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第十一楽章(Bパート)

十一楽章(Aパート)の続きです。

 「――ルチル? ねえ……大丈夫?」


 はっ。

 ふと意識を取り戻すと、そこはアレクの腕の中でした。

 心配げに私の瞳を覗き込むアレクの顔が視界一杯に広がって………って、近い、近過ぎです、アレク! そこまで寄らなくても安否確認は出来ますから!!

 いつの間にか私達は馬の背から下りていて、草原へ腰を下ろしているようでした。

 大地万歳。揺れないって素晴らしい。低い目線、大好き。ギャロップ何それこわい。(←錯乱中)

 というか私、もしかしなくても、恐怖のあまり意識がとんでいたんでしょうか。

 うわ……恥ずかしいです。私、いい大人なのに。保護者なのに。その上、仮にも勇者なのに。

 落馬しなくて本当に良かったです……。

 「涙目で縋り付くルチル……可愛い……」

 「なるほど、あの三人が相乗りの権利を奪い合う訳ですね」

 「……僕今軽く殺意が湧いたかも」

 「別段、止めは致しませんが」

 って、今、ブラッドの声まで聞こえましたよね!?

 ほうけている場合ではありません、しっかりしなくては。


 「アレク……」

 「ルチル、気が付いた? 気分はどう?」

 私は数回首を振った後、背中を支えてくれていたアレクの手をそっと外し、上半身を起こしました。

 少しふらふらしますが、これくらいなら平気でしょう。

 「―――大丈夫そうよ、アレク、ありがとう」

 眉間を軽く揉みながら周囲を見回しますと、緑の草原が広がっていました。少し高台に位置するためでしょうか、所々に低木が点在しているくらいで、あとは丈の短い草花が一面に生い茂った場所でした。そこかしこに可憐な野の花が咲いているのが見えます。空気は清浄に澄んでいて、日差しは暖かく、穏やかな春のそよ風が吹いていました。

 「ここは?」

 「ヨッカイ高原だよ! こういう場所、ルチルが好きなんじゃないかと思って」

 まあ。いつの間にか目的地に到着していたようです。

 そしてさすがはアレク。ええ、もちろん私こういう風景、大好きです。落ち着きます。ピクニックにこれ以上相応しいロケーションはないですよね。



 「ルチル、平気か?」

 静かに近寄って来ていた騎士様が、馬からひらりと降り立ちました。どうやら目的地を知っていたアレクとブラッドが先行し、残りの人達は後から追いかけてきたようです。その中でも一番乗りは騎士様だったようですね。馬術の技量から言っても妥当な所でしょうか。

 「ええ、だいぶ楽になったわ、ヘリオドール」

 お尻が少し痛いですが。筋肉痛も半端無いですが。

 「顔色がまだ青いな…。アレク、ルチルを乗せている時は、無闇に馬を駆けさせてはいけない」

 「……うん」

 教師モードの騎士様の言葉に、アレクは少しだけ悔しそうに唇を一直線に引き締めました。

 こういう時、騎士様はさすがだなぁ、と思います。都の騎士団でも日常的に部下の指導をされていたとかで、彼は人に何かを教えるのがやっぱり上手いんですよね。まあ私に剣技を覚えさせるのは無理でしたが、それは私の方に教わる才能が壊滅的に無かった所為ですものね……。

 「なんなら復路は俺が代わるが…」

 「いえ、大丈夫よ、ヘリオドール。アレク、帰りはお手柔らかにしてね?」

 「……うん……!」

 アレクの目が分かりやすく輝きました。屋外の日光を浴びているので、エメラルドグリーン色に。

 誰かに頼られるのが嬉しい年齢ってありますよね。二人乗りを頼まれただけでこんなに嬉しそうな顔をするなんて。きっと今アレクは、そういう時期なのでしょうね。


 ここですよ! 子育てで、ここを外してはいけません。『お手伝いしたい病』とでも言いますか、子供には頼まれ事が嬉しい時期というものがやってきます。勿論子供ですから、最初は大人並みに仕事が上手くこなせる訳ではありません。手直しは面倒くさいですし、下手に注意すると逆切れされますし、大人が自分でやった方が早い場合の方が多いです。けれどそこで億劫がらずに、

 「ここは上手に出来たね」

 「ここはこうすると、もっと良く出来るよ」

 「あなたが手伝ってくれてとても助かったわ。また次もお願いね?」

と褒めて育てるのです! すると徐々に上達していきますから。ええ、将来自分が楽をする為にも、手間暇を惜しんではいけません!


