPOPで殺せば、切原さんは僕に協力的でなくなるかもしれない。理解はできないけれど、それは困る。
だから僕は、安部君に襲われる必要があった。安部君が僕を殺しに来れば、自分の身を守る為に殺すという大義名分ができる。
「実はね、安部君」
どうすれば安部君は僕を襲ってくれるだろう。どうしたら切原さんはそこに不信感を抱かず、僕を信じてくれるだろう。そこで思い付いたのが、僕が切原さんを一度POPの対象にする、という策だ。
「僕がネズミ仮面のフリをしていたんだよおおおおおおおおおおおおおおお!」
その際に僕は仮面を被って誰だか分からないようにする。性別も混乱させるために、姉さんの制服を借りた。
そしてその後、僕は安部君にだけこっそりと正体を明かす。そうすれば安部君は怒り、間違いなく僕を殺そうとするだろう。
彼はそういう性格だ。実直で、優しくて、そして正義感がある。まぁ僕から見れば思慮が足りなくて視野が狭くてただのパワー馬鹿なんだけどね。
一方で切原さんは僕に襲われるとは夢にも思わない。
なぜなら涼さんとの約束があるから。
僕はエアロ・ウォルクスを手に入れたいし、POPで頂点に立ちたい。その為には涼さんとの契約は順守しなくてはならない。だから切原さんも、僕が涼さんとの約束を破るはずがないと思っているはずだ。
契約の内容には、切原綾香を守る事、という文言があった。
切原さんはそれを信じている一方で、何も知らない安部君は、簡単に僕がネズミ仮面だと信じ込む。
「あっははははははは! まぁちょっと考えれば分かる事だよねぇぇ! 切原さんは馬鹿だから気付かなかったみたいだけど!」
こんな大根芝居だってすぐに信じて、熱くなる。
「てめぇ……騙してやがったな」
「もちろんだよ。だってこの後、切原さんも殺さないとだからね」
安部君、君は強いよ。
それは嫌というほど知っている。体育の模擬POPで散々ぼこぼこにされてきたからね。ぼこぼこにされたフリをしてきたからね。
「――――っ! まさかお前、油断した切原さんを……」
「その通り。僕はまだ【purify】の宣言をしていない。君をここで殺して、更に僕を味方だと信じている切原さんを殺す。手早くポイントが手に入る。なんておいしい話だろうね!」
でもね、体育の模擬POPはたかだか五十分の授業の中で行われるんだ。
そこには戦略が介在する余地がほとんどない。ただ、力の強い者だけが蹂躙する。
そういう風にできている。
現実は違うんだよ。
本当のPOPは頭を使って、影で動いて、そしてPOPの時間になったらあっさりと殺すんだ。
それが、POPなんだ。
「そうはさせねぇ」
「勝てると思ってるの? 僕に?」
「こっちのセリフだモヤシ野郎!」
そう叫ぶと安部君は、手に持ったバタフライナイフを振り上げて、僕に突進してきた。あぁ、強そうだなー。あんなの食らったらひとたまりもないなぁ。
でもよく考えて。この公園に来てって言ったのは、他でもないこの僕だよ? この状況になる事を予想して、それで君たちを呼んだのだとすれば。
「おらぁああああああ!」
何か仕掛けてるに、決まってるよね?
「よっと」
突進してくる安部君に向かってピアノ線を投げる。丁度彼の手元辺りでくるっとまわる様に。これは沢山練習したから、絶対に失敗しない。
そして、思いっきり横に飛ぶ。これで安部君の攻撃を回避。その間に安部君の脚にもう一本ピアノ線を投げて、くるっとまわす。これで合計二本のピアノ線が安部君に絡みついた。さぁ、仕上げに入ろう。
安部君がもう一度攻撃のモーションに入る前に、仕込んでおいた岩を池に向かって蹴った。
「じゃ、安部君」
僕の身長程もある大きな岩は池の底にどんどんと沈んでいく。
「さよなら」
安部君に絡みつけたピアノ線は、岩に繋がっている。つまり、岩が沈めば安部君もそこに引きずり落とされる。
「な、これ――――っ」
何か喋りたかったみたいだけど、そんな暇もなく安部君は池の底に沈んで行った。あのピアノ線は僕が何重にも編み上げた特別せいだからとっても頑丈で、中々切れない。岩を落としやすくするのも、ピアノ線を編み上げるのも大変だったなぁ。三日くらいかかっちゃった。
「安部君、君は強いよ」
だから、こんなもんじゃ死なないよね。分かってる。
安部君の消えた池を、じっと見つめて、僕は待つ。
「逞しい体。磨き上げられた戦闘技術。まさに戦士だ」
池の表面に泡が立った。水に入ってから大体二、三分経ったかな。
「でも、戦士は策士には勝てない」
凄まじい水しぶきと共に、安部君が浮き上がってきた。きっとバタフライナイフでありったけの力でピアノ線を切ったんだろう。流石だ、僕の想像よりも遥かに怪力だ。
「僕と君とじゃさ」
でも、行動は想像の範疇だ。
水にあがってきたばっかりの君は水もたっぷり飲んでいて、呼吸すらままならなくて。顔は水にまみれて、視界は定まらなくて。
「立ってるステージが違うんだよ」
