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第一楽章

 私、このたび勇者になりました。

 32歳既婚、一児の母ですが、何か?





 思い返せば、私が育ったのは辺境の村でした。

 キトサ村という名の私の故郷は、綿花の栽培が主流の、穏やかで平和な農村です。

 孤児だった私は、拾われた教会で育ちました。将来はこのまま修道女になろうと思っていた私でしたが、幼馴染みであった村の青年と思春期になって恋に落ち、17歳で結婚してその翌年には愛息子まなむすこを出産、貧しくとも愛のある暮らしを送るも、流行病はやりやまいで夫を亡くし、若い身空で未亡人となったのは20歳の頃。以来12年間、幼い子供を抱えながら昼夜問わずに必死に働いて、なんとかやって参りました。


 勿論、周りの方々の手助けも大きかったからこそだと思います。生活苦から我が家の畑を手放さずにはいられなくなった後も、良心的な価格で畑を買い上げて下さった上にそこの労働力として私を雇って下さった村長様や、無料で息子に学問を教えて下さった私の育ての親でもある神父様、なにくれとなく気配りして下さった近所の皆様。今でも足を向けては寝られません。

 実をいうと再婚の話も何度か頂きましたが、亡き夫の事を思うとなかなか首を縦には振れず、母子二人きりのつましい生活を続けてきました。もともと神の花嫁になるつもりだったこの身、息子だけで私の愛情は充分に満たされていたのです。


 その息子も14歳になり、反抗期真っ最中の頃。

 辺境の我が村に、都から王家直々の使者がやってきました。

 なんでも、魔王が現れたとか。

 魔王? 魔族?

 お話には聞いたことありますが、実際見たことはありません。遠い遠い所に魔王城というものがあって、その国は魔族で溢れているんだとか。どうやらこの世には数百年に一度、魔王が誕生するらしいのです。


 魔王討伐の為に、勇者を探している。

 そう使者が告げると、村中の男達がどよめきました。

 もしかして、勇者は自分なのでは。辺境の村で今までのほほんと綿花を育ててはいたけれど、実は。

 娯楽の少ないこの村の住人がそう期待してしまうのも、仕様がありませんよね。一生一度の男のロマンってやつです。

 無論、厨二病真っ只中の私の息子も例外ではありません。

 少年、青年、中年問わず、村の男達は全員腕試しに行きました。


 使者が持参したつるぎ。不思議な事に、大岩に先端が突き刺さったままになっているその剣を、抜けた者こそが勇者だというのです。

 村の男達は皆剣を抜こうとこぞって試してみましたが、誰一人成功はしませんでした。

 どうでもいいけど、大岩ごと剣を運ぶのはさぞ重かったでしょうね。使者さん偉い。(馬車に積んであったので、実際国中を歩いて運んでいたのは馬でしたが。……馬さん偉い。)

 私の息子も男友達数人と一緒に挑戦してはみたものの、あえなく失敗だったようです。

 けれど、諦められなかったんでしょうね。

 その夜、息子は独りでもう一度剣に挑戦しに向かったのです。

 夕食時から思い詰めた様子の息子を訝しく思っていた私は、こっそり後を付けました。


 勇者の剣は馬車に載せられたまま、使者の泊まる村長の家の前にありました。大岩に刺さったままですから、持ち逃げなど誰も心配していなかったのでしょう。まあ、うちみたいな素朴な村に、そのような不遜な人物など元からおりませんけどね。

 息子は馬車に上がり込むと、剣の柄を握って、大岩から引き抜こうとしました。

 数分、格闘したでしょうか。

 1ミリも動いた様子の無い剣から手を離すと彼は大きく溜息をつき、ひどくしょげた様子でとぼとぼとうちへ帰って行きました。物陰から見守っていた私は、息子に気付かれないようにそのまま息を潜めていました。このような場面を見られたら息子が酷く傷付くだろうと思ったのです。


 少し間隔をあけてから私もうちに帰ろう。三軒先のお宅で話し込んでいたとでも言い繕えばいいわ。

 そう思いながら月明りの中で馬車を眺めていた私でしたが、次第に好奇心が湧き上がってくるのを抑えられませんでした。

 あの剣、……本当に、びくともしないのかしら?



 好奇心は猫をも殺す、とはよくぞ言ったものです。

 あの晩、普段起こさないような気紛れから馬車に乗り込んで試しに勇者の剣に触れたりしなければ、今私がここでこうしていることもなかったでしょうに。

 ルナティック――月光には狂気が宿る、とも言いますから、満月の晩だったのがいけなかったのかもしれませんね。

 まあそのような事、いまさら言っても繰り言です。

 結局私は勇者の剣をものの見事に抜いてしまい―――ええ、チーズを切るより楽々でした―――、『勇者』と呼ばれる者になってしまったのですから。



 私が勇者に選定されたと知った時、息子が呟いた言葉が未だに忘れられません。

 「オレが勇者になったら、母さんに楽をさせられると思ったのに。……なんで母さんが勇者なんかになって、また苦労しないといけないんだよ!? 酷過ぎる……!!」

 ―――うっ、思い出しただけで泣きそうです。

 反抗期で分かりにくかったけど、ちゃんと母親想いの良い子に育ってくれていたのですね。

 息子よ、厨二病なんて思っててごめんなさい。


 あれよあれよと言う間に勇者にされて、「後の事は心配するな」と言ってくれる村長に泣く泣く息子を託し、私は王家の使者と共に都へ向かいました。当然勇者の剣を携えて。長い間封印されていた大岩から刀身を現したそれは、鞘が無い事以外はいたって普通の剣のように見えました。と言っても、当時の私は抜身の剣を見る事自体、初めてだったのですけれどもね。