 アレクだって乗馬を覚えたてで早駆けさせるのが楽しい時期でしょうに、わざわざ私を乗せてくれたのですから。…本当は片道だけで充分なのですけど。お荷物な私を嫌がらずに引き受けてくれる、アレクの気持ちが嬉しいですよね。感謝の想いを伝えるためにも、私、帰りは気をしっかり持って騎乗したいと思います。まあ……常歩なみあしなら大丈夫なはずですもの、多分………。くすん。ギャロップこわい。



 騎士様の馬には敷物が積んでありました。ちなみに、アレクの馬には私という大荷物があったので、何も積んでありません。……ブラッドは? 彼の騎乗してきた馬のからの背を訝しげに見ますと、

「え? 何故私が荷運びを?」

という目つきで紅髪の魔族に見返されたので、あえて質問はしませんでした、ハイ。

 敷物を下ろして座り、休息がてらしばらく待っていますと、神官様、黒魔導師様も順次到着されました。荷物も分けて持ってくれているようですね。お茶のセットと、デザートを入れた籠と……あら? お弁当はどこに……。

 よく見ると、二人の後ろにもう一騎、馬の姿が見えます。

 乗っているのは初めて見る小柄な魔族の少年。なんだか頭部だけが大きいように見えますが……気の所為でしょうか? あ、お弁当は、あの子が持ってくれているようですね。ブラッドの配下なのでしょうか――(察し)――ああ、ブラッドが手ぶらで来た分、荷物持ちがもう一人必要だったという事ですね! 納得です!!


 「………疲れた。僕は寝る」

 黒魔導師様は荷物を下ろすなりそう言うと、敷物の端にごろんと寝転がりました。昨夜からの睡眠不足が祟ったのでしょう。乗馬は割と重労働ですからね。孤高の人だった黒魔導師様が、不承不承ながらも参加してくれたところに進歩を感じます。なんだかんだ言って先日は私の心配までしてくれたりしましたものね。…えへへ。顔がにやけてしまいます。なんだか私達、仲間っぽくなってきたではありませんか! これで黒魔導師様の毒舌が改善してくれれば言う事無しなのですが……。

 寝入ってしまった黒魔導師様にブランケットを掛けようと、立ち上がりかけた私に、神官様がそっと手を貸して下さいました。


 「立てますか、ルチル」

 「有難うございます、オブシディアン様」

 神官様は本当に細やかなお心遣いが出来る方です。ご出自が貴族階級である為なのでしょうか、動作の一つ一つが洗練されていてかつ流れるようにスムーズなので、いつも相手に気負わせる事なく、自然にエスコートを受け入れさせてしまうのです。

 「綺麗な所ですね、ここは。そうは思いませんか、ルチル」

 「はい、オブシディアン様。とても」

 神官様が薄目を開けて風景を眺める様は、まるで慈愛に満ちたこの場所を愛でているようで、私は少し誇らしくなりました。この場所を選んだのがアレクで、彼の審美眼が、神官様のお眼鏡にかなうものであった事に。私達の育てている魔王が、ヒトと同じ感性を持ち得ているという事に。



 「魔王様、紅様、お待たせしました。お弁当です」

 「ああ、そこに置くように」

 魔族の少年が籠を持って私達の方へ歩み寄ってきました。ブラッドがそれを敷物の中央に置くように指示を出します。自分の代わりに荷物を運ばせたというのに、なんだか尊大な態度です。中身はね、作り置きのバゲットでこしらえたサンドイッチなので、それ程重くはない筈ですけれど。…まあブラッドですからね。仕様がないと言わざるを得ませんがね。

 咎める様な私の視線に気付いたのでしょうか、ブラッドがこちらを振り返りました。

 「ルチル様にお目通りさせるのは初めてでしたね。これは私の部下です。小間使いのような事をさせています」

 「初めましてルチル様。コーンフラワーと申します。どうぞお見知りおきを。微力ながら今日は精一杯お世話させていただきます」

 「どうもありがとう、コーンフラワー。重いのに大変だったでしょう」


 コーンフラワーは純朴そうな少年魔族でした。髪の色はグレーで、肩で揃えたストレート。瞳は青。矢車菊のような、紫がかったブルーで……。

 って、そんな事は些末事でした。

 一番の特徴は頭です! 耳! 耳が生えています頭のてっぺんから! 紛う事なき獣耳、ウサギのような耳が! しかも垂れ耳、ロップイヤーです。きゃああ。遠目でなんだか頭部が大きいと思っていたのはこの所為だったのですね!!


 「………何わきわきしているんですかルチル様」

 明らかに胡乱なものをみる目つきで、私はブラッドに見下げられました。神官様は私に背を向けて震えています。確実に笑われている気がします。

 ブラッドはそのまま、コーンフラワーの肩を抱いて私からおもむろに遠ざけました。

 きょ、挙動不審だったですか、私?

 ウサギ耳、触ったらやっぱり駄目なのでしょうか?


