酒が強い私
乾杯はビールに決まっている。
仕事で疲れて、喉はカラカラ。冷えた中ジョッキを片手に持って、一気に喉に流し込む。中ジョッキは凍らせるぐらい冷やしてほしい。
(ああ、これがのど越し)
体ではじける炭酸。
口に広がる渋み。
そして、胃に流れ込む冷たさは、熱を持ち始める。
ああ、ビール。
乾杯はビールに決まっている。
可愛げがない?
女子は梅酒かカシスオレンジ?
何をおっしゃいますか?仕事終わりのビールは至福の時でしょ。どうせ、飲み放題なんでしょ。だったら、好きなだけ好きな酒を飲めばいいでしょ。だから、乾杯はビールに決まっている。
――私、ビール飲めないんですぅ
そんなこと、私の目の前で言わないで。私は何よりビールが大好き。最初の一杯目のビールは何よりおいしい。
乾杯はビールに決まっている。
私は大学時代に居酒屋で働いていたからよくわかる。
乾杯はビールに決まっている。
これが、飲み会の基本。早く飲み物が提供される。
だから、動きの悪いホールスタッフを見ているとイライラする。私にホールを任せてくれたら、ぐんぐん回すのに。オーダーとって、料理運んで、ジョッキだって両手に六つ持てる。ビールジョッキを二杯以上同時に入れることもできる。
乾杯はビールに決まっている。
早く始まらないかと、私は居酒屋スタッフの動きのチェックをしながら携帯を見た。
飲み会の始まりは二十時から。私は的確に仕事を終わらせて会場にいた。やれば早いのだ。その気になれば、仕事はすぐに終わるのだ。
会場は、病院近くの居酒屋。
言い出した医師の誘いを断れず、私以外の何人かも生贄になっていた。
言い出した者が遅れてくる。なんて理不尽なのだと思いながら、私は携帯の時計を見た。
時間は二十時二十分を過ぎていた。
頭に思い浮かべる。
――ビール
――ビール
――ビール
家では極力晩酌をしない。家で飲み始めたら、何かに負けた気がするのだ。よほどのことが無い限り、飲まない。だから、飲み会は酒が飲める数少ない機会なのだ。
――ビール
――ビール
――ビール
こうなったら、飲むしかない。明日は夜勤入り。深酒しても、仕事の始まりは十五時から。今日は飲める。
どうせ知った人もいないのだ。こうなったら、飲むしかない。女子力もすべて無視して、私はおいしいビールを飲む。可愛いお酒よ、私の前から立ち去れ。たとえ、親父くさいといわれても、私はビールが好きだ。
飲み会が始まったのは、二十時半を過ぎたころ。結局、医師がこれないと連絡が入り、飲み会が始まったのだ。
乾杯はビールに決まっている。
女子が好きなシーザーサラダ。そんなもの無視して、刺身を食べながらビールを飲む。
揚げ物はから揚げ。
焼き物はほっけ。
なんて、食べながら、飲んでいるのはビールから焼酎へと変わる。
父は酒が強い。私はしっかりと、そのDNAを受け継いでいるのだ。
酒は飲んでも飲まれるな。そうです。私は酒に飲まれたことはない。この酒豪っぷり、義兄よりも義弟よりも、私は父と互角に飲める。毎回毎回、帰省の旅に酔いつぶれてる義兄や義弟とは格が違うのだ。
父のバカだ。私に飲ませれば、だれよりも一緒に酒に付き合うのに。我が家は明治時代かと思うほど古風な家訓の家。だから、私は実家では一滴も飲まない。
こんな時なのに、実家を思い出すから姉や妹への強烈な劣等感と、実家への不満がこみあげてくる。私はその気持ちを抑え込むように、焼酎を飲む。
特に話すことなんてないから、聞き流しながら、酒を飲む。
飲んでも食べる量が減らないのだから、太るのは当然だ。
「吉浦さん、強いなあ」
菊野が私に熱燗を差し出した。
「飲めるでしょ?」
気づけば、一人、二人と人数が減っている。
飲めるか?
そんなこと決まっている。
「当然でしょ」
私はお猪口を差し出した。日本酒だろうが、ウイスキーだろうが、カクテルだろうが、果実酒だろうが、冷酒だろうが、どんと来い。どうせ明日は夜勤だし。今日は飲むしかない。嫌なことを忘れて、ただ、ただ飲む。
特に話すことはない。そこにあるのは酒だけだから。
仕方ない。
大丈夫。これまで酔いつぶれたことはない。
もんくあります?
可愛げがないですか?
誰よりも深酒に付き合いますよ。
これが、酒が強い私。