16.「お腹、空いてるの?」
皆様のおかげでもうすぐお気に入り登録件数が100を越えそうです^^
ありがとうございます。
―――シャロンが『狩り』をしはじめて一時間ほど経った。
「ふぅー。今日のところはこのくらいにしておきますか」
一仕事終えたと言わんばかりに十人が見て十人が良い笑顔だと判断する顔で、前髪で隠れている額にかいた汗を拭うような仕草をするシャロン。
実際にはこの世界はゲームの世界なので汗をかくことはないのだが。
先程まで俺達のPTは二体のアントと戦った後に、続けざまに現れた三体のアントと連戦していたが撃退することが出来た。
どうやらシャロンはこれでもう満足したようだ。
「やっと、終わったか……」
俺は溜息を吐くように呟く。
「………」
セイに至っては呆然として立ち尽くすだけで、どこか遠い目をして虚空を眺めていた。
「二人ともおつかれー。……ん? どうしたの? 何だか元気ないねぇ?」
お前のせいだよ!
――と、ツッコミを入れたかったが俺はそれよりも休息を求めていたので『ハハハハ』と笑うだけだった。
俺とセイがこんなことになってしまったのは、シャロンがモンスターと戦ったせいだ。
もっと詳しく言うとシャロンの戦い方が俺とセイにとっては衝撃的だったことが原因なのだが……。
今思い出してもちょっと、いや、だいぶひいてしまう。
~回想その1~
「見つけたっ、あれはアントねっ。火魔法を喰らいなさい! 《ファイア》!」
ボウンッ!
「まだまだぁっ! 《ファイア》《ファイア》《ファイア》!」
ボウンッ! ボウンッ! ボウンッ!
「あはははっ、燃えちゃえ! 燃えて無くなっちゃえっ!」
~回想その2~
「次は赤ヴォルフねっ。じゃあ次は風魔法よ! 《ウィンドカッター》!」
ザシュッ!
「むぅ、狙いが付けにくい。よぉーく狙って……《ウィンドカッター》!」
ズガシュッ!
ゴロン。
「あっ! クリティカルでヴォルフの首がっ」
~回想その3~
「またアントね。今度は土魔法、《アースランス》!」
ドン、ドン、ドン。
「あ、避けられた。ふーん、一度に生えてくるトゲは三本で生える前に少し揺れるみたい。《アースランス》! ……時間差で《アースランス》!」
ドンドンドン。
……ドンドンドン。
グサグサグサ。
「ふふん。やっぱり大きくなってもアリはアリね。簡単に串刺しにできた」
~回想その4~
「あれは番のヴォルフ! 腕が鳴るねっ、《ウォーター》《ウォーター》!」
ドパッ、ドパッ!
「あれー? ベータの時と違う。何かに当たったら水のボールが維持出来ないんだ。仕方ない、《ウォーター》《ウォーター》《ウォーター》! おまけにもう一回!」
ドパッ、ドパッ、ドパッ! ドパッ!
「これだけ連続して顔に喰らってたら呼吸なんて出来ないでしょ。《ウォーター》《ウォーター》!」
ドパッ、ドパッ!
~以上、回想終了~
こんな感じにモンスターが気付かない、気付いても近づいて来る前に遠距離から魔法を放ち続けて一方的に攻撃していた。
そんな蹂躙とも言えるシャロンの所業の様子を俺とセイは一時間近く間近で見せられ続けた。
その結果が今の俺達だ。
しかも最後のアントの連戦の時はシャロンの魔力が回復する前に三体のアントが現れたので、急遽俺とセイが戦うことになり呆然としていたのでなかなか気持ちの切り替えが出来なくて大変だった。
目の前であんな戦いを見せられた後だったから、モンスター達がかわいそうで。
「じゃあみんな十分戦ったし、いったんフォートの街に戻ろっか」
その言葉に俺とセイは力なく頷いて同意した。
ヨロヨロとしながら身支度を調える。
やっと帰れるか。
「あ、帰りにモゥモゥを最低でも一体は狩っていこうね。結局、今の今まで見つからなかったから」
訂正する。
もう少し帰るのには時間が掛かりそうだ。
………………。
…………。
……。
それから暫くして俺達は全員無事フォートの街に帰ってくることが出来た。
もちろんシャロンが最後に言った通り、モゥモゥも狩って肉とミルクを手に入れて帰ってきた。
『買って』ではなく『狩って』だ。
「これからどうする?」
シャロンが顔色を窺うように俺とセイを見てくる。
今俺達はフォートの街の中央広場にいる。
中央広場は東西南北にあるそれぞれの広場よりも広く作られていて、至る所に休憩スペース代わりのテーブルと椅子が置かれているので俺達もその一角を利用している。
俺達の他にも利用しているプレイヤーやNPCは沢山いて、その人達をターゲットにした屋台なども出ていてなかなかの賑わいを見せていた。
「俺は一度ログアウトしようかな。初めての事だらけで何だか疲れちゃったよ」
