67.覚醒 その2
「引っ越しの手配をしたから今日中にリコのマンションに梱包の箱が届くから。簡単にまとめて置けば、明日は引っ越し業者が全てやってくれるから、心配いらないよ」
婚約式典の前に、一樹はリコに新しい二人の新居に移り住むための準備について説明があった。
全てはリコの同意を得ず、一樹が全く独断で何から何まで進めていた。
「でも……」
ためらうリコに一樹はきっぱり言った。
「尾藤には未来はないよ。アイツを忘れた方が、リコの身の安全のためにもなる」
「……」
言って譲らない一樹にリコには反論するだけの余裕がなかった。
式場から車で送ってもらい、自分のマンションにたどり着くと、引っ越し業者が早速段ボールの束を置いて行った。
「ご自身で梱包したいものだけやっていただければ、後は私どもでやりますので」
そうは言われたものの、リコは梱包に手がつかなかった。
私は、何もかも忘れて沢田さんのところへ行かなくてはならないの……?
リコは、自分の気持ちに納得が出来なかった。
リコは洗面台にある慎也とお揃いの指輪を眺めた。
指輪は薄暗い洗面台で、あの時の、キラキラした思い出を映すかのように輝いていた。
そして、名残惜しそうに手に取って指輪を眺めた。
その時、静寂を破って携帯電話の着信音が鳴った。
誰だろうと思って着信元を確認する。
「尾藤慎也」
ディスプレイの名前を確認すると、リコは躊躇なく電話を取った。
「もしもし?」
リコは半ば信じらんない気持ちで電話に出た。
『リコ?』
聞き覚えのある声が電話口から聞こえてきた。
「尾藤くん?」
リコの奥底から忘れかけていた何かが沸き上がって来るような気持ちになった。
自分が良く知っている、ちょっぴり低くてかすれた慎也の声だった。
リコの目からは無意識のうちに涙が溢れていた。
「あたし……」
『どうしたんだよ?』
つい涙声になってしまったリコに慎也は驚いた。
「明日、沢田さんのマンションに行くの……」
『え!?』
泣きながら言うリコに驚いて尋ねた。
「荷物をまとめて来てくれって……」
慎也は携帯電話を握る手に思わず力が入った。
『ちょ……。今からそっち行っていいか?』
慎也も逸る気持ちを抑えきれない様子で言った。
「え?」
『いいから、ちょっと待ってろ!』
リコの返答を待たずに慎也は急いで電話を切った。
慎也は元のアパートに戻ると自分のバイクスペースに向かった。
バイクには今までの自分を封印するかのように、シートがかけられていた。
慎也はシートを一気に取った。
中から、今までと変わらないメタリック部分がツヤツヤ光るCB1300SFのボディが現れた。
ほとんどトレードマークとも言えるTシャツにジーンズに、少し肌寒くなったので革ジャンというスタイル。首元にはあのクロスのネックレスが一層月明かりに強い輝きを放っているようにも見えた。
そしてバイクに跨ってエンジンをかけると急いでリコのマンションへ夜の道を走りだして行った。




