01.『どんなゲームをやるんだ?』
当作品をご覧頂きありがとうございます。
後書きにてご挨拶を書かせて頂きましたので、よろしければそちらの方にも目を通して頂けると嬉しいです。
それではどうぞお楽しみ下さい。
カタカタ、カチ、カチカチッ―――。
個人情報端末、通称PIT――Personal Information Terminal――を肩と耳で挟みつつ、両手はキーボードをタッチし時折マウスをクリックする。
「今、送信完了しました。確認お願いします」
俺は忙しなく動いていた手を止めPIT越しに相手に話しかける。
机の上に置かれたパソコンと接続されているディスプレイには、《送信完了》とメッセージが表示されていた。
『はい、少々お待ちを………今こちらも受信を確認しました。先方にはこちらで最終確認をして、問題がなければそのまま連絡を入れておきます』
事務的な返事を淡々と返してくる相手。
「よろしくお願いします」
そう言って相手の反応がないのを確認してから、PITを手に持ち直して通話終了の赤い電話マークをタッチした。
そのまま座っていた椅子の背もたれに体を預ける。
俺の体重が背もたれに掛かりギシッと背もたれが軋む音が聞こえた。
「ふう、これで一段落だな」
さっきの通話は仕事関係のもので相手は今回の仕事の担当さんだ。
当初の予定通りに仕事が終わったので、しばらくは自由な時間が出来るだろう。
飛び込みの仕事なんて滅多にないしな。
ドタドタドタドタッ――。
バダンッ!
「お兄ちゃん、お仕事終わった?」
階段を駆け上がってくる音が聞こえたかと思うと、俺の部屋のドアが勢いよく開かれ妹の春香が部屋に入ってきた。
もちろんノックして事前に来意を伝えるなんてマナーはない。
「春香……お前も女の子なんだから、あんまりそういうはしたないことするなよ」
幸いなことに我が家は隣の家と距離があるから大丈夫だと思うけど、もし近かったらドタバタと近所迷惑になること必至だぞ。
「へ? 何が?」
思い当たる節がないようでキョトンとする春香。
いつも部屋着に使っている俺が着なくなったパーカーとホットパンツと言った服装で、どうやらお風呂に入った後のようで白い肌がうっすらと紅色に色づき、アップで束ねてある長い黒髪がしっとりしている。
「階段やら廊下をドタバタ足音鳴らしまくって走ったり、ノックもしないで勢いよく俺の部屋に入ってきたりだよ」
何回言ってもこいつは直さないんだよな。
いや、直す気がないのか。
親しき仲にも礼儀あり、なんだぞ。
「あーはいはい。わかったよー」
……こんにゃろう。
絶対わかってないだろ。
「はぁーまったく。……で、何の用だ? 俺の仕事が終わるの待ってたんだろ」
どうやってそのタイミングを見計らったのかはわからないけど、俺がPITを切ったジャストタイミングで部屋に乱入してきたし、その時俺の用事が終わったかって聞いてきたしな。
何か俺に用があったんだろう。
「そうそう! ちょっと来て」
春香はやや興奮気味に俺の服の袖を手に取ると、強引に引っ張り始め俺を椅子から引き剥がした。
そのまま開けっ放しになっていたドアへと歩を進め、俺を部屋から連れ出そうとする。
「お、おい。引っ張らなくても自分で歩くよ」
そう言い俺は抵抗するもお構いなしな春香に手を引かれる。
「いいからいいからー」
春香は俺の言うことに耳を貸さずグイグイ引っ張る。
そんな春香は袖を掴む形から俺の腕に抱きつくような体勢に変えたせいで、その柔らかい体の感触が俺の左腕に伝わってきた。
フワ、フワ。
ポヨン。
特に丁度肘当たりに伝わってくる同年代と比べて成長著しいポヨンとしたほどよい弾力。
ダボダボなやや厚めの生地の筈であるパーカー越しでも伝わってくるこの感触は―――。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
俺の体が変に強張っているのを抱きついた腕から感じ訝しんだのか、階段の途中で立ち止まった春香が下から見上げるような体勢で俺の顔を覗き込んだ。
「イヤ、ナンデモ、ナイヨ」
ノータイムで返事をした。
大根役者のように棒読みになってしまったが。
「んー? まあいいけど。じゃあ入って入って!」
俺の反応に首を傾げつつも特に気にしないことにしたようだ。
春香は階段を下りてすぐにあった目的地、我が家のリビングのドア前に着くと、今度は俺の背後に回って背中を押してきた。
「わかったわかったって」