俺は首筋に手を当てて何度か首を捻る。
「シャロンはどうする?」
今度は逆に俺が聞いてみた。
「私? 私はまだ遊んでるよ。もっと戦ってスキルも強化したいし、ちょっと約束もあるから。あ、セイちゃんもね」
どうやらシャロンはまだまだ遊び足りないようだ。
それに何か予定がある模様。
セイに顔を向けると頷いていた。
「この後人と会う約束があるんです。シャロンの紹介で初めてお会いするんですけどね」
二人の約束というのは人と会う約束のようだ。
「そっか、じゃあここで別れるか。二人とも今日はありがとな」
俺がお礼を言うと『別に大したことはしてないよ』とシャロン、『こちらこそ、ありがとうございました』とセイは笑って言ってくれた。
《所属PTから外れました》
シャロンがステータスから何か操作をするとウィンドウが現れる。
「じゃあお疲れーイオー」
「それではまた」
手を振りながら席を立ちどこかへ向かって立ち去っていくシャロンと、一度お辞儀をしてからその後を追っていくセイ。
俺も軽く手を振って二人を見送った。
何度かこちらを振り返ったりもしたが、ある程度離れたところでそれもやめ姿を消していった二人だった。
「――さて、ログアウトするか」
俺は宿を探すため席を立ち歩き始めた。
ログアウトはシャロンが言うには宿でするのが一般的らしい。
やろうと思えばさっき座っていた休憩スペースでログアウトも出来るのだが、その場合他のプレイヤーやNPCにイタズラされるかもしれないのだそうだ。
どんなイタズラなのかは聞き忘れたので知らない。
「えっと、どっちに行けばいいのかな……うん?」
あてもなくとりあえず中央広場から出ようと歩いていると、ふと屋台の前で一人立っている子供の姿が目に入った。
歳はたぶん十歳くらい。
どうやら子供は屋台――肉の串焼きを見ているようだ。
赤髪のロングヘアーでゆったりとした白いワンピースを着ていて、良いとこのお嬢様のような雰囲気を醸し出している。
確証はないがNPCだと思う。
ぐぅーーー。
「―――」
そんなことを考えていたら俺の耳に可愛らしい空腹音が聞こえてきた。
音の発信源を辿るとその女の子だと思うのだが―――。
ぐぅーきゅるるるーーー。
また聞こえてきた音のおかげで空腹音は女の子の物だと特定出来た。
お嬢様っぽいのにその雰囲気をぶちこわしてくれる。
「……?」
ジッと見過ぎていたのか、女の子は俺の視線に気が付いて俺の方を振り返り、視線がばっちり合ってしまった。
「えっと、お腹、空いてるの?」
俺は何だかいたたまれなくなりそう女の子に聞いた。
「――(こくん)」
女の子はさっきのお返しなのか俺の顔をじぃーーーっと穴が空くほど見つめた後、こくんと小さく首を振った。
そしてまた俺の顔をじぃーーーと見つめてくる。
「その、お腹空いてるなら買えば良いんじゃないかな?」
俺は視線を合わせるためにしゃがんで話しかける。
女の子と俺は比べるまでもなく身長差があるので、あのままでは女の子の首が疲れてしまうだろうと思っての行動だ。
「……お金……持ってない」
抑揚のない声で女の子が言う。
「そっか……、ん?」
俺は目の前の女の子以外の視線を感じて女の子の背後に目をやった。
そこに見えたのはさっきまで女の子が見つめていた屋台で、そこを一人で切り盛りしていた中年のおじさんが何かを期待するように俺の事を見ていた。
さらに周囲を見てみると、近くにいた人達全員の視線が俺に集まっていた。
そしてその視線はみんな同じ事を訴えかけていた。
『その女の子に串焼きを買ってやれ!』と。
屋台のおじさんに至っては俺と目が合うと顔の前で掌を合わせて拝んでくる始末だった。
じぃーーー。
ぐぅぅぅーーーきゅるるるるーーー。
「……じゃあ俺がそこの屋台の串焼きを買ってあげるよ」
俺がその言葉を口にした瞬間、周りの人達はみんな『よくやった!』と笑顔を向けてくれたり、グットマークにした手を突き出していた。
そんな周囲の反応にやれやれと思いつつ女の子の手を引いて屋台の前へとやって来た。
「いらっしゃい! 何にするかい?」
ここで初めて気が付いたがこの屋台はあのモゥモゥの肉を扱っている串焼き屋だった。
おじさんは注文を尋ねながらも、見事な手さばきで串焼きをクルクル回して今この瞬間にも商品を作り出している。
俺はそんな光景に目を奪われそうになったが、本来の目的を思い出してメニューに目を向けた。
【モゥモゥの串焼き】
スタミナ回復率(小)
値段200L
【モゥモゥの串焼き(辛口)】
スタミナ回復率(小)
値段200L
まずい!
