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第三楽章

 朝です。

 ここ魔王城にも、ヒトの住む全ての土地と同じように、朝がやってきます。

 まあそれは当たり前の事ですが、魔族って皆夜行性なのかと思っていましたら、『人による』んだそうです。アレクやブラッドは元々私達ヒトと同じ昼行性だそうなので、主に合わせて、この魔王城の日常は朝始まります。


 「朝よ、アレク。起きて」

 「んん……ルチルお願い、あと5分………」

 昼行性とはいっても寝起きの悪いアレク。この子は毎朝こんな感じです。


 ええ、私とアレクは初日から、もうずっと同じベッドで眠っています。

 子供と添い寝するに勝る喜びなど、他にありませんよね!


 高い体温、しどけない寝顔、健やかな寝息。腕枕が痺れるのはご愛嬌、寝相が悪くて蹴とばした布団を掛け直してあげるのも好きですし、夢見が悪くてうなされた時も数回頭を撫でてあげれば万事解決です。眠る前の読み聞かせも得てして途中で親の方が眠くなってしまうものですが、同じ布団なら先に寝てしまっても無問題モウマンタイ。隣で人が寝ているとα波につられますからね!

 こんなにも良い事だらけなのに、息子には私、だいぶ前から添い寝を拒絶されていたのです。二人で寝た方が光熱費的にも、スペース的にもお得だというのに、なんでなんでしょう。子供体温の天然湯たんぽ、好きだったのに…。「母さんは何も分かってない」とか言われてしまって、寂しいったら……。

 けど、アレクは違います! 添い寝大好きです。むしろ「ルチルがいないと眠れない」とか甘えてくれちゃって、くぅ~~っ、もう! 可愛いったら!!


 でも、寝坊はいけませんよね。早起き早寝は生活の基本です。私は心を鬼にして、窓辺のカーテンを開けに行きました。朝日が当たると、目覚めがすっきりするのだそうですよ。自然に心地よく目覚めるためには、太陽光線を浴びる事が必要なのですって。


 「んんん……おはよう、ルチル……」

 アレクが目を覚ましました。目元を擦りながら、身体を起こしています。

 「おはよう、アレク。いい朝よ」

 私はアレクの額にキスを落としました。アレクはにっこりして抱きついてきます。


 太陽の光が当たると、アレクの瞳の色は変化します。赤紫の瞳が、エメラルドグリーンに。

 何度見ても神秘的なその美しさに、私はついつい見惚れてしまいました。

 「綺麗ねぇ」

 私が言うと、アレクは照れたように笑いながら、

 「僕は、ルチルの目の方が好きだよ。優しい大地と、穏やかな木の幹の色だもの」

 と、凡庸な私の茶色の目を褒めてくれるのです。


 ―――不覚にも私、一瞬ときめいてしまいました。

 この子の可愛さは魔性かもしれません。(魔王だけに! …って違いますね、スミマセン)

 なんだか将来女性関係で勇名を馳せそうな予感がします。保護者としては複雑な心境ですね。くぅ。



 朝食は、ダイニングで一緒に取ります。私達勇者一行と、魔王アレクと、側近ブラッドの、6人です。

 食事は基本、私が作っています。当初アレクには魔王専属のコックがついていたんですが、私達と食事を共にするようになってからは、アレクの分も私に一任させてもらっています。原材料が何か分からない料理だと不安で仕方がないですからね(主に私が)! 知らないうちに共食いとか、絶対したくないですものね!!

 今では元・専属コックさんは、配下の皆様の食事担当をしてくれています。時折私と新メニューの相談をし合ったりして、結構仲良くやっているんですよ。…でも、あっちの料理の味見だけは毎回丁重にお断りしていますが。出汁だしが何かなんて怖くて聞けませんもの。

 アレクが食べる物はブラッドも食べます。側近というだけあって、昼間は彼、大抵魔王から離れないみたいです。

 まあ魔族と言っても、ヒトとあまり食事内容は変わりません。アレクとブラッドは若干、ステーキなんかはレアな方が好みみたいですが…。とりあえず今の所は、私の作る料理を不満もこぼさず食べているみたいなので、良しとしましょう。



 朝食が済むと、アレクはお勉強の時間です。

 授業は持ち回り制なので、今日は黒魔導師様と魔術を学ぶ日です。

 私は朝食の後片付けと昼食・夕食の下拵えをして、洗濯、掃除をパパッと済ませると、空いた時間で花壇の手入れをする為に庭に出ました。


 「ルチル?」

 小1時間ほど夢中になって草むしりをしていると、声を掛けられました。屈み込んだままで見上げると、我が心の友、騎士様が立っています。

 「また君はそんな事やって……妙齢の女性が泥だらけで何やってるんだ」

 「? 私はもともと綿花栽培していた農民ですよ? 土いじりは心が和みます」

 「いや、魔王城で勇者が心和んでいたら駄目だろう……というのも、今更か。俺達もすっかり馴染んでしまっているしな」

 騎士様は花壇の縁に腰を下ろしました。彼の様子が普段と微妙に異なる気がして、私は雑草を抜く手を休めました。

 「…どうかしたのですか? ヘリオドール」


 そうそう、騎士様の名は、ヘリオドールといいます。心の中では未だに職業呼び(敬称付きで)の私ですが、さすがに面と向かっては言いません。旅の初め頃、仲間全員からお互いに名前で呼び合うようにしようと提案されましたからね。

 チームなのだから当然だと主張され、確かにその通りだなぁと思いましたよ。そういう些細な所から仲間意識は形成されていくのですものね!

