97.受難 その1
リコの体調不良はどうにか落ち着き、一晩で退院することが出来た。
手回り品だけの荷物だったので、1人で十分だったが、連絡を受けたハナと近藤のカップルが心配して手伝いに来てくれた。
「ゴメンね、1人でも平気だったのに」
「何言ってんの!妊婦は重いもの持ったり無理しちゃダメなんだから」
そう言うとハナはバッグ一つだけの手荷物をわざわざ近藤に持たせた。
「にしてもよー、馬鹿シンの奴、リコちゃんの退院にどこほっつき歩いてんだ?」
近藤は荷物を運びながら、ぶつぶつと言った。
昨日の夜、病室を出てから慎也の行方が分からなくなった。
携帯もメールも返事がなく、慎也が今何処にいるかは誰も分からなかった。
「そのうちひょっこり出てくるんじゃないの?メールしたんでしょ?リコ」「う、うん」
確かに今日の退院は慎也に一応メールで知らせたが。
その時、病棟の廊下の反対側を見覚えのある背の高い影が歩いて来るのをリコが見つけた。
「慎也…」
リコは慎也の姿を見つけてホッとした。
が、その左頬には痛々しい大きなガーゼが貼られていた。
「シン…!」
「ちょっ…その顔どうしたの!?」
慎也の顔を見た近藤とハナが思わず声を上げた。
「誰かと酔っ払ってケンカでもしたのか?」
「バーカ、違うっての!」慎也と近藤のやり取りを聞いて、リコはふとあることを思い出した。
「わリィなリコ、余計な心配かけて」
結局慎也と車で帰ることが出来たリコだったが、ハナと近藤と別れてからどうしても聞きたいことがあった。
それはリコにとって少し怖いことではあったが。
「慎也…」
「ん?」
ハンドルを握って正面を見ている慎也にリコは尋ねた。
「『ザップ』に行って来たの…?」
単刀直入過ぎる質問だったかもしれない。
しかし、それ以外他に上手い聞き方が思い浮かばなかった。
リコは慎也からの答えを緊張の中で待っていた。
慎也はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと優しく答えた。
「大丈夫だよ。心配するな」
慎也は目線をリコに向けるとリコのセミロングの髪を優しく撫でた。
笑顔を見せる慎也の頬の保護ガーゼが痛々しい。
多分、ザップで、何かあったのだろう。
だがそれ以上はリコも聞くことが出来なかった。
ただ慎也が自分の所為で犠牲になったのは間違いないことだった。
「私の所為で、ゴメン…」そう言うとリコの目からポロポロ涙がこぼれた。
慎也はリコが泣き出したことに驚き、ふっと息をつくと少し笑顔になった。
「お前の所為じゃねえよ」慎也は優しく、きっぱりと言った。
「ただ、これからはしばらく1人で出歩かない方がいいかもな…」
「え…?」
「仙崎にリコのことを知られたのはかなりヤバい…」
正面に向き直り、慎也は真剣な表情で言った。
「でも、リコは俺が絶対に守るから」
そう言うと慎也はリコの頭を優しい撫でた。
リコには、この先慎也が非常に危険な道に進んで行くのではないかという悪い予感がして仕方なかった。
だが、今身重でもある自分には、彼にどうしてあげることも出来ない。
今はただ、悪い予感が単なる思い過ごしだと願うことと、慎也が無事であることを祈るしかなかった。