俺の所持金100Lしか残っていなかった!
その事実に気が付いた俺はどうしようかと慌てる。
「? お兄さん、ご注文は」
ど、どうしようどうしよう?!
俺は今更やっぱり買いませんなんて言えるわけもなく、必至にこの状況を打破する方法を考えた。
そして一つの可能性に辿り着いた。
「あの、実は【今モゥモゥの肉】を持っているんですけど、それを差し上げますのでそれを焼いてこの子にあげて貰えませんか?」
釣りとかで釣った魚を持ち込んで捌いてもらうように、肉を焼いて貰えないかと考えたのだ。
「ん? あぁ、大丈夫だよ」
よっしゃあ!
俺は心の中でガッツポーズをした。
そうと決まればと俺は所持品から【モゥモゥの肉】を選択して、とりあえず全部おじさんが用意した木で出来たトレーの様な物の上に出していった。
「お、おいおい。多すぎないか? 軽く二十人前分くらいあるぞ」
出した肉はブロックでそれが三つ分だ。
「いえいえ、お手数おかけしますので、余ったらその分は差し上げます。なのでこの子の分よろしくお願いします」
俺がそう言うとおじさんはそれはいくら何でも悪いと言って、買い取りということにして俺に1000Lを渡してくれた。
何だかんだで俺も金欠なのでありがたくそのお金は受け取っておくことにする。
「じゃあ俺はもう行くな」
俺の役目は終わったことだし、女の子の頭を軽く撫でてからその場を後にしようとした。
コツン――。
ん?
何か硬い物が指に触れたような――。
クイクイ。
「……ありがとう」
服の袖を何かに引っ張られたかと思ったら女の子の小さな手が俺の服を掴んでいて、俺が女の子を見るとお礼を言ってきた。
「うん。じゃあまたね」
そう言って手を上げて女の子に別れを告げて俺は歩き出した。
―――そう言えば、さっきの指に当たった感触は何だったんだろう?
「まぁいいか」
その後俺はNPCの一人に宿の場所を聞いて無事に辿り着くことが出来た。
そして宿の利用料でさっき屋台のおじさんからもらった1000Lは見事に無くなってしまったのだった。
*******
もぐもぐもぐ。
ごくん。
「お嬢様?! どこですか、お嬢様?!」
イオが立ち去って少し経った頃。
中央広場では一人の女性が誰かを捜していた。
もぐもぐもぐ。
ごくん。
「お嬢――あっいた! お嬢様、お一人では出歩かないで下さいとあれだけ申し上げたではありませんか」
その女性はどうやら探していた人物を見つけたようでホッとした様子だったが、今度は探し出した人物を注意し始めた。
「……お腹が、空いたの」
だが注意されていた人物は女性のお説教などどこ吹く風で、特に気にした様子は見受けられない。
「あれ? そういえばその串焼きはどうなされたのですか? お金なんて持っていましたか?」
女性は不思議そうに首を傾げる。
そして恐らくお嬢様と呼ばれていた人物が手にしていた串焼きは、目と鼻の先にあるこの屋台の物であろうと見当を付け事情を聞くために屋台を営む男性に話しかけた。
「………」
その間、お嬢様は先程自分の頭を撫でた若い男の《ヒューマン》が立ち去った方をじぃーーーと見つめていたのだった。
お読み頂きありがとうございます。
前話と比べると2倍近い文量になってしまいました。
でも二つに別けるのも何だか変になりそうだったので……。
ラストで意味深な女の子が登場しました。
これでようやく女性キャラが増えます。
【重要】
次話から現実世界のお話に入ります。
それが終わったらまたゲームパートへ。