そんな君を殺す事は、いとも容易い。
岸に息も絶え絶えたどり着いた安部君の胸に、深々とナイフを刺しこむ。
筋肉の繊維がずたずたに切れる感触。程良い抵抗感。骨に当たる感触。生温かい血。今人を殺しているという確かな実感が、胸の奥で溢れ出る。
「がっ…………は…………」
勝負あり、っと。まだもうちょっと生きててよ。できれば確かめたいことがもう一つあるんだ。僕は表情を作って、その場で膝をつく。そろそろ来るころかな。
足音が聞こえる。我に返って、なんとかこの状況を阻止しようと決心して動き始めた、切原さんの足音だ。あの場ですぐ行動を起こせない切原さんの優柔不断さも、もちろん計算済みだ。
「深條くん! 安部くん!」
「きり……はら、さん……」
頑張って元気のない声を出す。うーん、難しい。演劇部とか入っておけばよかったかなぁ。
「深條くん……そんな……」
「ごめん……ごめんね……」
ちらりと腕輪を確認する。まだ赤い。安部君は瀕死ではあるけれど、まだ生きている。よし、いいぞ。
「安部君、切原さんだよ……起きてよ……ねぇ…………ねぇってば!」
肩に手をつけて揺する。もうすぐ死ぬところ悪いんだけどさ、もうちょっと仕事していってよね。
「き、り――――――はら……さん」
「なにか伝えたい事があったんでしょ? 言ってよ、お願いだよ。僕を、後悔させないで……」
恐らくもう、安部くんに思考する生命力は残っていない。ただ反射的に、単語に反応して返答をする事ができるかできないか、その境目。
「おれ……きりはら……さん、の。…………ことが」
根性があったのか、僕のさしたところが以外といい場所だったのか、はたまた愛の力とかいう眉唾物の力か。安部君は言葉をひねり出していく。切原さんはしゃがんで、真剣に言葉を聞いている。いいシーンだね。
「すき、でした……おれは……あ、なたと……つきあえました、か?」
人生最後の問いかけに対して、切原さんは安部君の手をとり、答えた。
「ありがとう、とっても嬉しいです。でもごめんなさい。私には……好きな人がいます」
残酷とも、優しさともとれる返答。ここで嘘をつく事もできた。けれど切原さんは、実直に素直に、彼の言葉に向き合った。
「そうか……」
安部君は、ぎこちなく笑った。
「やっぱり……きりはらさん、は。さいこ……う、の……」
腕輪が水色に戻る。安部君は死んだ。それを示す、何よりの証拠。さぁ、感慨にふけっている暇なんてない。切原さんにちゃんとアフターフォローしないとね。
「ごめん、切原さん……僕、彼を説得する事ができなかった……」
ここからは嘘の真実を伝える必要がある。
ネズミ仮面とは、一体なんだったのか。あり得そうな物語を作ろう。
「ほんとうの事……教えてくれる?」
安部君の手をそっと離して、切原さんが僕の目を見た。強いまなざし。でもなんとなく、儚さを感じた。気のせいかも知れないけど。
「あのネズミの仮面、あったよね」
「うん」
「あれ、今隣町で大ブームなんだって」
「え?」
「ご当地キャラクターみたいな感じで、マスコット的存在らしいんだ」
もちろん嘘だ。あんなもの流行ってる訳がない。でもこの世界に疎い切原さんが今それを知る術はないし、仮に後々知る事があったとしても、ブームが去った事にすればいい。
「だから、付けている人がたまに町にいてもおかしくなかったんだよ。切原さん、町でたまに見かけたっていってたけど、それ、本当に同じ人だった?」
「それは、分からない……けど」
実際に違う人だから、違和感を感じていてもおかしくはない。
あれは僕の仕込みだ。
近所の高校生や知り合いに頼んで、仮面をかぶって切原さんの近くをうろついてもらった。もちろん、お礼はしたけどね。
「それが分かった僕は、切原さんを襲ったのはランキング四位の『ネズミ仮面』とは別人だと結論付けた。あとは本人を特定して、昨日殺した」
「ま、待って。そんな簡単に特定できるなんて……」
「簡単だよ。切原さんが襲われたあの日、僕は逃げたネズミ仮面の行方を追っていたからね」
まぁ本当はあれ僕なんだけど、今はもちろん内緒。
「相手が本当にネズミ仮面だった場合、僕なんかじゃ歯が立たない。だからしばらく様子を見る事にしてたんだ。仮に本物だったら、安部君の言う通り、護衛は彼のままの方が良かった。なのに……」
ちょっと無理があるかもしれない。
でも、切原さんは信じる。その確信が僕にはある。
ネズミ仮面に対する不信感、そして僕のここ数日の行動。それらを照らし合わせれば、「僕がネズミ仮面のフリをしていた」、という筋書きよりも、「第三者がネズミ仮面を装っていた」という虚構の事実の方が飲み込みやすいはず。意思の弱い切原さんなら、なおさら。
「そう、だったんだ」
ほら、素直に受け止めた。
「僕が悪いんだ……僕が、もっとしっかり説明できていればこんなことには……」
