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第十楽章

 「なあ、どうしてヒトって喰っちゃいけないんだと思う?」



 洗濯物を干した帰り、繁みの向こうから突然聞こえてきたのは、そんな言葉でした。

 私は反射的に足を止め、木の葉に身を隠しつつ、隙間から反対側に視線を向けました。

 声の主は、ここ魔王城で2~3度見掛けた事のある、キツネ目の魔族の青年でした。城内の巡回警備をしている所なのでしょう、槍を手に、同じ魔族の仲間と二人でゆっくりと歩いている様子です。

 ちなみに、ヒト族の都の騎士団とは違って、魔王城配下の魔族には制服などはありません。皆さん、てんでばらばらな格好です。共通しているのは魔族だという事、だけでしょうか。それでどうやって警備が出来るのかと思いますが、弱肉強食がモットーな魔族では魔力の強さがすべてなので、桁違いな魔力を持つ魔王に逆らおうとする者などいないのだそうです。まあ、そうでもなければ、産まれたての、見た目幼児な魔王にひれ伏したりしないですよね。あと心配なのはヒトの侵略ですが、これは魔力の違いで簡単に見分けられるそうです。ええ、私達が乗り込んだ時もそうでした……あっけなくヒトだと見破られて戦闘に突入しましたっけ……そしてその後はブラッドにこてんぱんにされて……あれ、これってもう黒歴史って言ってもいいんじゃないですかね………。

