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  間奏:紅玉

魔王の側近、ピジョンブラッド視点です。

 「…つまらん」


 俺は、酷く倦んでいた。



 眼前には、一人の魔族が瀕死のていで横たわっている。虎の爪を持つ男だ。これでもかつては魔族最強の一人と謳われたこともあったらしいが、大して手応えも無かった。加齢のせいで劣化したのだろうか。魔族の長寿さなんて、いっそ醜悪だな。今回こそ少しは楽しめるんじゃないかと期待していたのに、肩透かしもいい所だ。暇潰しにもならなかった。

 俺は左手を振り、こびり付いた血潮を払った。踵を返して男の棲み処から立ち去ろうとする。


 「貴様…己が一番強いとでも思っているのだろう……?」


 足元の男が語り掛けてきたので、正直、俺は驚いた。相手にまだ話す体力が残っていたとは思っていなかったからだ。実際に男の残存魔力はほとんど底をついていて、死相は拭いようも無い程に色濃く顔面に浮き出ていた。それだのに男の言葉の端々に滲むのは、紛れもない侮蔑だった。


 「わしは先の魔王に仕えた……真に強いとは、魔王の事を言うのだ………あの、強大な魔力……老いた儂を倒したくらいで悦に入っている貴様などとは、比べようも…………」


 ゴホゴホ、と虎の男は血泡の混じった咳をした。出血が肺まで溢れて来たんだろう。もう長くない。

 所詮、今際の際の戯言だ。ほっといても死ぬ。

 嘲笑を続ける瀕死の男を打ち捨てて、俺はその場を後にした。


 面白くもなかったが、どうせ男の事などすぐに忘れるだろう。今まで手慰みに嬲ってきた同族達と同じように。俺に敵う相手など誰一人いなかった。

 しかし男の提示した可能性は、水面下で俺の心を揺さぶっていた。


 ……魔王か。


 その呼称は耳にしたことがあった。

 数百年に一度生まれてくるという、魔族の王。最強の魔族。

 先代の魔王がいたのは何百年も前の話だ。俺が生まれる前に『勇者』とやらに滅ぼされたと聞く。

 あの男はその魔王を見知っていたというのか。魔王は俺よりも格段に強かったというのか。

 ヒトなんていう劣った種族に殺される魔王のどこが強いのかと、ずっと疑問視していたが。


 俺が生きているうちに誕生するだろうか。俺は、会えるだろうか。全魔族を凌駕すると言われる魔王に。


 出会いたい。

 ―――俺よりも強い、その誰かに。



***



 魔王が誕生した事は、その瞬間に全魔族が知る。


 世界の魔力総量が変わるのだ。俺達の暮らすこの世界が一個の水溜りだとすると、中央にでっかい石ころを投げ入れられたようなものだ。波紋が広がり、俺達は余波に震える。力のある魔族ほど、魔王の生誕を感じずにはいられない。


 誰よりも早く魔王に相対しようと、俺は駆けつけた。

 俺より遥かに強いはずのその存在に一刻でも早く巡り合い、対峙して、心ゆくまで闘いたい。勝てるだろうか。あえなく負けて殺されるだろうか。それでもいい。生まれて300年、俺の強さに匹敵する魔族はいなかった。ヒトであれ獣であれ同族であれ、一方的な殺戮にはとうに飽きてしまった。全力で死闘を繰り広げるのも楽しそうだ。俺らしくもなく、心が逸った。


 しかし辿り着いた先に居たのは、赤子だった。


 「…なんだこれ」


 俺より先に来ていた魔族達が魔王の周囲を囲んでひれ伏している。先んじられたのは能力云々ではなく、単純に距離の問題だったろう。まあ取り巻きの中には俺に匹敵するような個体は見受けられないから、何の問題もない。

 魔王本人は幼体だが、確かに抱える魔力量は半端無い。概算でも俺より倍以上、多いはずだ。威圧感もある。ずっと姿を見ていると吸い込まれるような魅了をも備えている。魔王はこいつで決まりだ。

 魔族の本能とでも呼ぶべき何かが、俺にも隷属を要求してくる。だが、俺の望みは強者と闘う事だ。俺は顔を背けた。

 …これ、俺と闘えるのか?