「深條くんは悪くないよ。精一杯、頑張ってくれてたんだね」
「ありがとう、切原さん……」
「でも、これらからは私にも話してほしいな……。少しでいいの。何も知らないのは、嫌なの」
だめかな? と、自信なさげに切原さんが問いかけてくる。
なるほど、涼さんもきっと僕と同じで、切原さんにはあまり情報を与えず、物事を進めて言ってるのだろう。気持は分かるし、その方が効率がいい。でも、切原さんはそこにストレスを感じ始めている。ならば。
「いいよ。できるだけ話すようにする。僕も今回の事で反省点も多いから」
「あ、ありがとう……てっきり断られるかと思ったよ」
「まさか、そんなわけ、ないよ」
まぁ全部話すかは分からないけど。少なくとも、ここで切原さんとの関係を良くしておくにこしたことはない。何をはなすか、何を真実とするかは、僕の裁量次第な訳だし。
ビーっと低いアラームが鳴り、POP終了の合図が流れた。
「そろそろ家に帰らないとね。送って行こうか?」
「ううん、大丈夫。なんだか一人で帰りたい気分なの」
「分かった。じゃぁ、気を付けてね」
「うん、色々……ありがと深條くん。本当に」
そう言い残して、切原さんは去って行った。
目の前で嫌いな殺し合いが起きたのに、それでも僕にお礼を言う。無理をしているんだろう。きっと頭の中ではまだ整理がついていないだろうに。健気でいい子だと思う。
「さて、と」
ACSISを取り出し、自分のポイントを確認する。切原さんにそれだけの思いをさせたんだから、成果はちゃんとあげないとね。なんて、僕らしくないか。
「ポイントは、っと……」
ACSISに表示されたポイントは、3892ポイント。
なるほどね。やっぱり予想通りか。
今回僕が立てた仮説は「相手が自分のポイントを上回っていた場合、その差分が加算される」。
これを検証する為に、相手のポイントを知っている必要があったのだ。
僕の元のポイントは、798ポイント。
安部君のポイントは2245ポイントだったから、差し引きすると差分は1447ポイントだ。
だけど実際にはその二倍の2894ポイントが加算されている。
これは恐らく、今回、POPを仕掛けてきたのは安部君だから、その二倍のポイントが加算された、と考えるのが妥当だろう。
前回僕が立てていた仮説は、「殺し返すと200ポイント入る」だったけどそれは間違いで、「殺し返すと二倍のポイントが入る」というのが正解だったわけだ。だから恐らく、自分よりポイントが下の人間を殺しても100ポイント、多くても200ポイントしか入らないのだろう。
つまり今回の僕のポイントは
798+{(2245―798)+100}*2=3892
という計算で算出できる。
「これで全部、か」
今回、ポイントの計算は合致した。
一、対象を殺すと「100P」
二、対象を殺しそびれると「―(マイナス)10P」
三、自分を対象とした人物を殺す(殺し返す)と倍のポイントが入る
四、相手が自分のポイントを上回っていた場合、その差分が加算される
以上四つが、ポイントの加算方式。理屈は通る。検証結果とも一致する。
だけど
『やっぱり……きりはらさん、は。さいこ……う、の……』
「……いや」
結論付けるにはまだ早い。もう一つ、確認したい事があるんだ。
あと一回ルール確認の為のPOPをやれば、恐らく全ての仕組みが明らかになる。そうなれば、あの計画を実行できる。
「もうすぐですよ、涼さん」
ちゃんと聞こえるように、通る声で僕は言った。
後ろの茂みががさごそと動いて、つまらなそうな返答が戻ってくる。
「お前、ほんと可愛いくねぇのな」
男が可愛いわけないじゃないか。何言ってるんだこの人。
「切原さんの事が気になって気になって、仕方が無いんですね」
「まさか。俺はお前がちゃんと約束通り働いてるか確認をだな……」
素直じゃないなぁ。そんなんだから男女関係がもつれちゃうんだよ。
ランキング四位のネズミ仮面の登場。安部君という第三者の護衛。不確定要素の多い、危険な状況の中に切原さんは居た。
彼女の仲間である涼さんがこっそり様子を窺っていたとしても何も不思議ではない。
「違うわけないですよね。切原さんのACSISに仕掛けとかして、彼女の動向を逐一確認してるのに」
「なんの話をしてるのかさっぱりわからん」
ぼろは出さない、か。切原さんなら一発で慌てふためくだろうに。この人にカマをかけても無駄ってことかな。本当にこの人はやりにくい。まぁ、最初に電話越しに話した時から、分かってた事だけどね。
「俺からも一つ、聞きたい事があるんだ」
そんな涼さんだから、たとえ僕が隠している事実に気付いたとしても
「なんですか?」
なにも驚かない。
「お前、もしかしてさ――――――――」
涼さんがその時口にした言葉に、朗らかに笑ってこう答えた。
「えぇ、それが僕の。現段階の切り札です」
それすら織り込み済みで、僕は計画を立てているのだから。




