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魔王と奏でるセレナーデ  作者: ひめきち
番外編(オブリガート)
36/38

彼(か)の人は

魔王アレクとルチルが出会う前のお話。

三人称です。

 「素朴な疑問なんだが、ルチルはどういう男性が好みなんだ?」



 それは、王都から魔王城への長い旅の途中での事。

 日も暮れ、野営の為に熾した焚き火を囲んでささやかな夕食を摂りながら、何気ない風を装ってヘリオドールが口にした言葉は、男達の間に見えない波紋を呼んだ。

 女性ながらに勇者の称号を与えられた(でもまだ何も功績はあげていない)ルチルと、彼女を囲む三人の仲間、騎士ヘリオドール、神官オブシディアン、黒魔導師パパラチア。魔王討伐の為に遥か遠い魔族の住む地へ向け、彼ら勇者一行が王都を旅立ってから、早や一ヶ月が過ぎようとしていた。


 ルチルは首を傾げた。

 「好みと言われましても……その様に考えた事もありません……」


 それもそのはず、彼女は既婚者で未亡人で一児の母だった。更に言えばその前は修道女を目指していたとの話で、そもそも恋愛事への関心が薄いようだ。今日も今日とて、ヘリオドール、オブシディアン、パパラチアの三人が、誰がルチルを騎馬に同乗させるかで攻防を繰り広げていたというのに、三者三様にアプローチしてくる事に気が付いた様子もない。どうやら彼女は自分に寄せられる恋愛感情に対して、とんでもなく鈍感に出来ているんじゃないか―――と、旅を続ける間に三人は薄々悟りはじめていた。


 具体的な返答を待たれての沈黙に、ルチルは困惑顔をした。

 「ええと、困りました……話題を変えませんか?」


 「駄目だぞ、ルチル。一見不必要と思われる雑談を積み重ねてこそ、真の仲間意識というものが培われていくんだ。これから強大な魔王に立ち向かうというのに、一朝一夕に紡がれるような絆では心許ないだろう。俺達はもっと分かり合うべきだ」

 「まあ、成程、そうですね……!」


 適当に誤魔化したヘリオドールの言葉に、ルチルは感銘を受けている。ヘリオドールは一瞬だけ罪悪感を抱いたが、すぐに思い直した。ルチルがそういう態度なら、ここは自分を売り込みにいくしかない、と。


 「働き者で、肉体労働の得意な男はどうだ?」

 ヘリオドールに言われてルチルが連想したのは、故郷キトサ村の村長(推定50歳)だった。

 「ええ、素敵だと思います」


 「真面目で信仰深い男性はどうですか?」

 オブシディアンに言われてルチルが連想したのは、故郷キトサ村の神父(推定60歳)だった。

 「ええ、素晴らしいと思います」


 「研究熱心で学問の探求に余念が無く思い遣りに溢れた人格者でありながらなおかつ才能に恵まれた非凡な天才のことは」

 「誰だよ!」

 パパラチアの言葉はヘリオドールによって容赦なく遮られた。



 「では、亡くなられたご主人はどのような方だったのです?」

 両の手で椀を傾けながらオブシディアンが穏やかな口調で問うと、

 「ああ、それ、聞きたい、聞きたい!」

 ヘリオドールはその黄緑がかった金髪を炎に触れさせんばかりに身を乗り出し、

 「……暇潰しに聞いてやってもいいぞ」

 パパラチアはあらぬ方向を見つめて干し肉を咀嚼した。


 「え……」


 ルチルの頬は赤く染まる。

 (言わなきゃ駄目なのかしら。惚気みたいでなんだか気恥ずかしいのだけど。仲間意識を高めるために必要だと言われていたし、ここは私の頑張り処……?)


 一方的に自分だけが質問攻めにあっている矛盾には気が付いていないようだ。


 「か、可愛い男性ひとでした……」


 「「「ん? 可愛い?」」」

 ルチルの言葉に三人が訝しげな声を出すが、いっぱいいっぱいなルチルは気にもせずにそのまま説明を続ける。


 「私達、幼馴染だったんです。彼……いつも転んだり何かにぶつかったりする事が多くて、私はよく教会の裏で彼の怪我の手当てをしていました」


 ―――それ、ドジっ子じゃ?


 「優しくて頭の良い人だったんですけど、身体が弱くてしょっちゅう熱を出しては寝込んでいたので、三日に一回はお見舞いに行ったり」


 ―――それ、生活能力皆無じゃ?


 「純真すぎて、年頃になっても私以外の女の子が怖くて口もきけないって悩んでいたり」


 ―――それ、ヘタレじゃ?


 「何て言いますか、その……この人は私がいなくちゃ駄目なんだわ、って思ってしまって」


 顔を真っ赤にして言い募るルチルを前にして、三人の男達は抱いていた脳内ツッコミを口にする事は出来なかった。何よりも本人がこの内容で『どうしよう、惚気ている』と思っている事実には勝てそうもなかった。

 「可愛いと言えばうちの息子なんですけど」

 そしてそのまま三人は、ルチルの亡夫の話から息子自慢までを延々と聞かされる羽目になる。



 「あ~その~……ルチル? 俺達あっちの小川で皿を洗ってくるから、君はここで火を見ていてくれるか? この辺りには魔族はいないと思うけど、一応気配に気を付けてて」

 夕食後、三人を代表してヘリオドールがそう言うと、まだ少し照れ気味だったルチルは、慌てて表情を少し引き締めて肯いた。


 三人はルチルに声が届かない距離まで離れると、一斉に溜息を吐いた。

 「聞いたか?」

 「聞きました」

 「……聞きたくなかった」

 ヘリオドールとオブシディアンは顔を見合わせた。

 「思っていた以上に手強いな……」

 「母性本能の強い方なのですね……」

 それから、ずっと不貞腐れた顔をしているパパラチアの方を揃って向く。

 「ドジっ子で生活能力が無くヘタレ……俺達の中ではラチア、お前が一番可能性あるかも」

 「ななな、何を言っている! 僕は別にルチルの事など、全然まったくこれっぽっちもそんな風に思っていないぞ!! ていうか僕はドジっ子でもヘタレでもないから!」

 「はいはい」

 「生活能力の所も否定しましょうよ、ラチア」

 動揺して声が裏返っているパパラチアの右と左の肩を、ヘリオドールとオブシディアンがそれぞれ、ポンポンと叩いた。

 「気にするな。単に可能性の話だから。この程度で諦めたりしないさ」

 「そうです。分の悪い賭けでも私達は降りませんよ」

 「ならお前ら、最初から僕をおだてるな――!」



 焚き火の番をしながら男性陣三人の様子を眺めていたルチルは、

 (まあ、本当にあっという間に打ち解けて。仲間意識云々は本当だったのね。黒魔導師様も今夜はいつもの斜に構えた様子が見られないし、良かったわ。私一人ちょっとだけ疎外感があるけど、仲良きことは美しきかな……)

 とか、思っていた。




 ―――ヘリオドール、オブシディアン、パパラチアの三人が、魔王城にて最大のライバルと出会うまで、あと数ヶ月旅は続く。








 

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