 まあ疑問があるとすれば、なんで3人それぞれが「自分だけ」名前で呼べと言ったのかしらって事ですが……それこそ些細過ぎてどうでもいい事ですよね?


 「俺達が故郷を旅立ってから、1年が経ってしまっただろう。―――このままでいいのかと思ってな」

 騎士様の金髪は日に透けてきらきらと輝いています。けれど青い瞳には憂いの色が浮かんでいました。

 「俺達はブラッドに完敗し、命拾いした。今は、魔王の教育に携わっている。確かに人間と魔族が共存出来るのなら、それは理想だ。魔王の事ももはや邪悪な存在とは思えなくなっているしな。アレクは飲み込みが早いし、賢い。素直で可愛い子だと思う。もうとっくに俺も、情が移っているんだろう」


 苦笑する騎士様。

 そういえば彼は、自分は勇者の剣を最初に試したうちの一人だと言っていました。

 騎士団一の精鋭であった彼は、最も勇者となるに相応しい人物として周囲から期待されていたんだそうです。それなのに剣は抜けず、結局は勇者の仲間として選ばれる羽目に陥ったのでした。

 私との初対面は印象最悪でしたものね。なんでこんな女が勇者なんだ、って、彼の顔に書いてありました。それでつい「同感です。なんで私なのでしょうか?」と答えてしまったら滅茶苦茶怒られてしまって……ああ、思い出すとへこみます。大人になってから同世代の人に叱られる事ほど辛い事はないですよね………。

 

 「しかし、国の人々は、誰もこの状況を知らないんだ。魔王の存在に戦々恐々として日々を過ごしているはずだ。俺達が魔王城に辿り着いた事も、まして和解している事も知らない。旅の途中で命果てたとすら思われているかもしれないだろう。そうなれば、次なる刺客を送り込んでくるかもしれない」

 「ヘリオドール……」

 私は、彼の言葉に足元をすくわれたような気がしました。


 そうです。

 故郷の村では、今頃皆が心配している事でしょう。

 村長様、神父様、ご近所の皆々様、そして何より私の息子が、どれほど私の身を案じてくれているかと思うと、心が痛みます。うっかり立場を忘れて魔王城での生活をエンジョイしてしまっていましたが、そういえば私は国中の期待の星☆勇者だったのです。


 「かと言って、君一人を置いて国に帰るわけにもいかないしな。あいつらに任せるのも癪だし、魔族だって完全に信用は出来ないし、抜け駆けなんかされたらこの1年の努力が水の泡だしな…」


 うう。何か、スミマセン。

 何もかも私が勇者として頼りないせいですね、そうですよね。

 すごく、申し訳ない気分です。


 落ち込んでしまった私を見て、騎士様は話題を変えてくれました。


 「ああ、ルチル、頬に泥が付いている」

 言われて私が手の甲でグイ、と拭くと余計に酷くなったようで、騎士様はかぶりを振りました。

 「俺が拭こう。目を閉じて」

 言われたとおりに瞼を伏せると、騎士様の喉がごくりと鳴ったような気がします。

 ?

 喉でも乾いているんでしょうか?


 「ルチル、俺……」

 頬に温かい何かが触れた気配がして目を開くと、何故か思っていたより近い距離に騎士様の顔がありました。

 「…取れましたか? 泥」

 「えっ、ああ、うん? いっ、いいんじゃないかな? それじゃルチルまた後で!」

 明らかに挙動不審になって去って行く騎士様の顔は、赤くなっていた様な気がしました。

 ……なんでしょう。そんなに泥の付いた私の顔が変だったのでしょうか。

 それにしても失礼な態度ではないかと思うのですが。ぷん。



 「―――ルチル、いつもと違うにおいがする」

 昼食時。アレクはそう言うと、私を正面から抱き締めて、鼻をくんくんさせました。

 それからおもむろに騎士様の方を睨むと、酷く不快気に鼻を鳴らして見せました。

 アレクの様子を見たブラッドが、

 「…それは思い切りましたね。命が惜しくないと見えます」

 と言って微笑むと、騎士様はなんだか青い顔をしていましたが、私は素知らぬ顔で給仕を続けました。だって、泥だらけだからって笑わなくてもいいじゃないですか、ねえ?



 


 


 




 

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