72.告白 その4
リコが連れて行かれたのは、慎也が社長になる前に一緒に行った教会だった。
「ここは……?」
「覚えてるか?」
慎也は誰もいない礼拝堂へ先に進んで行った。
「慎也がプロポーズし損ねたところだよね」
「ろくなこと覚えてねえな」
リコのからかった返答に慎也はふてくされた。
「覚えている。綺麗なところだよね。落ち着く雰囲気というか」
リコは慌ててフォローした。
慎也は礼拝堂の前の十字架のキリスト像を見つめた。
「慎也……?」
リコも慎也の見つめる方を一緒に見た。
慎也は思い詰めるように何も言わずにキリスト像を見つめている。
「これってキリスト……?」
「ああ」
慎也はキリスト像を見つめたまま答えた。
リコは不思議そうに慎也を見つめた。
「この像が、どうかしたの?」
「俺は、コイツに救われた」
「救われた?」
リコは牧師と慎也の間のやりとりを知らなかった。
「ああ、この人の背負ったものに比べたら、俺なんてちっぽけだなって思えてさ」
「私も何となく聞いたことある。イエス・キリストは人々の罪を背負って十字架にかかったって話だよね」「それに比べて俺が背負っていたのは自分の過去の傷と罪くらいなもんだからな」
慎也は自嘲気味に笑った。
その慎也の軽く言った言葉が本当はどれだけ重いものだろう。
その本当の重さがリコの胸に突き刺さった。
自分の重い傷をこんな風に軽くサラリと流せるなんて。
リコはもう一度キリスト像を見上げた。
彼は、このキリスト像に本当に救われたのかもしれない。
多くを語らなくても、リコにはそれで十分だった。
慎也の瞳が初めて会った頃よりも澄んでいるのが何よりもの証拠だった。
(何て綺麗な目……)
リコは澄んだ瞳でキリスト像を見つめる慎也にしばらく見惚れていた。
「リコ」
キリスト像を見上げたまま慎也が呼び掛けた。
「ん?」
「……結婚しよう」
「……え?」
突然の慎也の言葉にリコは耳を疑った。
「結婚?」
「うん」
突然の言葉にリコはどうしていいか分からなかった。
「そんな、急に。まだ付き合い始めたばかりなのに!」
「デートとかは結婚してからだって出来るじゃん」
「そ、それは可能だと思うけど……」
リコは信じらんないという目で慎也を見つめた。
「嫌か?」
「い、嫌じゃないよ。ただ……貴方はそれでいいの?」
「俺は、もうリコ以外の女は考えられない。後にも先にも、お前だけだ」
慎也はきっぱりと断言した。
こういう大事な決断を、こんなにも大胆にするなんて……。
慎也はリコを真っ直ぐに、一点の曇りもない目で見つめた。
そんな大胆さが女のリコには男らしく、そして少し語弊があるがセクシーにも感じられた。
「これから生涯、私と人生を一緒に歩んでくれるの?」
見つめるリコに慎也は静かに、しかし力強く頷いた。
思わずリコの目から涙がこぼれ落ちた。
そして後から後から涙が溢れて来た。
そんなリコを見て慎也はクスッと笑った。
「ったく、お前って結構泣き虫なんだな」
そう言って優しく指で涙を拭ってあげた。
「だって、あんまりに突然なんだもん」
リコはしゃくり上げながら反論した。
「あんまり泣くとブスになんぞ」
「なにそれ!」
今度は慎也に逆襲された格好になった。
「それってさっきの仕返し?」
「かもな」
慎也はちょっぴりイタズラっぽい笑みを浮かべると、そのままリコの顎に手をかけ、口付けした。
それは、優しくて甘いキスだった。
慎也はすぐに唇を離さず、何度も角度を変えて、深いキスをした。
やっと離れるとリコは慎也の頬に手をかけて見つめた。
「私の物になるのね?」
至近距離で確認するように問いただすと、慎也は真っ直ぐ見つめて頷いた。
「来ていたんですか?」
背後から誰かが二人に声をかけた。
二人は咄嗟に身を離し、声の方を見た。
入り口の方に、かの牧師が立っていた。
「あ、先日は……」
慎也は慌てて牧師に会釈をした。
「知ってるの?」
「ああ」
慎也はやや照れくさそうに鼻を触った。
牧師は穏やかな微笑みを浮かべ二人を見つめた。
「先日は、ありがとうございました」
慎也は改めて牧師に向き直り、お辞儀をした。
「貴方の顔を見れば、何かを見つけたのはすぐ分かりました」
牧師の言葉に慎也はもう一度軽くお辞儀をした。
「そちらの女性は、彼女さんですか?」
『彼女』と言われてリコはちょっぴり恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「さっき、結婚の約束をしました」
慎也は牧師にはっきり告げた。
「そうですか、それはおめでとうございます」
にこやかに言う牧師を前に二人は思わず恥ずかしそうにした。
「貴方の重荷を一緒に背負ってくれる伴侶が見つかったのですね」
「彼は、自分の過去を全て私に話してくれました。私は彼の全てを受け入れようと思いました」
「その気持ちが、彼を心底から救ったと思います」
慎也も牧師の言葉に頷いた。
「お嬢さん、お名前は?」
「あ、本城莉子と言います」
「莉子さん、ですか。良い名前ですね」
リコはちょっぴり照れくさそうにした。
「莉子さん、彼を大事に支えて上げて下さい。彼は、貴方が頼りです」
「はい」
照れながらも、しかしリコはしっかりと頷いた。
慎也はそんなリコを頼もしげに、眩しそうに見つめた。
(私は、本当に自分が考える以上に重い物を背負っているのかもしれない)
リコは慎也を人生の伴侶に選ぶ重さを改めて噛みしめていた。
「私は、貴方たち二人なら困難を乗り越えてやって行けると思います」
「ありがとうございます」
二人は牧師に頭を下げた。
「先ほどの仲睦まじいお姿を見てればね」
牧師は微笑むと「失礼」と背中を向けて去って行った。
「……」
牧師の去って行った方角をしばらく二人は呆然て見つめていた。
「見られてたかな……?さっきの……?」
リコは先ほどの濃厚なキスシーンを牧師に見られたかと思うと、顔が真っ赤になった。
「ああ、間違いねえな……」
隣にいた慎也も思わず顔を赤らめた。




