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RISKY―傷だらけの十字架―  作者: 桜井敦子
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90.苦悩 その8

マンションに戻ったリコはソファーの椅子に座り込んだ。

気付かないうちに少し疲れが出ていたみたいだった。


初めての妊娠で精神的に不安定になっているのかもしれない。


だが落ち込みの原因は、それだけでないようにリコには思えた。


自分の中に燻る、直視したくない感情…。



「大丈夫か?」

慎也の気遣う言葉にリコははっと我に返った。

「ご、ゴメン!」

「何謝ってんだよ。今日は疲れた?」

「う、うん大丈夫」


そうリコが言うと慎也が屈み込み、リコの頬に手を添えると顔を覗き込んだ。

「あんま顔色良くねえぞ。リコは頑張り過ぎるところがあるから」


優しくて、色艶もある慎也の顔。


彼は純粋に自分を愛して心配しているだけなのに…。


「買ってきたの、俺が皿に移しておくよ。飲み物は、紅茶とかがいいか?」


席を立ち、慎也はテーブルの上の買ってきた惣菜を皿に盛り付けた。


リコが振り返ると慎也が背中合わせで皿に準備をしていた。


リコの目線には慎也の引き締まった下半身の後ろ姿が目に入った。


リコは思わず手を慎也の臀部へと伸ばした。


ここで触れたとしても多分慎也は本気で嫌がりもせず、「欲求不満か?」とからかわれて冗談にしてしまうだろう。


それを考えると急に腹立たしくなった。



リコは触れようとした手を引き、拳を握りしめた。




ベッドに入れば慎也はいつものように、自分を抱き寄せてくるだろう。

いつもだったら、そのまま顔を向かせてキスをして来るところである。



間接照明だけの薄明かりの灯る寝室。


リコがネグリジェに着替え、もの想いにふけってベッドの端に座っていると、案の定、慎也が自分の肩を抱き寄せてきた。


「リコ…」


湯上がりの彼は大体必ずリコを求めるので、いつも黒いバスローブ一枚という姿である。


だが、リコはこの晩は初めて慎也から顔を背け、自分の肩に乗せた彼の手を払いのけた。



「リコ…?」

今までにないリコの行動に慎也は驚きを隠せなかった。



リコも初めて慎也に拒絶の態度を取ってしまい、気まずい空気が流れた。



「今日は、あまり気が乗らないか…?」

沈黙を破り、肩に置いていた手を引きながら、慎也は取り繕いながら言った。



決して慎也に触れられるのが嫌ではない。



だが…。

リコが本当に望むのは…。


「違うの」

リコは小さな声で、しかしはっきりと言った。

「え?」

慎也は驚いてリコの方を見た。



「私は…」

その後の言葉を続けられなかった。


慎也はリコの言葉を待っていた。


再び沈黙が支配した。


「な、何でもない…」

言葉を続けられず、リコは折れた。


そのリコの肩を今一度慎也は強く引いた。


リコが驚いて振り向くと慎也の鋭い視線とぶつかった。



本気の時の慎也の目付きはいつも鋭いのをリコはあまりに良く知っていた。


その視線に身を強ばらせると視線と同じく鋭い口調でリコに言った。



「俺に何か隠してるだろ?」

リコの目が凍り付く。

彼のこの態度からは逃れられないのはリコは良く知っていた。



「私は、慎也以外の人は…」

「そういう意味じゃねえ。何か言っちゃまずいとか、そういうことじゃねえのか?」

慎也の視線と口調が更にリコを追い詰める。


「何か悩んでんなら俺に直接言えよ!俺が信用出来ねえのかよ?」

激しい口調の慎也に、リコは自分の中から、直視してはいけない感情が一気に溢れて来るのを感じた。


怖くなり、目を強く閉じると慎也から身を離した。


視線でリコを追う慎也をよそに、リコはサイドテーブルに置いてあるウィスキーをグラスに注いだ。


