実家に帰れない私
TQMを押し付けられて、仕方なく家に帰った私は、缶ビールを飲みながらテレビを見ていた。バラエティ番組を見ながら、断れない自分を責める。
「めんどくさいな」
家では言えるのに、師長には言えない。そもそも、頼まれたことは全力で成し遂げるのが私のモットーなのだ。
今日のディナーは、行きつけの弁当屋のから揚げ弁当。年を重ねると、体に肉が付きやすくなるから、最近は控えている。もちろん、ビールも同様だ。それでも、今日みたいな日は飲まなきゃやってられない。
食べることは、人の欲求の一つ。
最大のストレス発散なのだ。
どうしようもない日には、どうしようもないことが重なる。
私の携帯が音を立てる。今はスマートフォンが主流の時代だけれども、私の携帯は俗にいう「ガラケー」だ。なぜ「ガラケー」と呼ばれるのか知らない。使い始めて四年近く。特に不便はないから、機種変更をするつもりはない。
携帯のサブ画面には、「母」と表示されている。電話をかけてくるなんて珍しい。
携帯を開いて、ボタンを押す。
「もしもし……」
母と話すのは久しぶりだ。
――恵美ちゃん。久しぶりね。元気にしてた?
電話口で母の陽気な声が響いた。
「お母さん、どうかしたの?」
――今ね、芽依ちゃんたちと佐和ちゃんたちが帰ってきてるのよ。恵美ちゃんが何をしているのかなって思って。
電話の先で子供の泣き声が聞こえる。
姉の子供「慎一」と「美苗」が騒いでいるのだ。母も立派なおばあちゃんだ。
「別に、何もしていないよ」
母は素直だ。だから時に腹が立つ。
――慎ちゃんも美苗ちゃんもかわいくてね。次は、恵美ちゃんの番ね。
母の悪気のない言葉が胸に刺さる。
――恵美ちゃん、彼氏ぐらいいるんでしょ。一度連れてきなさいな。
私は何も言えない。
――そうそう、大輔くんがね、お土産に立派なお肉をくれたのよ。健吾くんは、お父さんの好きなお酒をくれてね。本当に、芽依ちゃんと佐和ちゃんは素敵な旦那さんをもらったわね。
母は義理の息子たちを自慢に思っている。
悪気のない母の言葉が胸に刺さる。
――お父さんがね、息子三人とお酒を飲むのが楽しみだって言うのよ。
悪気がない分、たちが悪い。二度と、電話には出まいか、と思うほどだ。こうやって、電話をかけてくるのは、何か楽しいことが会った時。姉や妹が帰省したとか、義兄や、義弟が立派なことをしたとか、そんな時。
電話の内容は決まっている。
――恵美ちゃんも、仕事ばっかりしてちゃだめよ。
次に続く内容も分かる自分が怖い。
――子供は早く生まなきゃ危ないっていうからね。
いつもの内容。二十七になって仕事ばかりの私は、家にとって理解しがたい存在。
「分かった。私、忙しいから」
言って、私は電話を切った。
私の家は、明治時代かと疑うほどの古風な家だ。男が台所に立つのは御法度。そこにあるリモコンでさえ、離れたところにある女が取りに行かなくてはならない。女がお酒を飲むのも御法度。女は酒を飲んではならず、夜に出歩くことも御法度。そして、女は結婚して子供を生まなくてはならない。
私が中学三年生の頃、祖父母が言った。
――女の子に学をつけても無駄なだけ。金を捨てるようなもの。
私は父に頭を下げて進学校へ行き、奨学金を借りて国立大学へ行き看護師の資格を取った。奨学金を自力で返済し、それでも立派に貯金をしている。稼ぐお金は男以上。
それでも女だから、親の前では自由がない。立派に働いているつもりでも、それが通じない。
姉の結婚式の時、妹の結婚式の時、親戚一同から列席者のところへ挨拶に行き、良縁を探すように言われた。
どれだけ働いても、どれだけ社会的に認められても、家では私は不要な存在。姉と妹が女としての幸せを手に入れたのだから、私は最早不要な娘。
どれだけ立派な人を探しても、姉は妹の旦那と比べられて苦しいだけ。
実家に帰れば、針のむしろ。
だから私は実家に帰れない。
これが、実家に帰れない私。