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遊びに行く私

 仕事を続けながら、TQM活動も続ける私。仕事は相変わらず忙しくて、私は相変わらずの生活だ。二週間に一度のTQM会議。最初はぎくしゃくしていたTQMメンバーも、少しずつ打ち解けはじめていた。年齢も職種もバラバラ。それでも、各所属長がTQM認知症チームに選抜した人たちだけあって、基本的には熱意のある人たちだった。


 これまでの私は病棟に入って、病棟の中の人間関係で格闘していた。それがとても狭い世界だったのだと、教えられる。


 TQMだけで出会う人間関係。それは、楽な人間関係だった。そして、妙な結束力がある。もちろん、淡白な人もいるけれども。TQMの活動で必要だからと言って、しっかり皆の連絡先も交換している。


 不思議なことがあるとすれば、TQMの中で私の立場がとても強くなっていることだ。そもそも、雑務の多い医療職。独身でなければ勤まらないことも多い。


 二週間に一度出会うTQMメンバーのことが苦にならないから、私は可能な限りその仕事を受け入れていた。


 ある日、私の耳に情報が入った。それは、TQMメンバーの一人、笠木さんが結婚するということだ。今日、笠木さんは来ていない。どうやら、どうしても抜けられない式の打ち合わせがあるらしい。


ああ、笠木さんも結婚ね。


 時折、押し寄せる孤独感。結婚への強烈な憧れ。素直に喜べない私はいるけれど、素直に喜べる私もいる。


「プレゼント買いましょうよ」


TQMメンバーの一人が言った。前川さんという中年のおばちゃんだ。その言いだしは、実に前川さんらしい。そして、次に続く言葉も前川さんらしい。


「吉浦さん。時間あるかしら?若い子のセンスって分からないのよね。買ってきてくれないかしら?」


――はあ?


私は思わず言いそうになる言葉を飲み込んだ。


前川さん。なぜ、私なのですか?私にも都合があるのですけど。いえ、その前に、私、そんなにセンスありませんけど。私生活腐っていますから、服とか買いませんよ。高校生のころから同じジャンバー着ていますよ。仕事も週に一日ぐらいしか化粧していませんよ。家の寝間着は、中学生のころから来ているフリースですよ。部屋の家具にもこだわりがないから、殺風景なものですよ。


なんて、自分を卑下する言葉は次々出てくるけれども、断れない私。


「良いですよ」


本当は良くない。それでも、断れない私。


TQM会議が終わって、仕事に戻るメンバーを見送り、私は溜息をついた。ホワイトボードに書かれた字を消していく。


 笠木さんに何を買うのか。それも悩みの種。


 面倒なことは早く終わらせたいから、今日行くかな。なんて思った。


「吉浦さん、何買うの?」


菊野が机を片付けながら言った。


「まだ、何も決めていないけど、何か適当に選ぶよ」


菊野への遠慮は、一緒に飲みに行った頃より無くなっていた。頑張りすぎる私が、少し怖いと思うくらい、菊野は計り知れない大きな情熱を仕事に抱いていたからだ。


「そんな寂しいこと言わないで、せっかくだから一緒に選びに行こう」

菊野は笑った。


 一緒に選ぶも何も、私はシフトに左右される勤務を送っている。だから私は、誰かと一緒に出掛けることなんて想像もしていなかった。それでも、ナースステーションに戻り、勤務表を見ると、来週の土曜日休みでないか。


 土曜日が休みでないか。


 土曜日が休み。

 休み

 休み


 私は仕事を終えて家に帰ると、携帯を開いた。私の携帯はガラケーだから「開く」という表現で正しい。


 携帯を開いて、メールを打つ。

 相手は菊野だ。


――来週、土曜日休みだから、笠木さんへのプレゼントを買いに行こうと思っています。今日の昼に、一緒に買いに行くという話をしていたので、メールをしてみました。一人でも大丈夫なので、何も気にしないでください。



 そんなメール。

 無理に誘うでもなく、向こうが断り易いように。


 菊野からのメールは来なかった。代わりに、次に日に病棟で出会った時に言われた。


「来週、土曜日行こうか」


私は頷いた。



 どうやら、菊野はどこか抜けた人らしい。土曜日に買いに行くと言ったきり、何も決めようとしない。なにかあれば一人で行けばいいし、当日の昼ぐらいに、どこかのデパートで待ち合わせをすればいいだろうから、私は何も言わなかった。すると、前日の夜にメールが届いた。


――十一時ぐらいで良い?近くの駅はどこかな?迎えにいくよ。


はあ?


私は思った。迎えに来てもらう必要などない。それでも、移動が楽なのは魅力的だ。私は近所の駅をメールした。


 もちろん、それから菊野のメールは来ない。彼の中での問題は解決したらしい。それは何とも菊野らしい。



 翌日、私は菊野と買い物に行く準備をした。

 自分でも変だと思う。久しぶりに化粧をした。


 化粧水をたっぷりつけて、下地を塗る。ファンデーションをつけて、チークをつけて。チークは肌の色に合わせてオレンジ色。アイシャドウは、派手すぎないブラウン色。アイラインを塗って、マスカラをつける。


 我ながら、化けたものだ。


 私の姉は化粧映えする顔をしている。妹も同じ。つまり、私も同じだ。


 翌日の十一時、駅に私はいた。菊野は五分遅れて、車で来た。

「わざわざすみません」

私が言うと、菊野は笑った。

「せっかくの休みに、電車に乗せるのも悪いからね」

私は菊野の車の助手席に乗り込んだ。

 普段、仕事の時はすっぴんであることが多い。今日の私を、菊野はどのように見ているだろうか。変だと思っていないだろうか。


 やっぱり、普段通りすっぴんでくればよかった。


 そう思ったが、菊野が何も言わないから、私は胸をなでおろした。


 せっかくだから、と菊野と私は昼ご飯を一緒に食べた。

 一緒に出掛けると、菊野という人が、とても優しい人だと分かる。仕事に対して、怖いほどの熱血漢なのに、細かなところは優しい。


 レストランでは、奥の席を譲ってくれる。

 メニューはこちらに見やすいようにおいてくれる。

 デザート食べないかと聞いてくれる。

 今日、電車に乗らないで良いように迎えに来てくれたのもそうだ。


「菊野さんは優しいですね」

私が言うと、菊野は困惑した。

「普通だろ」


なんだか、新鮮だった。

「そういうのは、可愛い子にするべきですよ」

菊野は困惑して笑った。

「世間的に見つけたら、可愛い方でしょ」


 なんとも言えない気持ちになった。



 これが、遊びに行く私。




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