 いい年をした既婚者(自分で言っても切ないですが)、それも女性が勇者に選ばれた事に、王家の方々も都の神官も、皆々様、それは驚かれたようでした。いえ、本人である私が一番、驚いているんですけどね?

 けど実際に勇者の剣が大岩から抜かれて目の前に抜身で存在しているのですから、どなたも否定のしようが無く…。

 なんでも聞くところによりますと、使者が我がキトサ村に立ち寄る前にも、国中至る所で勇者の選定は行われてきたそうなのです。王都でも、王族、貴族は言うに及ばず、騎士、平民、望めば誰でも腕試しさせてもらえたんですって。あらゆる辺境の地を巡ってそれでも候補者が見つからない場合は、他の国に探しに行くことも半ば決定事項だったとか。

 それ故、国内から勇者が現れただけでもおんの字、細かい事に文句は言うまい、という雰囲気が蔓延している王宮でした。


 さて、私は32年間、綿花を育てて生計を立ててきた女です。家事、育児は人並みに。特技はと言えば、聖歌隊の伴奏に教会のオルガンを弾ける事くらいでしょうか。これは孤児の私を引き取って育てて下さった、キトサ村の神父様のおかげなのですけれど。

 そんな私が勇者に選ばれても、満足に剣が振るえる訳がありませんよね。

 魔王討伐の為に、勇者の仲間が募られる事になりました。

 選考基準は良く分かりませんが、最終的に、騎士様、神官様、黒魔導師様の3人が仲間になってくれて、私を含めたこの4人で魔王城に向かうことになりました。



 ――長い旅でした。



 振り返ると、つい、遠い目になってしまいます。


 馬に乗れなかった私を3人が交代で相乗りさせてくれ、その順番がしばしば言い争いの種になっていた事とか(迷惑だったですよね、スミマセン)………宿屋で全員同部屋で良いですと言ってしまった後、3人がかりで延々正座でお説教された事とか(だって部屋代が勿体無いじゃないですか、何故いつも私だけ一人部屋だったのでしょうか?)………道中、剣を習っていた騎士様に「君には才能が無い、諦めて大人しく俺に守られてろ」と宣言されてしまった事とか(剣、下手糞ですよね、ハイ分かってます)………神官様に「貴女は聖女と呼ばれるべき方です。帰国したら是非私と共に神殿にお仕えしましょう」と職場勧誘された事とか(そんなに向いてませんか勇者に? 知ってましたけども! クスン)………黒魔導師様に「お前本当に経産婦なのか? 初心うぶ過ぎるだろう。何なら一からこの僕が手取り足取り教えてやろう」と蔑まれた事とか(どうせ田舎者で世間知らずですよ! 無知蒙昧ですよ! うっうっ)………。


 そうして多事多難な旅を続ける事半年、私達勇者一行はとうとう魔王城に辿り着いたのです。

 魔族の守る城門を突破し、魔王討伐という本懐を遂げんと、私達は決死の覚悟で城内に乗り込みました。


 とは言っても、予め戦力外通告を受けていた私は、勇者の剣を掲げてただ立ち尽くすのみです。騎士様、神官様、黒魔導師様が私の周りに円陣を組み、剣、弓矢、呪文、あらゆる手段を持って敵を殲滅し、障害を排除し、魔王城の中枢へと向かいました。


 今にして思うと、おそらく私個人には神官様の手によって防御の結界が張られていたのでしょう。仲間は皆、満身創痍でした。ボロボロでした。私一人が無傷で、闘いもせず、体力も温存されていたのです。それもこれも、魔王を討伐するため。魔王の居る玉座まで、勇者である私を確実に送り届けるためでした。


 「「「勇者! 今だ!!」」」


 3人の声が聞こえた気がしました。

 結界の中にいて周囲の様子が良く見えていなかった私の目に、不意に鮮明な視界が開けました。黒魔導師様による転送です。玉座に座る黒衣の姿が、一気に至近距離に見えました。

 これが魔王なのだわ。

 咄嗟に悟った私は、勇者の剣を大きく振りかぶりました。剣技の上達しなかった私が唯一騎士様に教えてもらった技……『ぶった切る』しかない、と思ったのです。

 「魔王! 覚悟!」

 その瞬間、魔王と目が合いました。そして。



 「―――だぁれ?」



 ああ、なんという事でしょう。滅すべしと言われ続けた極悪非道な存在のはずの魔王は、まだ言葉もたどたどしい幼子おさなごだったのです。

 


 



 


 


 

 


 


 

 

 



 



 

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