断れない私
気前が良いのと、断れないのと、どちらも紙一重。
ある日、私がいつものように、実働部隊として、的確なる業務をこなしていると師長から御声がかかった。
「吉浦さん」
速足で歩く私を、師長の呑気な声が呼び止める。
「はい?」
目の前にあるワークシート。その日の受け持ちの患者様の疾患や処置が記載されている。定められた時間に定められた処置をする。コールがあれば、対応し、処置の合間にオムツが汚れていれば交換する。はっきり言って、私は忙しい。
抜け目のないように動いても、それでも私は帰宅時間が遅い。そんな私に、職場での無意味な会話は不要だ。
そう、私は忙しい。
「吉浦さん、あなたTQMに入ってくれない?」
師長は一枚のコピー用紙を私に差し出した。
はい、それは今言うことですか?
そもそも、なぜ私ですか?
なんて、師長へ言いたいことはたくさんあったが、これでも上下関係は大切にする私。師長という病棟看護師の頂点に立つ存在に、気安いことは言えない。
私は忙しい。
TQMなんてしている暇はない。
TQMとは何なのか?
TQMとは「Total Quality Management」の略称のこと。
TQMとは何をするものなのか?
私が勤める病院でTQMが発足したのは去年のこと。より質の良い医療の提供を継続的に発展させるために、職種を超えて働きかけること。実際のところ、私はTQMで何をしているのか分からない。
「TQMですか?」
私は戸惑いながらも師長へ問い返した。
「そうそう。TQMの認知症チームに入ってくれない?」
「はあ……」
私は思った。断らなくてはならない。断らなくては、私は今以上に忙しくなる。
でも……
「よろしくね」
師長は踵を返した。
断れない。
断らなくちゃいけないのに、断れない。
これが、断れない私。