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魔王と奏でるセレナーデ  作者: ひめきち
番外編(オブリガート)
34/38

結婚報告2

●オブシディアンとヘリオドールの場合●


 「はあ!? 結婚するだって? 誰と誰が!?」

 素っ頓狂な騎士様の叫びが、人気ひとけの無くなった神殿内に木霊こだましました。

 「ヘリオドール」

 神官様にたしなめられて、騎士様は慌ててご自分の口元を押さえます。


 ここは神官様の司る王都の神殿。

 時間帯は一日のお勤めが終わられた日暮れ後です。

 黒魔導師様がお二方に話を通して下さって、多少の融通が利くからと、神官様の手引きで私達五人が集う場所に選ばれました。

 さすがに神殿三位の実力者、人払いも完璧です。

 アレクは角を隠せるよう、目深にフードをかぶっています。黒魔導師様に惑乱の呪文を掛けてもらう案もあったのですが、神殿内だと呪文妨害もありますし、今回は簡単な方を選びました。並外れた美貌を持っているのは別として、アレクは角以外はヒトとほぼ変わらない姿形ですし、遠目ならばそうそう魔族だとバレないでしょう。

 それでもあからさまに怪しい物音がすれば不審がられますから、先刻は結構危ない所でした。騎士様が赤い顔をして謝罪の言葉を口にします。

 「すまない、つい動揺してしまって……。しかし、結婚の話は初耳だぞ。どういう事なんだ?」



 私とアレク、そして黒魔導師様の三人は、あれから数日後、お忍びで王都に向かったのです。

 アレクと黒魔導師様は『飛べる』ので、キトサ村から馬車だと五日は掛かるはずの距離もあっという間でした。

 ええ、あっという間―――という話でした。私にとっては永劫の責め苦かと思われるほどに長い時間でしたけれどね! 『飛ぶ』事に比べれば馬なんて、全然大した事ありませんでした。乗馬ごときで悲鳴を上げていた過去の私に、”上には上がある”と教えてあげたい気持ちです。アレクと黒魔導師様の腕以外に支えの無い上空で高速移動し続ける事がどれほど恐ろしかったか、うっうっ、涙無しでは語れません……!



 「ではとうとう、ルチルとアレクが結婚するのですね?」

 神官様が瞼を閉じたまま、顔を私とアレクの方に向けました。

 「二人は愛し合っている……と、そう受け取っていいのですね?」

 「うん」

 「はい、オブシディアン様」

 私とアレクは同時に答えます。それから照れくさくてお互いの顔を見交わしました。

 「それはおめでとうございます。嬉しいですよ、私も」

 温かい言葉の後、神官様はその目をそっと開けました。黒曜石の瞳がアレクの姿を優しく見つめます。

 「……傷が癒えたようで、本当に良かった。大きくなりましたね、アレク。ルチルの事を、よろしくお願いします」

 「うん、オブ。分かった」


 神官様の祝福に、アレクが幸せそうに笑います。私まで嬉しくなるような笑顔です。

 ああ、王都まで皆に会いに来て、本当に良かった……!

 

 「ルチル……!」


 あら? 騎士様がなんだか真剣な顔をしています。アレクには見向きもせずに、私の方に詰め寄られました。


 「俺、結構頻繁に会いに行ったよな?」

 「ええ、そうね。遠路はるばる来てくれて嬉しかったわ。あの時はお土産をどうもありがとう、ヘリオドール」

 「オニキスも交えて食事も何回かしたよな?」

 「ええ。そういえばあの子への結婚祝いも、お礼がまだだったわ。心遣いありがとう、ヘリオドール」

 「こんな家族が欲しい、本当に家族になれたらきっと幸せだって言ったよな?」

 「そうね。早くそういう相手がみつかるといいわね? その時はちゃんと紹介してね、ヘリオドール」

 「うわあああああああ!!」


 ……あら? 騎士様が床に突っ伏してしまいました。

 黒魔導師様が無言で騎士様の肩をぽんぽんと叩いています。


 神官様は穏やかな笑みを浮かべて、私とアレク――主にアレクの方に向かって言いました。

 「これを踏まえて、きちんと幸せになるんですよ? 二人とも」

 え? 『これ』?

 「肝に銘じた」

 アレクの生真面目な返事に、よく分からないなりに私も慌てて肯きました。


 「八つ当たりか。容赦ないな、オブ……」

 黒魔導師様の呟きが聞こえましたが、どういう意味だったのでしょうか……?




●ピジョンブラッドの場合●


 「……で? また一体どういう理由で、婚儀を早めたいんですか?」


 キトサ村に戻ってきた私達をいの一番に出迎えてくれたのは、ブラッドの冷ややかな紅い瞳でした。

 村の皆さんと鉢合わせする危険を避けて、深夜に近い時間に帰宅した私とアレクだったのですが。なんと驚いたことに、玄関を入ったらそこには罠が……いえ、ブラッドが待ち構えていたのです!

