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第十三楽章

狩り、ウサギ料理の描写があります。

苦手な方は、とばして下さい。

 「ああ、いい匂いだな」

 夕食の仕込みをしていると、騎士様が厨房にひょこりと顔を出しました。どうやら前の廊下を通り掛かった際に、料理の香りに誘われたようです。

 「ヘリオドール」

 「ルチル、今日のメニューは何だ?」

 鼻を鳴らして空気を吸い込みながら、騎士様は私の手元を覗き込みました。

 「あれ、またウサギ。時期はもうとっくに過ぎたと思ったが」


 そうですね、ウサギに限った事ではありませんが、野禽が一番美味しいのは秋ですね。野生動物は冬越えに備えて体に栄養を蓄えるからです。春先の今の時期は、産まれたばかりの子ウサギがお勧めです。柔らかいので今晩はそのままソテーにして出します。

 大型のものは肉質が固いので、ハーブとスパイスを効かせて煮込み料理に。とはいっても、香料は匂いに敏感なアレクが嫌がるのでほんの少しだけです。淡泊に見えてわりと癖のある食材ですが、うちの城には苦手な人はいないようなので大丈夫でしょう。こちらは下準備をしておいて、明晩用ですね。


 魔族は家畜を飼うということをしないそうなので、日々の糧となる食肉は主に狩猟によって賄われます。以前はお城全体の食料庫より元・専属コック&現・料理長さんから優先的に回してもらっていたのですが(何と言っても魔王様のお食事ですからね!)、最近は実践授業を兼ねて、アレクとブラッドが肉を獲って来てくれることが多いです。

 例に漏れず、あっという間にアレクの狩猟の腕前は上がりました。本当にあの子は何をさせても瞬時に会得してしまいますね。狩猟現場に立ち会っている訳ではないので、魔力で仕留めているのか物理的に攻撃しているのかは分かりませんが、近頃はほとんど『クリーン・キル』になっています。内臓に損傷を与えずに即死させる手法です。魔族であるアレクやブラッドは肉に血が回っても気にしない(むしろ好みだ)そうなので、これは私達ヒトへの気遣いなのでしょう。正直、助かっています。


 一応、何のお肉なのか把握しておきたいので、帰城前に血抜き等の下処理だけしてもらって、調理の下拵えの段階からは私がこなしているのですが…。

 ええ、ウサギ、確かにこのところ食卓への登場回数が多いですね。

 何でしょう。偶然だとは思うのですが、ピクニックに行った後くらいから、アレクの獲物がウサギばっかりになってきているような…。ブラッドが付いていて獲物が一種類だけに偏るなど不自然極まりないような気がしますが…。

 気の所為――そう、無論、杞憂なんでしょうけれども。

 ……このままでは魔王城近辺の野ウサギは全滅してしまうのではないかとあやぶまれます。



 「ルチルの料理は本当に美味しいよな。毎日愛情の籠もった手料理が食べられて、俺は幸せ者だなあ」

 私の方をちらちらと見ながら、騎士様がお世辞を言ってくださいます。

 あらあら。ウサギ料理が続く事への不満をつい漏らしてしまったフォローのつもりでしょうか。

 「いいですよ、ヘリオドール、気を使わなくても。今度機会があったら、アレクに鴨でもリクエストしておきましょうか」

 「いや、俺は君の料理なら何でもいい…! というかむしろ、この先の生涯ずっと君の手料理だけ食べていきたいんだ……!」

 「確かに、どんなに美味しそうでも、魔王城のコックさんの料理は怖くて手が出せませんものね」


 ……え、闘病中に私が飲んだものですか? 誰が何と言おうとも、あれは単なる野菜スープでしたけどね、ええ。


 「いや、そうじゃなくて。くそ、どう言ったら伝わるんだ…」

 騎士様は短い金の髪をくしゃくしゃに掻き回しました。

 「そう、何年か先の話になるけど。アレクを立派な魔王にすることが出来て、国に帰れた時。俺は、それでも君の作る料理を食べ続けたいんだ。何だったら君の息子と一緒でもいい。良かったら考えておいてくれないか、ルチル」

 「…息子と食事がしたいのですか? 狭いうちですが、私の料理で良ければお客様はいつでも歓迎しますよ、ヘリオドール」

 今の魔王城での食事並みに豪華なものは到底お出しできないでしょうけど。

 「いや、そういう意味でもないんだけど。……うん、まあ、いいか……」

 どことなく項垂うなだれている騎士様でした。


 何でしょう、唐突に帰国の話など持ち出されて。

 もしや、騎士様はホームシックにでも罹られたのでしょうか?

 そういえば私達が故郷を出発してからもうすぐ2年が経とうとしています。

 思い出しますね、色々と。 

 


 それにしても、同じ食材が続くから文句が出るとか、よく考えたら贅沢ですよね。


 私の料理の腕は有難い事に時折褒められますが、これは元々豊富な材料を調理するための飽食スキルではなく、限りある食材を使っていかにして満腹感を出すか、同じ材料を使ってどれだけ飽きさせないでパターンを変えていけるか、どうしたら安い献立でもまともに栄養バランスを取らせられるか、むしろその為にこそ磨かれた技と言えるのではないかと思います。


 私が故郷の村にいた頃は、肉料理が食卓に上る事、そのものが稀でした。うちは貧乏母子家庭なので当然と言えば当然なのですが、キトサ村全体が裕福とは言えない辺境の村でしたので、ご近所の皆様のお宅でも食糧事情にそれ程差はなかったと思います。