 てっきり魔王は大人の姿で誕生するのだとばかり、俺は思い込んでいた。


 断っておくが、魔族には同族愛も家族愛も存在しない。その時の俺にも、相手が幼体だろうと何だろうと惨殺することに躊躇いは微塵もなかった。

 ただ俺が考えていた事は、やっと巡り合えたはずの好敵手と、最良の条件下で闘いたいという、その一点だけ。だって300年も待ったのだ。焦ってどうする。

 俺は、魔王が成長して最強を極める時期を待つことにした。

 誰よりも近くで見守り、なんなら手ずから魔王を教え導き育て、確実に一番相応しい時期を見定めるのだ。

 その為には魔王の側近として傍にはべる事が、一番良い気がした。



***



 「なんじゃその喋り方、反吐が出る」

 猫目の女魔族、ルーベライトが開口一番こう言った。


 幼体だった魔王は二年掛けて成体へと育った。俺はと言えば目論見通り魔王の一の配下になっていた。

 魔王の成長の儀に来城した大勢の魔族のうちに、奇遇にも彼女が紛れていたのだ。

 この女とは昔小競り合いをしたことがある。俺ほどではないがそこそこ腕が立ったので殺さずに別れた。虎の爪の男のように、手当たり次第に同族を殺していた時もあったが、いつしか飽きてやめていた頃だ。

 長すぎる自分の寿命とか。死力を尽くして戦える相手の不在とか。魔王と出会う前、俺は色々な事にうんざりしていたのだ。


 「気色悪いわ、丁寧語。どの面下げて『私』とか言っておるのじゃ。いつからそんなキャラに」

 「いいではないですか。暇潰しですよ」

 仮面をかぶるには必要な擬態だ。魔王の忠実な側近としての仮面。

 「…楽しそうじゃな」

 「ええ、楽しいですよ? 魔王もいよいよ『成魔』しましたからね。強くなっていく魔王を見ているのは心が躍ります。貴女は魔王の寵愛目当てですか?」

 「まあな。魔王様の子種だけ貰えればよいと思っておったのじゃが……」


 この女も変わっている。普通、魔族は子供に思い入れなど持たないものだ。

 勇者一行にも進んで関わっているようだし、ヒトに興味があるのだろうか。


 「勇者がいる限り、ちと難しそうじゃな…」


 そう。

 何をトチ狂ったのか、現魔王は勇者に入れあげている。自分を殺しに来た勇者に、だ。

 俺ともあろう者が、あの時は心底震えあがった。

 万が一にも勇者に先に魔王の首を取られていたら、俺の苦労が水の泡になる所だった。300年待ってやっと出会えた魔王を横取りされてたまるか。魔王を殺すのは(もしくは、殺されるのは)俺なのだから。

 勇者ルチルが変わり者で本当に良かったと思う。


 「…ですが、それもどうなるか分かりませんよ」


 勇者を奪還しようと、ヒトが不穏な動きをみせている事には気付いていた。思い上がりも甚だしいが、やつらは魔族と対等なつもりでいるのだ。

 我が魔王はどう出るだろうか。

 宣言通りヒトを滅ぼしてもいい。あんな弱い種族、何程の事もない。

 逆に裏から手を回して政治的な円満解決を試みてやってもいい。

 少しばかり面倒ではあるが、すべては魔王と俺が闘う日までの暇潰しだ。


 「ルチル様との仲が拗れてアレク様の心が折れても面倒ですしね…」

 ふう、と息を吐くと、ルーベライトが瞳孔を広げてまじまじと俺の顔を覗き込んできた。

 「…なんですか」

 何がなし、居心地悪い感じがして身を引くと、女魔族は腹の立つ笑い方をした。

 「いや。…貴様でも結構絆されておるのじゃな」

 「はあ!?」

 不本意極まりない解釈をされて反論せずにいられるかと、俺にしては珍しく憤った時。



 ―――世界が、ひび割れた。



 水溜りの中に投げ込まれた石。その石に亀裂が入り、水面にさざ波が立った。



 魔王に重大な何かが起こったのだと、俺とルーベライトが否応なしに気付かされた瞬間だった……。


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