 幸い、私の居る場所は偶然、彼らよりも風下です。

 私は息を潜めて見つからないように気配を消し、二人の会話に聞き耳をたてました。


 「1年前半まではさぁ、別にダメとか言われてなかったじゃん。あいつら弱っちくて狩るのがホント楽勝だったのにさぁ」

 「そりゃお前、あれだろ。魔王様のお達しだから」

 「だからそれがなんでなんだろうって」

 「そんなの、魔王様のお気に入りがヒトだからさ。勇者一行には手を出すなって命令、お前だって忘れた訳じゃねえんだろ」

 「当ったり前だろ。俺だって、城内でヒトに会った時にはちゃんとしてるって。でもさぁ、勇者達じゃなければ良くないか? その辺の村のやつとかさ」

 「やめろやめろ。ヒダトの件を覚えてないのか? 命が惜しければヒトの味なんかとっとと忘れるんだな。魔王様の逆鱗に触れるぜ」

 「…結局、魔王様の独り占めってことか」

 「そうそう。俺達はおとなしく違う肉でも喰ってようぜ」


 雑談を続けながら二人組が立ち去っていく気配がして、しかし私はそのまましばらく、その場に立ち尽くしていました。




 「―――ルチル? どうかしたか?」

 物思いに沈みながら台所に帰ってきた私に声を掛けたのは、黒魔導師様でした。

 「…パパラチア」

 顔を上げた拍子に、涙が一粒零れました。意識しないうちに、私の涙腺は緩んでいたようでした。

 「ぅわっ!?」

 素っ頓狂な声を上げて、黒魔導師様は寄り掛かっていた壁から身を離すと、凄い勢いで私の傍にやってきました。そして鬼のような形相で私の肩をがくがくと揺さぶります。

 「っなんだ、何があった、誰かに何かされたのかルチル言ってみろ僕が百倍にして返してやるから!!」

 「…ち、ちょっと待って下さい、パパラチア」

 これだけ言うのにも舌を噛みそうです。

 「お願いだから落ち着いて」

 どうどう、と肩を撫でると、黒魔導師様は瞬時に赤面して手を離してくれました。そして私がまるで汚物か何かであるように、慌てて後方へ飛び退すさります。

 「ぼぼぼ僕は落ち着いているさ!」

 いえ、そのドモリ具合は全然落ち着いてないでしょう、貴方。きっと、我に返ったら己の激昂ぶりが急に恥ずかしくなったのですね。

 逆になんだか私の方が落ち着いてしまいました。

 ありますよね、そういうの……。目の前に自分より慌てている人がいると、パニックを起こしかけていた気持ちが急になくなって冷静になってしまうって事…。


 零れた涙を拭っていると、しばらくして動揺から立ち直った様子の黒魔導師様が、台所の椅子を乱暴に引いて、どかりと腰を下ろしました。

 「……本当に、どうしたんだよ、ルチル。一応聞いてやるから、言ってみろよ」

 どうせくだらない悩みだろうけどな、といつもの皮肉気な口調で尋ねる黒魔導師様に、私は先刻の中庭で聞いた会話の事を話しました。


 「それで、魔族とヒトとはやはり分かり合えないんだと悲しくなってしまって……」

 私の言葉に、黒魔導師様は「あ~」とか「う~」とか言いながら、がりがりと頭を掻きました。

 「……やっぱりくだらない悩みだったな」

 「パパラチア!?」

 く、くだらないでしょうか?

 「魔族の本能なんか、僕達がどう頑張ったって変えられる訳ないだろ。肉食動物に草だけ食べて生きていけっていうようなものだ。ヒトを捕食対象にしないように、っていうアレクの厳命を、魔族のやつらが守ってさえいればそれでいいんじゃないか。心中何を考えているのだとしても」

 達観した物言いに、私は思わず、黒魔導師様の顔をまじまじと見つめてしまいました。


 黒魔導師様の瞳は、ピンクとオレンジの混ざったような不思議な色です。そう、彼の目の色はとても珍しいものなのです。こんな色をした瞳の持ち主を、私は彼以外に見たことがありません。

 まあ、私の活動範囲が狭いせいでしょうけれど。生まれてこの方、故郷のキトサ村、それから都(と言っても王宮と神殿の一部くらいしか出歩けなかったのですが)しか知りませんものね。魔王城への旅路は人里離れた過疎地が中心でしたし。

 普段は年齢の割に子供っぽい言動の多い彼ですが、今の瞳は、大人びた光を放っています。アレクと同じ黒髪の、向こうに透けて見えるその瞳。それはどこか人間離れした美しさで……。


 「大体ヒトにだって、極限状況におかれたら有り得ない話ではない。倫理としてタブーになっているだけだろう。可能か不可能かを純粋に追求するのなら、魔族の在り方は、ヒトの多岐にわたる可能性のひとつであるとも言えるんだ。僕が研究しているのは、まさにそこだ。姿形がこれほどに似通っているというのに、ヒトと魔族とはそもそも全く違うものなんだろうか? 生命力、魔力、戦闘力が異なるのは分かっている。だが種としての根源はどうだろうか? 今までは捕食者・被捕食者の関係であったから起こり得なかった訳だけれども、試みの一環として、両者の間で繁殖が可能かどうか模索してみ………」

 熱く語っていた黒魔導師様は、そこで不意に声を途切らせて、

 「いや、今の発言は忘れろ。なんだかとても不愉快な予感がするからな。いいな? 忘れろよ!?」

 そのまま、ムスリとした顔で、口をつぐみます。

 ……念を押されなくても大丈夫です。途中から私、貴方が何をお話しされているのか、よく分かっていませんでしたから。


 本能は変えられない。

 私達ヒトが生きていくために食事を欲するように、魔族に必要な事は本当には捨て去れない。


 結局、黒魔導師様が言いたかった事は、そういう事ですよね。


 現時点で魔族の皆さんがヒトを食料にしない理由とは、『魔王アレクが命令するから』、なのです。

 未曽有の飢饉が起こったり、ヒトとの戦が勃発したり、絶対者であるアレクがいなくなったりすれば、簡単にたがえられてしまう、拘束力の弱い約束。今は、ただそれだけのものにすぎません。

 けれど、いつか。

 雛の頃から育てた鶏を食料としては見れなくなるように。

 愛情を交わしたペットをどれ程ひもじくても食料とすることなど思いも浮かばないように。

 魔王アレクの元でヒトとの親交を深めた魔族が、ヒトを前にして捕食を躊躇うようになってくれるのであれば。会話を交わし意思の疎通を図れる生き物のことを、食餌ではなく、種の異なる友人だと思ってくれる、そういう未来がいつかやってきてくれるのであれば。

