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  間奏:蒼玉

黒魔導師パパラチア視点です。

 僕が覚えている最初の母親の言葉は、

 「近寄らないで、この……化け物!」

 ―――だった。



 物心ついたときにはもう僕は、黒い髪をしていた。

 だから、元々の自分の髪の色が何色だったのかは知らない。誰からも教わらなかったし。

 そうして、息をするよりも容易く、魔術を扱うことが出来た。


 卵が先か、鶏が先か。

 魔術を使えたから髪が黒くなったのか、黒髪だったから誰に習うでもなく魔術が使えたのか。

 魔術を使えたから母親に疎まれたのか、実の母親に疎まれたから身を守るために魔術が使えるようになったのか。


 ―――今さらだ。

 どちらに転んでも大して変わらない。


 母親の事であと覚えている事はひとつだけ。

 僕が突出した魔術の才能を認められて『黒の塔』に引き取られる事になった時、「別れの言葉を」と周囲に促された彼女がしぶしぶ僕を抱き締め、僕にだけ聞こえる様な声量で囁いた言葉。

 「お願いだから、二度と帰ってこないで」


 他には何も覚えていない。

 顔も、声も、髪の色も、目の色も。

 今どこかの道で擦れ違ったとしても、きっとお互いに親子だとは気付かないだろう。

 悲しい訳でも、憎んでいる訳でもない。

 ただ、そういうものだと思うだけだ。




 黒の塔は、いい所だった。魔術の扱いが上手いと言うだけで羨望と尊敬の目で見られる。国中から黒魔導師の粋を集めたここでも僕は傑出した存在で、いつしか『神童』と呼ばれるようになった。僕にとって魔術を使う事は言葉を話す事より簡単なのに。それまで母親を含め、あまり人と会話をしたことの無かった僕には、他人とのコミュニケーションというやつの方がよっぽど難しかった。

 塔では、一日中黒魔術の事を考えていても叱られない。魔術に関する資料がたくさんあって、何年経っても読み終わらなさそうだった。本は好きだ。読書をしていれば空腹も忘れられる。まあ、ここではひもじさを紛らわす必要も無いけど。

 最低限の衣食住が保障されていさえすれば、僕には文句など無い。


 以前の生活とは比べ物にならない程、快適で安全な暮らしだった。

 その上、誰からも憎しみの籠もった目で見られない、という事がこれほど気楽だとは。

 好きな魔術の研究をして常に一定以上の成果を出していれば、黒の塔の住人は必要以外に僕に関わらないでいてくれた。

 安住の地を見つけた。

 僕は、そう思った。



 だから、青天の霹靂だったのだ。

 まさかこの僕が魔王討伐の為の勇者一行に選ばれる事になるなんて。


 確かに黒魔導師としての実力では、国中探しても僕の右に並ぶ者などいなかった。

 だが面倒だ。

 魔王にこの世が滅ぼされようがどうしようが、この僕の知った事か。

 断りたい。というか、断る。

 辞退する気満々で出向いた王宮で、僕は彼女に出会った。

 僕の知る唯一の『母親』という存在とは対極にあるような彼女。



 勇者ルチル。

 ―――僕の、運命のひとに。



 半年間、魔王城への旅を共にして。魔王城に乗り込んで並み居る魔族を蹴散らし、彼女は魔王と対峙した。旅の間中自分の気持ちを誤魔化し続けてきたこの僕が、恋情をとうとう自覚したのはその瞬間だ。

 彼女は魔王に慈愛を向けた。

 瀕死の重傷を負わされた身体で僕の身の裡を焼いた強い感情、それはこの上なく醜い嫉妬だった。


 僕と同じ、黒髪の。

 僕よりも確実に『化け物』であるはずの、魔族の子供に。


 一瞬で彼女の心を捕らえた幼い魔王は、その時から永遠に僕の恋敵となったのだ。

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