恋する私
TQMメンバーの笠木さんの結婚式は無事に終わり、私と菊野が苦心して選んだプレゼントも喜んでもらえた。それでいい。
そして、菊野と外出してから、私の菊野に対してみる視線が変わった。鬱陶しい面もあるが、年上の大人の余裕がある。私の弱いところも何もかも、受け入れてくれる。そんな気がした。
菊野は仕事への熱い情熱を持っている。
何より、患者様への「一言」「一言」が温かい。
忙しくても、疲れていても、患者様の前では余裕を失わない。
代わりに、仕事を雑に行うスタッフに対して苛立ちを見せる。
ただの仕事人間?
私は菊野を見ていた。
違う。
菊野の目には、患者様の人生が見えていた。
これからの未来を見ていた。
その人のために、妥協を許していない。
自分にとても厳しくて、他人にとても優しい人。
なぜだか携帯をカチャカチャする私。
メールを見ても、菊野はメール無精だ。
TQMの会議の時、菊野と会う。
それだけ。
それだけ。
仕事のメールはきちんと返してくれる。
それだけ
それだけ。
そもそも、何を期待していたのだろうと思った。
それでも、私はサービス残業を続ける。
こうしていれば、もしかしたら菊野が来るかもしれない。
菊野に誘ってもらえるかもしれない。
菊野は仕事熱心だから、病棟にしばしば姿を見せる。
それだけ。
それだけ。
「〇〇さんの調子はどうですか?」
「△△さん、だいぶ良くなりましたよ」
話題は患者様のことか、TQMのことだけ。
それだけ。
それだけ。
なぜ、声をかけてくれた時に可愛く答えられないのだろうか。
なぜ、自分から誘うことができないのだろうか。
「〇〇さん、点滴も明日で終わりそうです」
「△△さん、トイレの介助が楽になりました」
それだけ。
それだけ。
患者様のことがきっかけでいい。そのきっかけを広げることができない。
そんな内容でもうれしい。
声が聴ける。
目を合わせられる。
それだけ。
それだけ。
菊野がいるなら、すっぴんをやめて頑張って化粧をしようか。
突然、化粧をして気持ち悪く思われないだろうか。
どうせ、眼中にないのに私は何をしているのだろうか。
一人で寂しい私。
結婚できない私。
仕事しかない私。
少し変わりたい気がするけれど、結局何も変わらないのだと思い知らされる。
家に帰って、ベッドに入る。何ともいえない気持ちになるのはなぜだろうか。このまま私はこのままなのだろうかと。このまま居場所のないままなのだろうかと。必要とされないのだろうかと。
結局のところ、私を必要としてくれているのは職場だけ。それでも、職場の私は頑張りすぎている私。ありのままの私じゃない。本当の私は弱くて、情けないのだから。
携帯が鳴って、反射的に電話に出ると、それは母からの電話だった。
――恵美ちゃん。今、大丈夫?
なんて言いながら、母は私の都合なんて気にしていない。
――あのねえ、お正月には帰ってくるでしょ。休みとれるの?
まだまだ先の話だ。まだ、勤務希望を出す時期でもない。
「そんなの分からないって」
――でも、お正月ぐらい。みんな集まるからね。ね。
なぜだろう。無償に腹立たし。
「忙しいから切るよ」
本当は、こんなに刺々しく返すつもりはなかったのに、私は電話を切って布団を被った。
ふと、菊野の姿が思い出された。
――世間的に見たら、可愛い方でしょ。
その言葉で、ダメな私を受け入れてもらったような気がしたのだ。はっきり言って、私は菊野に恋をしていた。
菊野に受け入れてもらいたかった。
ダメなところも。
情けないところも。
弱いところも。
それだけ。
それだけ。
これが、恋する私。




