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RISKY―傷だらけの十字架―  作者: 桜井敦子
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78.再生 その6

ある程度予想をしていたことだったが、案の定リコの両親への挨拶はすんなりとは行かなかった。



応接間にリコと慎也、そして向かい合って、リコの父親が憮然とした表情で座っていた。


「どうぞ」

リコの母親が紅茶をテーブルに置く。


リコは空気の緊張感に落ち着かず、両手の拳を膝の上で強く握りしめ、冷や汗をかいていた。


それに控え、慎也の方は俯いてはいるものの、背筋を伸ばした姿勢で座り、不思議なくらいに落ち着いていた。


これから予測される出来事は、遥かに慎也の方が厳しいものであろう筈なのに。


「どういうつもりだ?」

リコの父は紅茶を一口付けながら、言った。

「お父さん……」

「お前に聞いているんじゃない。彼に聞いているんだ」

リコの言葉を父親はピシャリと遮った。


「慎也君と言ったっけ?何の用件で来た?」

「お父さん、そんな言い方……」

反論しようとするリコを今度は慎也が手を出して制した。


「莉子さんとの結婚を考えています」

少し間を置いてから、慎也は単刀直入に言った。

父親はふうっとため息をついた。

「尾藤建設の一連の騒動は私が知らない筈がないだろう」


リコは慎也と父親のやりとりを固唾を飲んで見つめていた。

「お父さんに、そう簡単に結婚を許して貰えないのは十分分かっています。けど……俺の気持ちに変わりはありません」


内心では緊張しているかもしれないのに、傍から見た限りでは慎也の言動は極めて落ち着いていて、はっきりしていた。


「君が私の一人娘の莉子をもらうということがどういうことか分かっているんだろうな?」

「はい」

うつむきながらも慎也はきっぱりと答えた。


「莉子は私達夫婦が手塩に掛けてとても大事に育てて来た。だから私達にとっては、何処に出しても恥ずかしくない、そう言った自慢の娘だ」

「……」

「確かに一樹の一件では、私達も完全に騙されてしまった。まさかあんなに簡単に騙されるなんて私達も思ってもいなかった」

「……」

「一樹の件が破談になったのは幸いだが、かといって、君を完全に信頼した訳ではない」

「分かっています」

「莉子を幸せにする自信があるのか?」

「俺は、何があっても莉子さんを守って、幸せにします」

慎也は真っ直ぐ父親を見据えてはっきりと宣言した。その言葉に、リコは心が温まって行くのを感じた。


だが、その温もりはすぐに冷えきった空気にかき消された。

「口ではなんとでも絵空事を言える」

父親は冷たい口調で慎也を突き放した。


「お父さん!」

リコが思わず声を上げた。

「君の生育過程も様々なところから聞いて来た。尾藤建設とは暴力団ともつながりがあるそうじゃないか。そして、君自身も荒れて不良仲間とつるみ、暴走族にも入って。

曲がりなりにも、一時とはいえ、君自身その父親の会社の後を継いだんだろう。そんな君が、挙げ句の果てに本城の姓になる?所詮現実から逃げたいだけなんじゃないのか?」


「……」

有無を言わせない父親の言葉にリコも慎也も黙ってしまった。


そう簡単でないのは分かってはいた。

だが、いざ言い切られてしまうと、リコには反論の余地は全くなかった。


そんな中、

「俺は……」

慎也が沈黙を破った。

「それでも全ての事から逃げないって決めたんです」リコは思わず慎也の方を見つめた。


「それで?」

父親は尚も冷たい反応を崩していない。

「リコと結婚したい気持ちに変わりはありません」

「……」

「俺は確かにあの父親の息子です。俺自身も不良仲間とつるんで暴走族もやっていました。ガキの頃ですが、実際に警察に捕まったことも何度かありました」

「……!?」

父親はそれを聞いて顔に更に怒りを顕にした。

「莉子、お前はこんな男と結婚するなんて正気なのか!」

怒鳴る父親にリコはただ身を固くしているしかなかった。

「慎也は、今は仕事も真面目にやってまともだもの!」

何か言おうとする父親に慎也が割って入った。

「信用されないかもしれませんが、莉子さんは本当の俺のことをちゃんと分かってくれました。だから、俺は莉子さんを大事にしたいんです!」

慎也は丁寧ながらもやや強い口調で言った。

「慎也」

「お父さんにどのように思われても、俺はリコと一緒になります」

「親から祝福されない結婚になったとしてもか?」

「はい……」

慎也は静かだが、きっぱりした口調で言い切った。


父親の深いため息のあと、しばらく沈黙が続いた。

リコは張り詰めた空気に自分から言葉を発することが出来なかった。


「お父さん、慎也さんのこと信用してあげても良いんじゃないですか?」

応接に座らず、立っている母親が堪らずに父親に声をかけた。

しばらくして、父親は口を開いた。

「莉子」

「はい」

「お前はどうなんだ?」

父親はようやくリコの気持ちを尋ねた。


「私は……この人に全てをかけようと思います」

リコは父親の方を正面向いて、答えた。

その言葉に慎也の表情が微かに緩んだ。


「なら、お前たちの気持ちは既に決まっているんだな?」

「はい」

二人は声を合わせて答えた。


「そうか……」

父親の口調が少しだけ緩んだ。

「許してくれるの?お父さん」

リコの表情が期待に一気に明るくなった。


「慎也くん」

「はい」

父親と慎也は互いを見つめた。

すると父親は立ち上がり、慎也のそばにやってきた。

何だろうとリコと慎也が父親を見つめた次の瞬間……。


鈍い音が辺りを包み、終わって見ると慎也がソファーから転げ落ちていた。


父親は右手の拳を握りしめ、その場で怖い表情で二人を見つめながら仁王立ちしていた。


「お父さん!」

「ちょっと、あなた、何も手まで上げなくても!」

リコと母親は悲鳴に近い叫び声を上げた。


顔を上げた慎也の口の端が切れて血が滲んでいた。


「慎也!」

リコは思わず慎也に駆け寄った。


「いいか、これがお前たちの結婚だ。お前は自分の十字架を背負い、それに私の嫌悪という重荷を更に背負って行くのだ。それを承知の上で本城の姓を名乗り、一緒になるがいい!」

父親は二人の前で大声で叫んだ。


リコはブルブルと震え、涙ぐんだ。

「……はい」

俯いたまま、慎也は表情を変えず、はっきりと答えた。



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