 私達勇者一行が、親ヒト派の魔王を育てている現状は、無駄ではないのです。

 私のような型破りの勇者が存在した意味も、あったということです。


 私がアレクを愛おしいと思い、アレクが私を慕ってくれる、そういう風な関係をヒトと魔族で望んでも許される未来―――それを夢見ても良いということですよね、きっと。


 ふふ、と私が微笑むと、黒魔導師様は眩しいものを見たように、眉を顰めました。ええ、今日は天気がいいですからね。日光が目に入ったんじゃないかと思います。


 「なんだルチル、得心したのか? ……ほら、くだらない悩みだっただろう。頭脳労働は所詮お前向きじゃないんだから。そんな事でいちいち泣くなよ。低能な奴らの言う事など、耳に入れなくていい。お前は笑っている顔の方がかわ……いや、まだどうにかやっと人並みにまともに見れるんだからな!」

 …………………。

 なんでしょう、私、黒魔導師様の助言に感謝しているはずなのに、ムカムカします。

 「あ~安心したら喉が渇いた。お茶くれ、お茶」

 椅子の背もたれに上半身をもたれかけて背伸びをする黒魔導師様。

 ………身長、伸びると良いですね?

 お礼にあっっっつい紅茶でも淹れて差し上げましょうかしら。


 ………。

 

 あれ。


 でもつまりそれって、取り乱すほどに私の心配をしてくれたって事ですよね? 黒魔導師様が。

 『あの』黒魔導師様がですよ!

 「ありがとうございます、パパラチア。おかげで少し落ち着きました」

 私、なんだかジ~ンときてしまいました。

 「……なんだよ。僕、別に、お礼言われるような事、何もしていないぞ」

 目線を逸らして唇を尖らせる黒魔導師様に、私は温かいココアを渡しました。

 「…んだよ、これ。甘ったるいし、ぬるい。僕は熱いお茶が欲しかったのに」

 「あらスミマセン、間違えました。パパラチア、申し訳ありませんが、今日の所はそれで我慢して頂けませんか?」

 「とか言いながらルチルのお茶はいつもそうなんだよな……」

 本当は猫舌で甘党の彼に丁度良いように淹れた飲み物。

 黒魔導師様は無言でそれを飲み干すのでした。




 後日。

 私は思い切って、アレクに訊いてみました。

 「ねえアレク、ヒダトっていう魔族ひと、知ってる…?」

 「え。誰だっけ、それ」

 きょとんとするアレクの為に、ブラッドが言葉を添えてくれます。

 「1年ほど前、アレク様の命に逆らってヒトを襲ったグループの一員ですね」

 「ああ、あの時の」

 アレクは斜め上を見上げて思い出そうとしているようです。

 「確か処分はブラッドに一任したんだったよね。それがどうかしたの、ルチル?」

 「え、ええと、どういう措置を取ったのかしらって思って…」

 ブラッドの方を見ると、紅い髪の魔族は、微笑を浮かべました。

 「詳細は聞かない方がいいですよ? ルチル様の精神衛生的に」

 ………ブラッドがこう言う時は、もう食い下がっても無駄なんですよね。経験上、私は諦めて溜息をつきました。アレクが慰めるように私に抱き着いてきます。

 うーん。子供体温。癒されます。


 「アレク、…その、最近は、そういう違反者とかは出ていないの?」

 「うん。大丈夫。最初に厳しい処分を下したからか、あれ以来ヒトを襲った魔族はいないよ」

 「そもそも魔族の端くれが、魔王の命に逆らうなど有り得ない事なのですよ。彼らは乱心したのです」

 ブラッドからそういう内情を聞くと、私が口をはさめることではないような気がしてきます。

 「心配しないで。ルチルを悲しませたりする奴は、僕が許さないから」

 アレクが優しく笑いました。

 それで、私も、この話題はお終いにすることにしました。

 そうですよね。先日話を立ち聞いてしまったあの二人組も、ちょっと不満を零していただけですものね。アレクに表だって逆らおうとか、そんな内容ではなかったですものね。

 あれ、でもそういえば、あのキツネ目の魔族さんを最近お城の中で見かけませんが、どうかされたのでしょうか………。


 


「百倍返しだ!」

BY mad scientist パパラチア。

ちょっと古いです。

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