 ……ええ、狭い家ですからね、一歩入れば、入口から家の中がまるっと見渡せてしまうんですよ。便利と言えば便利なんで、今まではそれほど気にしていなかったのですが。まさか、深夜に他人の家のダイニングで我が物顔にお茶を飲んでいる魔族と鉢合わせする日が来ようとは、夢想だにしていませんでした……。

 しかも私、数日前にきちんと施錠して出掛け、確実に鍵を開けてから自宅に入ったはずなのですが。

 なんでブラッドが当たり前みたいな顔をしてうちの椅子に腰掛けているんでしょうか?

 魔族の王とその腹心が、元勇者とは言え一村人の家に、雁首がんくび揃えて座っていていいものなのでしょうか?


 「一応お聞きしますが、アレク様。その様な事をしたら全ての準備が前倒しです。とんでもなく大変だって分かってますか?」

 「……分かってる」

 アレクの頭が項垂れています。

 自分でも無茶なお願いをしている自覚はあるのでしょう。賢明な魔王ですもの。

 だというのに追い詰められた顔をして、アレクったら一体どうしたんでしょうか……?

 

 「でも、一秒でも早く結婚したい。苦しくて気が狂いそうなんだ。片想いの時より両想いになってからの方が血を吐きそうだ。それもこれもルチルが……婚前交渉は駄目だっていうから……!」


 「げほげほごほ……っ!!」

 すみません、今のは私です。思いっきりむせてしまいました。


 「な、何言ってるの、アレク!」

 「だって事実だし」


 ええ、確かにその様な事は言いました、言いましたけど。

 ブラッドに暴露するような話じゃないですよね――!? 

 うう、恥ずかし過ぎて今なら軽く死ねそうです。


 「……はあ、ルチル様。まったく、面倒くさい女ですね、貴女。何カマトトぶってるんですか。清廉潔白な修道女気取りもいい加減にしてください」

 額に手を当てて、これ見よがしに溜息を吐くブラッド。

 何でしょう。今まで年齢不詳でしたけど、実はこの魔族ひと、結構年取っているんじゃないでしょうか。時々彼の放つ言葉が私に分からないのは、古語だから?

 「焦らすほどの凹凸がある身体でもないんですから、もういいじゃないですか、勿体つけなくても。とうに乙女ではないくせに」

 なんだか馬鹿にされている、っていうのは気配で分かりますけどね!


 怒りのせいなのか羞恥のせいなのか……返事も出来なくなって俯いた私から示し合わせたかのように数歩離れて、ブラッドとアレクは小声で話し始めました。


 「構う事はありません。アレク様、とっとと押し倒してしまいなさい」

 「構うよ。ここに至るまでにどれだけ苦労したと思ってるんだ? やっと恋人同士になれたのに、こんな些細な事で台無しになんて絶対したくない……!」

 「些細って……辛すぎて耐えられないって、今ご自分でおっしゃってたじゃないですか」


 全部、丸聞こえですけどね!


 大体、アレクは分かってないです。私が言ったのは、『今すぐ』、『ここ』では無理だっていう意味で―――その……アレクがうちに来たのもいきなりでしたし、心の準備が必要だったっていうか……。ええ、私もいい大人なので色々とアレなんですが……亡夫や息子と暮らしたこの家ではどうしても抵抗があったので…………だ、駄目だったでしょうか? 経産婦が女心を語っては駄目なのでしょうか? くすん。なんだかちょっと泣きたくなってきました……!


 「きちんと式を挙げて、一刻も早く名実ともにルチルを手に入れたいんだ。いいよね? ブラッド」

 「……仕方ないですね。総力を挙げてご要望にお応えしましょう、我が王よ」


 どうしましょう。

 不用意な私の一言のせいで、魔王城の皆さんが過酷な労働状況下に追い込まれそうなんですけど……。

 "結婚式には別に私、こだわりませんよ?"

 だなんて、ああ、もうとても言い出せない雰囲気です―――。



後日談。

「魔王様の為に!」

「魔王様の為に!」

その科白を合言葉に、魔王城配下の魔族達は一人残らず結婚式の準備に向かって邁進していた。

彼らが目指しているのは、魔王アレクの成魔の儀式の時よりも盛大かつ荘厳な式典だった。

「だから簡易な式でいいですってば、もう誓いの言葉だけで! お願いですから皆さん、大事にしないで下さい……」

ルチルの制止は誰の耳にも届いていない。もはや城内は修羅場のハイテンションだ。

「任せて下さいルチル様! 思う存分、腕を振るいますからね」

「いえ総料理長それだけはホント真剣に許してください」

彼らを突き動かす衝動が、魔王のカリスマ性によるものなのか、男同士の同情票であるのか、それは定かではないが。

不眠不休でコマネズミのように働き続ける部下達を尻目に、優雅にお茶を楽しみながらブラッドは呟く。

「ふふふ。さあ愚民どもよ、キリキリ働きなさい」

「何キャラですかブラッドさん」

途方にくれながらも、突っ込まずにはいられないルチルであった。

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