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  間奏:緑柱石

騎士ヘリオドール視点です。

 勇者になるなら、俺だと思っていた。


 この世に魔王が生誕した。

 討伐の為に誰かが勇者に選ばれるというのなら、それは間違いなく俺だろう、と。




 そう、俺はおごっていたのだ。

 15の歳に騎士となり、以来十数年、毎日俺は鍛錬を欠かさなかった。鍛えればそれだけ身体は応えてくれたし、努力は俺を裏切らなかったから。才能も適性もあったのだろう。なにより、強くなるのが面白かった。幼い頃から憧れ続けた騎士になれた事が幸福だった。平民出身の俺は出世こそたいしてしなかったものの、技量・力量は騎士団一だと、これは自惚れでは無く、自他共に認められていた。


 俺の親は平民だった。都の下町で、大衆相手の食堂を営んでいた。親父が腕をふるい、お袋と姉が店を仕切る。家族経営の小さな店だが、安い・旨い・ボリューム大で、そこそこ繁盛していた。両親は俺に親父の後を継いでコックになって欲しかったようだが、俺本人は、幼少の頃から騎士になりたかった。格好良くて強い男は、普遍の子供の憧れだ。下町とはいえ都に住んでいれば、騎士団にお目に掛かる機会は何度だってある。遠征の時のパレード、王宮の警備、都の治安保持のための巡回。祭りの時の騎士団の親善試合はいつ見ても興奮したものだ。

 近所の悪童が集まれば、棒切れを剣に見立てて騎士になりきり、暗くなるまで遊んだ。男子の誰もが一度は通る道だろう。だが俺の想いは、少年の他愛も無い憧れでは終わらなかった。


 騎士団への入団試験を受けると決めた時、猛反対する両親を説得してくれたのは、3つ上の姉だった。食堂なら自分が継ぐ、コックなら腕のいいのを雇えばいいし何だったら料理の出来る婿を取ってもいい、だからヘリオドールが騎士になることをどうか許してやって欲しい―――そう言って隣で一緒に頭を下げてくれた姉に、生涯俺は足を向けては寝られないと思う。

 合格を告げた時、やるなら中途半端な事はするな、みやこ一の誉の騎士となれ、ただそれだけを言って送り出してくれた親父にも。



 そうして俺は無事王立騎士団に入団し、一介の騎士となった。

 平民出身という事もあり最初は一番下っ端の騎士見習いから始まったが、18になる頃には小隊長をまかされるようになり、20代で部隊長になった。その頃には剣で俺に敵う騎士は国内にはいなかった。他国との親善試合でも常に優勝していたし、戦も経験した。30になった時、団長補佐に抜擢された。ちなみに副団長は貴族出身のお飾り野郎だったので、実質的に言えば俺がNO.2だった。俺と同じ平民出身の叩き上げである団長の年齢は50代で、肉体的な個人戦闘だけに限って言うならば、団長より俺の方が純粋に強かった。まさに俺TUEEE状態。勘違いするのも無理はないだろうって話だ。

 まあ団長あのひとにはそれ以外の頭脳戦とか人望とか器の大きさとかで、未だに頭上がらないんだけど。


 そんな所に降って湧いた勇者選定の話。

 周囲は色めきたった。俺こそが勇者に選ばれるだろうと。

 口では謙遜しながら、実の所、俺本人もそう思っていた。俺こそが勇者だと。俺以外に誰がいるのかと。今にして思えばお笑い草だが、大岩から勇者の剣を引き抜くのは自分だと、あの時の俺は根拠も無く確信していた。

 ―――現実の厳しさを知るのにかかった時間は数秒だった訳だが。




 俺のみならず、騎士団の誰にも、都中のありとあらゆる腕自慢の人にも抜けなかった勇者の剣。

 その正当な持ち主を求めて、使者が辺境へと旅立った。勇者を探す旅だ。俺は大岩を積んだ馬車を見送りながら、自らに誓った。魔王討伐に向かう、勇者の一行に是が非でも加えてもらおうと。