 綿花栽培が村の主な収入源だったとはいえ、繁忙期以外に村の誰かが森に狩りに行くこともあり、まあ成功率は低かったものの、獲物が獲れた時には大なり小なり村民全員にお裾分けがありましたものね。助け合いは過疎地の基本です。勿論その時は私も腕を奮って調理してお返ししましたとも。

 返す返すも、本当に有難かったです。

 私が女手一つでなんとか無事に息子を育てあげられたのも、村の皆々様のおかげなのです。


 ああ、懐かしい。

 叶うならば息子に私の料理を、今度は、お腹いっぱい食べさせてあげたいです。

 息子は、今頃どうしているでしょうか。お腹を空かせていないでしょうか。満足に食事を取れているでしょうか。

 いけません、なんだか私にまで里心がついてしまいました。

 ……あの村長様が面倒を見て下さっているのですもの。きっと大丈夫ですよね。




 「わあ、美味しそうですね、ルチル様」

 ボーイソプラノな声がして、私と騎士様が振り返ると、厨房の入り口からコーンフラワーが入ってきました。先日のピクニックで会った、ブラッドの配下である魔族の少年です。

 「いい匂~い。ボクらはご相伴にあずかれませんけど、ルチル様のお料理は美味しいって評判ですよ。料理長も唸らせる程だとか。あ、ウサギですね。いいなあ。ちょっとだけ味見させてもらったり出来ませんか?」

 天真爛漫な感じでにこにこと語り掛けてくるコーンフラワーに、私と騎士様は思わず顔を見合わせてしまいました。


 「…あ、やっぱりダメですか? 紅様に怒られちゃいますかね」

 少し離れた所から私達の反応を窺って、コーンフラワーが耳をしょげさせます。…可愛らしいロップイヤーを。


 「ダメ、という訳ではないが……」

 なあ?

 騎士様がトングを持った私をつつきました。

 「ええ、味見くらい構いませんが……」

 ねえ?

 私も、騎士様の服の袖を引きました。

 それから、期せずして二人同時に、口から質問が滑り出ます。

 「「……食べるの? ウサギ」」


 ウサギ耳を持つ少年魔族は、きょとん、としました。

 「質問の意図がよく分かりませんが……食べたら何かダメなんですか?」

 「いやいやいや! だって、ウサギだぞ!? 食うのか? お前が食うのか?」

 私の気持ちは、騎士様が代弁してくれました。

 「…好き嫌いならボクありませんよ?」

 「じゃなくて、その、良くないだろう。共食いっていうか」

 「何言ってるんですか? ボク、ウサギじゃありませんよ」


 至極、もっともな事を言われました。


 そうですよね……! この子、ウサギじゃなくて魔族なんですよね……!!

 ただ、どうしようもなく耳がウサギのそれと似通っていて、その所為でまた、どうしようもなく私達があの小動物を連想してしまうだけなんですよね……!

 ああ私、息子にもう顔向けができません。『人を見掛けで判断してはいけません』と、あれ程口を酸っぱくして教えてきましたのに。私の心は汚れてしまったのでしょうか。

 この子が肉食だからって、見た目が中身と多少異なっていたからって、私達に文句を言われる筋合いじゃないですよね……!


 くぅ。

 分かってます、分かってはいるんですが。

 しかしこの胸に渦巻く不条理感は一体どうしたらいいんでしょうか……!


 「「………」」

 つぶらな瞳で見つめてくるコーンフラワーから、決まり悪気にそっと視線を外す私と騎士様。

 『純真な少年(魔族)から目を逸らす、先入観に毒された大人』の図です。うう。

 せめてもの救いは、私達大人二人の心情が完全に一致しているって事ですかね。

 ……志を共にする仲間って素敵。


 「ええと、じゃ、食べてみる?」

 一口分をお皿に取り分け一歩踏み出した私に、コーンフラワーが慌てて掌を向けました。

 「あ、ルチル様、待って下さい。ヘリオドール様に持ってきていただけると助かります」

 ん?

 少年の必死な様子に、私は足を止めました。

 「構わんが、何故だ?」

 私の手からお皿を受け取って騎士様が歩み寄ると、少年魔族はあからさまに安堵したようでした。


 「え、と、ボクですね、ルチル様にあまり近づかないように言われているんです。この間、魔王様、滅茶苦茶怖かったじゃないですか。紅様に、次は命の保証はない、自粛するようにって言われちゃいまして」

 なんとも殺伐とした内容を軽い口調で説明しながら、コーンフラワーは、お皿の上のウサギ肉を抓んで幸せそうに咀嚼します。

 「あ、美味しい! うんうん、絶品です。こんなの毎日召し上がってるんですね。魔王様も紅様もいいなあ」

 単純明快な褒め言葉に嬉しくなった私は、

 「私の料理で良かったらいつでも食べにきてね」

 と申し出ていました。喜んで肯いてくれたコーンフラワーでしたが、ふと時間が立っているのに気付いたのでしょうか、

 「いけないボクもう行かなくちゃ! 御馳走様でした、ルチル様」

 と律儀にお礼を述べて、小走りに廊下を駆けて行きました。


 「成程、それでウサギ肉ばかりなのか……」

 少年を見送りながら聞こえてきた騎士様の呟きは、私には意味不明でした。


 ナニヲイッテイルンデショウカ、へりおどーるハ。こーんふらわーハうさぎデハナイノデスヨ。あれくノコウドウニフカイイミナドアリマセントモ。ソンナコワイ、マサカ。



 ―――いつの間にか自己欺瞞まで覚えた私を見たら、息子は一体何て言うでしょうか。ふふふ。(泣)




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