73.再生 その1
「慎也、見て」
リコはパソコン画面に映し出されたニュースサイトの記事を見て慎也を読んだ。
『若手IT社長、違法ソフト開発で逮捕。関連の尾藤建設社長からも事情聴取』
二人の目に大見出しが飛び込んで来た。
「ああ、俺もさっきスマホで見た」
「警察動くの結構早かったね」
「そうだな。俺達が通報してそんなに経ってないのに」
先日、二人は一樹の会社が暴力団事務所を介して尾藤建設に違法ソフトウェアの開発をしていることを警察に届け出た。
その後、尾藤建設からの内部告発もあり、捜査の結果違法ソフトが発見され、尾藤建設と一樹の会社、それに仲介役の興和会と一斉に警察の捜査が入った。
テレビや新聞でも大々的に報道され、大きな騒ぎになった。
「親父が逮捕されるのも時間の問題だろうな……」
慎也は他人事のように言った。
自分の身内をこんなにも突き放せる慎也。
彼は、これまで如何に父親と温かい関係を築く機会がなかったか、リコは複雑な思いで慎也を見つめた。
――ここはリコのマンションである。
結婚を決めて以来、慎也は毎日リコのマンションに来るようになった。
慎也のアパートにはパソコンがないので、結婚の準備も兼ねて、リコの家に入り浸っているのである。
まだ少し気が早いが、新居探しも始めている。
広さは二人が今それぞれ住んでいる住まいよりやや広い2DKのマンション。そして挙式は先ほど二人が行った教会で比較的安く出来る挙式プランにした。
一樹の豪華な婚約式と予定していた住まいに比べれば、シンプルだが、やはり慎也と一緒にいられるのはリコにとっては何にも変えがたかった。
そして、慎也がいるテーブルの前には婚姻届けの用紙が置かれている。
先にリコが自分の欄を書き終えて、慎也が婚姻届けの用紙を目の前にして頭を抱えている。
「うちの住所はえーと、あと本籍って俺何処だっけ。ったく、面倒くせーなー!」
慎也は頭をカキカキ四苦八苦している。
どうやら書類作成の方はあまり得意でないらしい。
「バイクの免許証持っていれば本籍って書いたことなかった?」
「最近IC読み取りで書いてねーから分かんねーよ。…と、親父の名前は、アイツは真一郎で、別れたお袋は、なんだったっけ?確かヒトミ、漢字は……覚えてるわけねーじゃん!」
慎也には申し訳ないと思いながらも、婚姻届けで四苦八苦している慎也の姿がちょっぴり可笑しくて、リコはパソコン画面を見ている振りをしてクスクス笑ってしまった。
初めて会った時のあのクールなイメージとは明らかに正反対だった。
だが、慎也は一度自分を見失ってリコから離れる前と比べると、何だか性格が少し明るくなった気がした。そして、どことなく、自信に満ちているようにも見える。
そういう意味でリコには慎也が、更に頼りがいが出てきたように思えた。
そんなことを、婚姻届けを前に悪戦苦闘する慎也の後ろ姿を見てリコは思っていた。
「出来た?」
リコはそろそろかなと、慎也の様子を見に行った。
「なんとかな」
用紙を前に慎也は疲れ切った顔になっていた。
思わず笑いそうになるのをこらえながら、リコは用紙をチェックする。
「本籍とお袋の名前は忘れたから区役所で確認する。後は名字をどっちにするかだな」
それは、二人の運命を決める大きな問題である。
「普通に考えれば『尾藤』でしょ?」
リコは慎也を立てた方が良いと提案した。
「じゃあ、『尾藤莉子』?」
「でしょ?」
「プッ何か変じゃねえ?」吹き出して言う慎也にリコはムッとした。
「変ってなにそれ!?」
「合わねえし、絶対」
「な、何よそれ!」
リコは思わずムキになって怒った。
「……それに比べて『本城慎也』って何か正義のヒーローみたいで格好よくね?」
慎也は自分の名前の上にリコの名字を勝手に重ね合わせ、満足そうに笑みを浮かべた。
「言われて見れば……」
「じゃあ、決まりだな」
「え?」
何となく同意したのが運のツキだったのか、慎也はリコの反応を待たずに婚姻届けの結婚後の姓の欄になにやらペンで書き込んだ。
「ちょ、ちょっと!!」
「言っとくけど、俺は結婚したら亭主関白たからな」亭主関白は本気か冗談か定かでないが、リコの意見も聞かず、『妻の姓』の欄にチェック印がくっきりはっきり付けられてしまった。