そのまま押されるとリビングのドアにぶつかってしまうのでドアノブを回し中に入る。
「? 何だ?」
するとリビングに入って目の前にある四脚の椅子付きテーブルの上には、見慣れない段ボール箱が置かれていた。
「これは、俺宛の荷物……父さん達から?」
段ボール箱に近づいて調べて見てみると運送会社の送り状が張ってあり、宛先が俺になっていて差出人が出張に行っている父さんからとなっていた。
「さっき届いたんだよ。ほら! 開けて開けて」
梱包を開けるためにカッターナイフを手渡してくる春香。
こら、刃の出る方をこっちに向けて渡すんじゃない。
「あ、うん」
何故かニコニコしている春香に押し切られるように梱包を解いていく。
チャキキキ。
ズッズーー……ベリッ、ベリッ。
ガサガサ、パサ。
「ん?」
すると開けた中にはこれまた厳重に梱包された何かが入っていた。
「何だろう?」
中の物を手にとって巻かれていたプチプチと潰すのが妙に楽しいあの梱包材を剥ぎ取ってみると、それは“VRS”の箱だった。
しかも最近出たばかりでニュースにもなっていたAKEBONO製最新型のゴーグルタイプだ。
特にゲームに関心がない俺でも知っているくらい話題になっていたな。
VRSとは“Virtual Reality Station”の略で、VR系ゲームをプレイするためのゲームマシンのこと。
元々は医療現場の手術など技術向上の名目で作られたが、それはやがて軍隊や警察の訓練用にも用いられるようになり、現代においては家庭でゲームをするために利用されるほど一般に広まっている。
初期の頃はカプセル型で人をスッポリ覆い隠すような大きさの物だったが、VR技術が上がるにつれ小型軽量化していき、ヘルメット型やゴーグル型までコンパクト化することに成功した。
VR市場は日本国内シェアナンバーワン、さらに世界シェアナンバーワンともに日本企業の“AKEBONO”が堂々躍り出ている。
「やっぱりね! お兄ちゃんのもそれだったね」
トタトタと小走りにソファの方へ近づく春香。
「俺の『も』?」
『も』、ということは春香にも同じ物が届いていたのだろうか?
「実はね、私にも届いてたの!」
そう言うと俺のいる場所からは死角になっているテレビの前に置かれたソファの影から同じVRSの箱を取り出してきた。
ただちょっと違うのは、俺が本体カラーが黒色なのに対して春香のは白色だという点だけだ。
「でも何でまたいきなり。父さんは何を考えてんだ?」
別に今日は俺の誕生日でもないし春香も違う。
クリスマスはとっくの昔に過ぎてるし、特に何かの記念日って訳でもないし。
うーん……謎だ。
「そういえば私のに手紙も一緒に入ってたよ」
春香は『はい』と封筒に入った手紙を手渡してくる。
どこにでもある普通の茶封筒には、筆で書いたと思われる字で『京谷へ』と書かれていた。
「なんで俺宛なのに俺の荷物に入れておかないんだよ……」
ボソリと小声でここには居ない父さんにツッコミを入れつつ手紙を取り出して読む。
カサカサ。
ふむ。
どうやら手紙は二枚綴りのようだ。
こちらは普通にボールペンで書かれていた。
『京谷へ
この手紙を読んでいるということは無事荷物は届いたようだな。
もう見ただろうが新発売されてた最新VRSを送った。
春香が高校二年生になるお祝いだ……くそっ、本当なら自分の手で直接手渡したかったものを!
大体今回の出張は―――』
以降手紙の一枚目は仕事で出張先から帰れない事への愚痴が書かれていた。
父さんの愚痴は流し読みしつつ、二枚目を読む。
『――話を戻そう。
本当なら春香にだけ送るつもりだったのだが、買いに行った電器屋の店員が『只今キャンペーン中につき、二つ買うとお得』だと言っていた。
というわけで、ついでにお前の分としてふたつ買った。
お前にも送ってやろう。
感謝しろ。
あと、兄として春香がゲームにのめり込み過ぎないように監督するように。
もちろんお前もゲームのし過ぎにならないようにしろ。
父より』
相変わらず春香命な父さんだった。
―――カサ。
「――?」
封筒に手紙を戻そうとしたところ、何かにつっかえて奥まで入らなかった。
不思議に思って封筒の中を覗き込んでみると、底の方に小さく折りたたまれたまた別の紙が入っているようだ。
「まだ何か入ってる」
封筒を逆さにして中の紙を取り出す。
四つ折りになっているそれを開けてみると、父さんの出張について行っている母さんが書いたメモだった。
『京谷へ
お父さんの手紙はもう読んだ?