 俺以上に強いはずの勇者、その仲間となり、慢心した己を鍛え直すつもりだった。


 はたして勇者は辺境のキトサ村でみつかったという。

 俺の固い決意を聞いてしぶしぶ団長から休職の許可が下り、俺は勇者と対面した。

 一体、誰が想像するだろう。

 屈強の男達総掛かりでも抜けなかった剣を引き抜いた勇者が、妙齢のたおやかな女性だとは。


 そりゃあ可愛いけど。

 さらさらと流れる茶色の髪に、焦げ茶色の穏やかな眼差まなざし。化粧気のない顔立ちは一見地味だがよく見ると整っていて、小振りな口元は常に微笑を湛えているかのよう。細身の身体には、都で流行っている華美なものとは違う、質素な村娘の衣服を纏っている。若く見えるが、実年齢は俺と同じくらいだろうか。清楚で可憐な、癒し系。

 やばい、可愛い。というか、どストライク。



 なんで。

 なんでこんな女性が勇者なんだ。

 何かの間違いじゃないのか。



 と、俺の気持ちが伝わったのか、眼前の女性――ルチルが、戸惑ったように口を開いた。

 「同感です。なんで私なのでしょうか?」

 「……君は!! 勇者になるという事がどういう事か、本当に分かってここにやってきたのか? 魔族や魔王と戦わなくてはならないんだぞ! 君のような女性に、闘いの心得などあるのか!?」

 「いえ、それが全く……。都にも半ば無理矢理連れてこられまして……」

 「何だそれは駄目だろう!! 俺が! 俺が君を守る!! というか守らせろ、同行させてくれ、いいな!?」

 「え? ええと、騎士様?」

 「ヘリオドールだ。そう呼んでくれ。俺は君の騎士。仲間だ」

 「え、あの、………はい………?」



 当時、俺の同期の騎士団員や地元の友人らは、そのほとんどが既婚者となっており、家族を持っていた。けれど俺はかたくなに独り身を貫いていた。

 それまで恋愛というものを全くしてこなかった訳ではない。えある王立騎士団に所属しており、独身で、(自分で言うのもなんだが)平民としてはかなり将来有望な方だったのだから、それなりにモテた。交際した相手も何人かいたが、結婚には至らなかった。結局、俺の中で常に重要な位置を占めていたのは、好いた惚れたではなく、騎士としての己の実力を上げる事のみだったのだ。

 疑いも無く、そう思いこんでいた俺だったが……。


 ルチルに逢った時、分かった。

 俺が今まで恋愛だと思っていたものは全部偽物で、今この瞬間叩き落されたこれが、この気持ちこそが、恋だと。

 ルチルに逢うために俺は生きてきたのだと。

 ―――早い話が、一目惚れだった。




 その後紆余曲折あり、討伐するはずの魔王の教育係として、俺達は今ここ、魔王城に居る。

 俺達というのは、俺とルチル以外に、神官オブシディアン、黒魔導師パパラチアのことだ。この二人もどうやらルチルに惚れているらしく、道中も俺の恋路を何かと邪魔してくれた。

 しかし俺の気持ちは揺らがない。俺がルチルに一番相応しい。神官は職業上婚姻できない身だし年齢だってルチルより10も上、黒魔導師に至っては性格に難があり年齢は10も下で問題外だ。ルチルが未亡人で子供が一人いると聞いた時には驚いたが、再婚だって構わない。もともと子供は嫌いじゃないし、ましてや愛しい女の息子になら、きっと愛情が持てるはずだ。俺が惚れたのはそういう過去を背負ったルチルなのだからな。


 ルチルと共に魔王を立派に育て上げ、晴れて国に帰ったあかつきには、彼女に正式に結婚を申し込もう。

 ルチルは恋愛に少々疎いみたいで、俺の再三に亘るアプローチにも気付いてもらえていないようだが、そこは気長にやるつもりだ。ルチルは今、幼い魔王の養育に一生懸命みたいだし……。

 魔王アレクは可愛いし賢い、俺も情が湧いてきている。

 剣筋もいいし、鍛えればかなりの腕になると思う。うん、子育てってこういう感じなのかもしれないな。俺、ルチルの息子とも結構仲良くやっていけるんじゃないだろうか。


 魔王が幼児だと知った時には驚愕したけれど、さすが魔族というべきか、ぐんぐん成長して今じゃ10代の少年くらいだものなぁ……。



 ただ。

 ルチルを見つめるアレクの視線が意味するものは、(仮の)親子愛ではないんじゃないかと最近感じるようになってきた。

 子供だからと油断していると、犬達が争っている間に狼が羊を食う、なんて羽目になりかねない。


 俺が本当にライバル視すべきなのは、神官でも黒魔導師でもなく、少年魔王なのかもしれない―――。

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