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RISKY―傷だらけの十字架―  作者: 桜井敦子
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69.告白 その1

朝日が部屋の窓に射し込んで来て、リコは目を覚ました。


目覚めた視界の先には慎也が裸のまま、静かな寝息を立ててまだ眠っている。


目の前の彼の穏やかな寝顔がリコにはたまらなくいとおしい。


まだ寝ている慎也の額にキスをして、リコは起きた。

服を着て、リコは台所の冷蔵庫を開ける。


ざっと見回してどうにか2人分の朝食が作れそうなのを確認した。


コーヒーを沸かしながら、リコは昨夜脱ぎ捨てた慎也の服を丁寧にたたみ、革ジャンパーはハンガーに吊した。




カタカタと朝食の支度をする音と匂いで慎也はようやく目が覚めた。


ワンルームの小さな部屋なので、起きるとリコが台所で朝食を作っているのが目に入った。



「おはよう、起きた?」

起きた慎也に気が付き、リコは声をかけた。


改めて明るい場所で露になった慎也の上半身は筋肉のつき方やバランスが取れている。


その身体に昨夜抱かれたかと思うと、思わず赤面してしまう。


「よ、良く眠れた?」

リコは恥ずかしさで慎也の裸から目を反らせながら聞いた。


「うん……」

慎也はぼんやりとしながら答えた。


「朝ご飯、簡単なものだけど作ったから、良かったら食べて」

チーズオムレツにソーセージの付け合わせ、それにトーストとサラダ、コーヒーが狭いテーブルに並べられた。


慎也は自分のために朝食を用意してくれたリコをいとおしげに見つめた。


「あ、あの……服着てね!」

慎也と視線が合ったリコは思わず恥ずかしそうに言った。

「あ、ゴメン……」

慎也も自分が裸だったことに気が付き、顔を赤らめた。



「リコ……」

Tシャツとジーパンを着た慎也は、コーヒーを入れているリコに言った。


「何?」

「伝えたいことがある…」

振り向いたリコをまっすぐ見つめながら、慎也が言った。


リコはコーヒーポットをテーブルに置き、慎也のそばに寄った。




慎也はベッドの端に腰掛け、何か思い詰めた顔で俯いていた。


リコはその表情を伺うように慎也の隣に腰掛けた。




「この間の、俺が急に変になった理由なんだけど……」

「うん、どうしたの?」

「……」

慎也はそれからしばらく、口をつぐんで話そうとしない。


「どうしたの?話したいことがあったら、何でも聞くから」

リコは慎也をいたわるように言った。


しばらく沈黙が続いた。


やがて、慎也は意を決したように言った。


「リコにもコンにも黙ってたけことだけど……」

「うん……」


慎也は唾をゴクリと飲み込んだ。

「俺は……中学の時に親父にレイプされた」

「え!?」

リコは、慎也の言った言葉の意味を一瞬理解出来なかった。


(それって、どういうこと!?)

「……」

リコはしばらくどう慎也に返して良いかわからず、黙り込んでしまった。


だが、どうにか気を取り直して慎也に尋ねた。

「それ……本当なの……?」

リコは声を震わせながら言った。

「本当も何も、事実だから……」

慎也は、遠くを見つめながら、わざと平静を取り繕おうと、まるで他人事のように答えた。


「親父の身勝手と暴力でお袋と離婚して、その矛先を息子の俺に向けて来た」

動揺するリコを尻目に、慎也はわざと淡々と続けた。

「……お父さんとの関係があまり良くないって話は近藤くんから聞いたけど……」

リコは声を震わせながら言った。


「それ以来、俺は身も心もボロボロになって行った……」

「……」

リコは再び俯いたまま口をつぐんでしまった。


「親父から性的虐待をされたなんて当時誰にも言えなかった。とにかく、親父から離れたくて、あのことを忘れたくて、グレて不良仲間とつるむようになった……。高校に入ってから酒とタバコを覚えて荒れ狂うようになって、暴走族にも入って、気が付いた時は頭まで張るようになっちまったってわけ……」

「……」

リコは拳を膝で握りしめ、ブルブルと震わせていた。

「破壊して暴れ狂って……だけどレイプされたことだけは、誰にも話せなかったし心底から忘れることが出来なかった」

吐き捨てるように言う慎也の言葉に、リコの目からは知らず知らずのうちに涙が溢れて来た。


「やっとまっとうな仕事をやるようになって、精神科に行って親父から受けた傷のことを初めて医者に話した。だけど、唯一医者しか知らなかったことを、沢田の野郎はネットで電子カルテを不正入手して、俺に脅しをかけて来た……」

慎也は遠くを見つめたまま、淡々とした顔をしていた。

だが、それが却って彼が一人でどれだけ理不尽で苦しい思いをしてきたのかが、リコには痛いほど突き刺さって来た。


涙が後から後から溢れて止まらなかった。


淡々とした顔で過去を語る慎也……。だが、膝で握りしめられた彼の拳は小刻みに震えていた。


「それが、急に態度を変えた理由だった……」

リコは自分の涙を拭うと、手を震える慎也の拳の上に重ね合わせた。


リコの温かい手の感触に、慎也の緊張感は一気に崩れた。


慎也は咄嗟にリコの袖を強く掴むとリコの胸に顔を埋めた。そして、声を殺して嗚咽し始めた。


自分の無念さ、辛さを今慎也は、初めて医者以外の人間に吐き出した。


一人で10年以上も過去を抱え込んでいて、どれだけ辛かったことだろう。


そう考えるとリコの目からも再び涙を溢れ出した。


「辛かったんだよね…」

リコは涙声になりながら、慎也の頭をギュッと抱きしめた。


彼は一人で重たい、重た過ぎる十字架を背負っていたんた。


私は、そんなことも知らないで彼と付き合っていた。

彼の恋人として、全てを分かったつもりになっていた。


だが、本当は何一つ分かっていなかった。

否、分かろうとさえしていなかった。


自分の都合や思いだけで、彼を愛そうとしていた。


私は、本当に自分勝手だ。

だが、そんな自分は傍に居て彼に何もしてあげることが出来ない。


何て私は無力なんだろう。


そんな風に考えながら、リコは慎也の頭を更に強く抱きしめた。


「ごめんなさい。何も分かってあげれなくて……」

涙が溢れて止まらなかった。


慎也は尚もリコの袖を握りしめ、身体を震わせて嗚咽していた。


「凄く辛かったよね……。私は、一緒に泣いてあげることしか出来ない……だから、一緒に泣こう」


静かにむせび泣く慎也の頭を抱きしめながら、リコの目は涙で溢れていた。





******


港の見える丘公園傍にある教会――


教会の礼拝堂のある建物の一室に小さな部屋がある。

その壁には聖句のかかれた貼り紙がある。


「すべて重荷を負っている人は私の元に来なさい。私が休ませてあげよう」


その聖句を、慎也と言葉を交わしたあの牧師がじっと見つめていた。


「あの若者は、きっとまたここに来るでしょう」

日の明るい日差しが降り注ぐ窓の外を眺めながら、牧師は予言のような言葉をつぶやいた。

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