 「…ボ、ボクでしたら構いません。触って下さっていいですよ、ルチル様」

 なんと。少しだけ頬を染めて、コーンフラワーがそう申し出てくれました。呆れ顔のブラッドの隣から一歩踏み出して、私の方に頭(そして耳)を差し出してくれています!

 なんて良い子なんでしょう! これは夢でしょうか。念願の獣人モフモフです!

 コーンフラワーの顔の横に垂れ下がっているウサギ耳を思う存分撫でさすり、その柔らかい感触を楽しんでいると、彼がぽつりと呟きました。

 「ルチル様は、良い匂いですね。噂どおりです。………あの、少しだけ、ホンのちょっぴりでいいんで……………齧ってもいいですか?」


 え?


 ゴメンナサイ、空耳でしょうか。

 ウサギって肉食じゃないはずですよね。聞き間違いですよね。

 今、なんて?



 「酷いよルチル、僕の目の前で堂々と浮気なんて。―――僕の居ない所だったらもっと駄目だけど」



 不意に。普段より一段低いアレクの声が横からして、コーンフラワーと私は、文字通り跳び上がりました。魔王の姿を視界に入れるや否や、コーンフラワーは「ひっ」と叫んで、顔面蒼白で逃げていきます。さすがウサギ、逃げ足は速い……って、いつの間にか神官様も騎士様もブラッドさえも見当たらないし、え、これ、立ち向かうの私一人だけですか?

 「う、うわ、浮気ってアレク、何言って」

 「――約束、したでしょう? 僕に触っていいのはルチルだけ、ルチルに触っていいのは僕だけ、って」

 いえ、それは角の話だったでしょう!? そうですよね?

 そう反論したいのはやまやまでしたが、目が座っている感じのアレクには、鬼気迫るものがあります。魔力、が噴出しているのでしょうか。物理的に物凄い圧迫感すら感じるのです。目に見えない空気の壁に押さえつけられていく感触、と言いますか。その迫力の所為でしょうか、はたまた先刻から堪えていた筋肉痛の所為でしょうか。私はへたりと腰が抜けて座り込んでしまいました。


 「僕、これでも結構我慢していたんだけど。ルチルはやっぱり分かってくれていないみたいだね。もうこうなったら実力行使しかないのかなぁ……ルチルに無理強いはあまりしたくなかったんだけどなぁ……」

 それでも容赦なくじりじりと距離を詰められて、それから少しでも離れようとする私は、どんどん敷物の端に追いやられていきます。

 「落ち着いて、アレク。誤解、きっと誤解だから。大体、さっきからアレクが何言っているのかよく分からないし」

 お尻でにざりながら説得を試みますが、何かに当たって、それ以上逃れる事が叶わなくなりました。アレクがゆっくりと近づいてくるのが見えます。

 「――分からせてあげようか?」

 見た事の無い種類の微笑を浮かべるアレクのその瞳に、少年とは思えない色香を感じて、私は息を飲みました。見知らぬアレクがそこにいます。


 その時。

 「何……やってんだルチル?」

 緊迫したこの場に相応しくない間延びした声がすぐ後ろから聞こえて、驚いた私は思わず、振り返ってしまいました。すると。

 「…うわああああああああああああああああああああああ!!」

 有り得ないくらい近距離に他人ひとの顔があって、それこそ唇が触れるか触れないかのギリギリの近さで息が触れ合って、コンマ一秒程の静寂の後、黒魔導師様が奇声を上げて跳び退すさるのが見えました。え、なんだかデジャブです。


 「あっっっっっっぶねえ!」

 茹で蛸のように真っ赤な顔で口を押さえる黒魔導師様。

 「お前! ルチル! 馬鹿じゃないのか気を付けろよ!! 危なかっただろ、もうちょっとで……する所だっただろうが!! 僕を殺す気か!」

 いえ、そんなこと言われましても、不可抗力ですし。

 叫び続けるテンションMAXな黒魔導師様に毒気を抜かれた私とアレクは、顔を見合わせました。

 「……いくら何でも、これは失礼ですよね」

 「うん、だよね」

 ラチアは本当に残念仕様だなぁ、とアレクは笑い出しました。

 私はと言えば、その笑いの屈託の無さに、どこかほっとしていて。

 無邪気な少年魔王が戻って来てくれたことに、安堵の溜め息をついたのでした。




 ちなみにその後。

 帰路のアレクの馬は、ギャロップとまではいかないまでも速歩はやあし駈歩かけあしの混在する、充分にスリリングなものでした、とだけ追記しておきます。


『ピクニックは、絶対絶対、徒歩で行くべきだと思います!』


ルチルの日記は、ここで途切れている…。

涙で字がかすれているようだ…。



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