付き合いの良い私
TQMに参加を命じられて、一か月。とうとう、第一回目の会議となった。集められたのは、医師、看護師、臨床心理士、ソーシャルワーカー、介護士、作業療法士、言語聴覚士などだ。各職種一人でないから、それなりの人数が集まっている。
第五会議室に集まって、四角く並べた机に座ると居心地の悪さを覚えた。
季節は五月。
普段は病棟で走り回っているから、冬でも半袖で寒くない。じっと座っていると、五月でも肌寒く感じるのだから不思議だ。カーディガンを買う必要があるかもしれない。そう思った。他の皆は長袖なのに、私一人だけ半袖なのだから。
最初は自己紹介から始まる。
チームリーダーを務めるのは、作業療法士だった。
「作業療法士の菊野です」
チームリーダーは作業療法士の菊野だと、私は頭に残した。
順々に自己紹介をして、当然私も口にした。
「この認知症チームですが、当院で増加する認知症患者様の抑制を減らすことと安全なケアの確立のために……」
始まった会議を聞きながら、私は机の上の資料を見つめた。
菊野がTQMメンバーに意見を求めても、誰も挙手なんてしない。当然だ。ここにいるのは、赤の他人。作業療法士、言語聴覚士は同じリハビリテーション部だから面識があるのかもしれないが、私は誰も知らない。
病棟訓練だとかで、見かける程度のリハビリの人達。
顔の名前だけ知っている医師。
顔と名だけ知っているソーシャルワーカー。
存在をかろうじて知っているぐらいの臨床心理士。
同じ看護師であっても、あまり知らない。
菊野は困っていた。
それは見て分かるが、私が手助けをする理由もない。
結局、一時間の会議で何が決まって、何が進んだのか私には分からない。そもそも、、何がしたいのかも分からない。
「皆で飲みに行こう」
医師が突然言った。
はあ?
あんた、自分が飲みたいだけでしょ。
私の頭の中でクエスチョンマークが動き回った。なぜ、飲みに行くのか分からない。
だって、赤の他人だし。第一誰が、いつ行くのか。
「今日、飲みに行きましょう」
断ればいいのに、菊野が医師の提案に乗った。
「私、子供がいるんで」
一人が断った。
「夫に話していないので、いきなりは無理です」
数人が断った。
「今日は忙しいので」
当然だ。いきなり、飲みに行くと言われて「よし、行こう」なんて、気前の良いことを言う人なんているはずがない。
よし、私も帰ろう。
そう思っている私に直々の指名があった。
「吉浦さん、飲みに行きましょう」
それは菊野の指名だ。確かに、私は独身だし、暇だし、それでも知らない人と飲みに行くつもりはないし、医師と飲んだって疲れる方が大きい。それが、若い医師でなくて、貫録を積み上げた年配医師ならなおさらだ。
「確かに、吉浦さん独身だしね」
後押しをするように、辛うじて知っている看護師が私の背を押した。
生贄だ。
私は最早、生贄だった。
断れない私。
「分かりました」
だから私は付き合いが良い。だって断れないんだもの。
誘われたら断らない。
断れない。
つまり、付き合いが良い。
本当は断りたいんだよ。
逃げたいんだよ。
だって、私忙しいですから。忙しいですから、病棟で仕事をしなくちゃいけないんです。たまには家に早く帰らしてください。それでも断れない。断れないから、付き合いがいいと人から見られてしまう。
気持ちと裏腹な評価。
これが、付き合いの良い私。