あの人あなたの分はついでだなんて言ってるけど、本当は最初から買うつもりだったのよ。
だってお店でキャンペーンなんてやってなかったからね。
きっと素直にプレゼントするのが恥ずかしいのよ。
春香と仲良く遊んで大事にしてあげてね。
お母さんより』
「…………」
なんというか……胸がちょっとほっこりした。
「なんて書いてあったのー?」
春香はそう言って俺の肩に両手を乗せ後ろから覗き込もうとしてくる。
だが身長差があるので覗き込むのは無理だろう。
「ん? ああ、春香の進級祝いだってさ」
別に俺に関することは言わなくてもいいだろうと考え、春香に関することだけを教えた。
「そうなの? やった!」
嬉しさのあまりピョンピョン跳ねる春香。
まったく。
春には高二だっていうのに子供っぽい喜び方して。
「ねーお兄ちゃん。さっそくゲームダウンロードしようよ!」
春香はもう手紙に興味がないようで、ソファにポフンと座り込み自分のPITを取り出してネットに繋ぎ、VR用のゲームを検索し始めた。
「春香はどんなゲームをやるんだ?」
父さんには監督、母さんには一緒にプレイしてってお願いされてるし、俺自身そんなにゲームは詳しくないし、何よりVRゲームはやったことないからな。
春香はすでにVRSを持ってて遊んでたはずだから、少なくとも初心者の俺よりは詳しいはずだ。
何気ない風を装って探りを入れてみよう。
「えっとね、これやろうかと思ってるんだ」
春香はひとつのゲームを指さす。
そのまま画面をタッチして公式ホームページへと飛んだ。
「どれどれ、ファンタジー系VRMMORPG“∞”か」
インフィニティじゃなくてエンドレスって読むのか。
確かこれって二匹の蛇がお互いの尻尾に噛み付き合ってる図がモチーフなんだったっけ?
「私これベータ版でプレイしてたんだ。面白いよ」
VRMMORPG“∞”。
正式スタートはまだのようだがパッケージ版はすでに完売し、ダウンロード版も数量が限定されているらしく残り僅かと表示されていた。
「これやるのか」
おそらく確定だろうがそう聞いてみた。
「うん! これでもベータ版では結構強くて有名プレイヤーだったんだから。ふふんっ」
へえ、さすがはゲーマー。
ベータ版って確か発売前のゲームを先んじて出来るやつだよな?
俺はベータ版とか体験版とかそういうのは一切やったことも応募したこともないぞ。
「そうなのか。じゃあ俺もこれにしようかな」
RPGならVRじゃないけどプレイしたこともあるし、まあ何とかなるだろう。
「本当!?」
春香は眼をキラキラさせて俺の方を見た。
まったく、本当に子供っぽいやつだな。
「ああ」
俺は肯定の意味を込め頷いた。
「じゃあ一緒に遊ぼうね。色々教えてあげるから!」
春香が眩しい笑顔を俺に向けてくる。
ワクワクしているのが傍から見てもわかった。
「ああ、VRのゲームなんて初めてだからな。よろしく頼むよ」
俺は若干苦笑いを浮かべながら春香の頭に手を乗せて軽く撫でた。
おっと、髪は女の命って言うからクシャクシャにならないように注意しないと。
「任せてっ」
ポフンッ。
タユン。
胸を張り拳で軽く心臓の辺りを叩く春香。
そしてその衝撃でタユンと波打つ春香のむne―――ゲフンッゲフンッ!
とにかくこうして俺はVRSを手に入れた。
そして、初めてのVRMMO“∞”をプレイすることとなったのだった。
お読み頂きありがとうございます。
作者のアズマと申します。
この作品は自身二作目の作品で、昨今話題のVRMMO物の物語です。
物語はタイトルにあるように、『ゲーム』世界だけでなく登場人物達の『リアル』世界の物語も書いていく予定です。
タグは現状これ以上思いつかなかったので今後増えていく可能性があります。
R15指定や残酷描写は保険のために付けております。
現在書き溜めがありますのでそれを投稿していきますが、溜めた分が無くなったあとは時間を見て執筆していく形を取らせて頂く予定です。
リアル優先のスタイルで執筆していくのでご了承下さい。
誤字脱字報告、感想、評価など頂けたら嬉しいです。
また皆様のお声にはなるべくお返事をしていきたいと考えています。
それでは次話にてまた皆様とお会い出来ることを祈って、この辺りで締めさせて頂きます。
アズマ