「おま、それストレート強すぎるぞ!」

驚く慎也の叫び声も聞かず、リコは一気にグラスを飲んだ。


ふうっと一息着くと直ぐに酔いが頭に回って来た。



酔いが回った勢いでリコはベッドに座る慎也の方に向かった。

そして屈むといきなり慎也に自分から口付けをした。

「リコ…?」

驚く慎也を、リコはそのままベッドへと押し倒した。

何が起きたのかと目を見開く慎也に構わず、リコは唇を合わせたまま、お酒の勢いを借りて慎也の黒いバスローブの合わせ目に手を差し入れた。



「…んっ!」

慎也が思わず漏らした声でリコははっと我に返った。

そうだった…。


リコはこんな時に、慎也が過去父親から性的乱暴をされていたことを思い出してしまった。



「ごめん、私…」

あわてて身を離し、リコは身をかがめて震わせた。


「あなたに、してはいけないことをしようとしていた…」

レイプ被害者だった彼に自分は何をしようとしていたのか。

それを考え、リコの目からはとめどなく涙が溢れ落ちた。


慎也はしばらく黙ったままだった。

やがて、リコの頬に優しく手を触れた。


「昔の心配、してくれていたのか…」

そう言うと、慎也はリコを優しく抱き寄せた。


「リコは自分がしようと思った事が親父と同じだって思ってたのか?」

まだ涙で濡れたままの顔で、リコは無言で頷いた。


肩を抱き寄せる慎也の目は、不思議なくらいに穏やかになっていた。


「お前は、女じゃん」

「え?」

「女だったら、男を求めるのは自然なことだろ?」

「どういう…」

リコが言い終わらないうちに、慎也は身を離し、リコの手を取った。


そして、ゆっくりと慎也が下になる形で取った手を自分の首筋から胸元へ這わせて行った。


そして、少し恥ずかしいのか、目を閉じ、熱い吐息を吐き出した。


その悩ましいばかりの慎也の表情にリコは全身が熱くなって行くのを止められなかった。



リコは自分がおかしくなりそうで慌てて手を慎也から引き離そうとした。


だが、慎也の手がリコの手を強く掴み離そうとしない。


「慎…やめて…!」

離れようとするリコを慎也は離そうしなかった。


「嫌か…?」

「え…?」

「俺が、感じているところを見るのは」


しばらく沈黙が二人を支配した。

「慎也は、どうなの?」

リコは恐る恐る尋ねた。


「俺は…」

慎也は首を横に向けたまま薄く目を開いた。

目は恍惚として潤み、その表情は色っぽいばかりだった。


「俺は、リコでもっと感じたい…。それが俺の本音…」

「…」

「感じてるところも見てほしい…」

そう言うと、リコの身体を再び引き寄せ、リコの耳元で囁いた。


「リコが思うままに俺を求めて…」

語る口からは慎也の熱い吐息を耳元に感じた。


リコは、もうバリアを張る必要がないと思った。


そして、再び慎也に口付けると、バスローブの合わせ目を脱がせた。

慎也もリコの手を掴み脱がせるのを手伝った。


肩から厚みのある胸板が露になった。


男性らしい引き締まった体つきなのに、肌はなまめかしいくらいになめらかである。


そこに唇を這わせながら、今度はバスローブの裾に手をかける。


内腿を指が這うと、慎也は軽く喘ぎ声を上げた。



もともと慎也にはそれなりの色気は感じてはいた。


だから彼が好きになったし、男として彼を求めたいと思った。


しかし、今目の前の慎也は本当に無防備な状態でしかも自分を性的に誘おうとしている。



女性が男性に欲情を抱いてはいけないと誰が決めたのか?



目の前の慎也は自分にされることを心底から望んでいる。


リコも自制心を外し、自分の感情のままに彼を求めた。


そして、彼も求められることを望んだ。



自分の愛撫に感じ、慎也も恥じらうことなく、感じるままに身を捩り、反応した。


そんな慎也はリコから見ても堪らなく美しかった。

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