63.喪失 その10
横浜の中心部に位置するとある高級ホテル。
結婚式を行うことも出来るような大きな式場で、一樹はリコと盛大な婚約式を行うことになった。
結納が身内の儀式なのに対して、婚約式には外部からの招待客も多数招かれていた。
「まあ、良く似合ってるわ、莉子。まるで結婚式みたいね」
衣装に着替え、化粧とヘアスタイルを整えたリコを見て、母親は心からの賛辞を送った。
母親もまた、紋付きの黒留め袖を着て、父親もモーニングを着用という正装スタイルだった。
それだけに、この婚約式の格式がどれだけ高いものか、自ずと窺える。
普段よりも華やかなメイクに、普段のセミロングの髪をウィッグを使って華やかに盛り上げ、頭にはティアラが輝いている。
ダイヤのような輝きのイヤリングとネックレス、そしてドレスはリコが普段良く着るようなクリーム色とオレンジのフワリとしたドレスで、そのままお色直しにも使えるようなドレスだった。
本来なら新郎新婦の控え室となるところで待っている一樹の元へ、リコは両親と共に現れた。
「本日はおめでとうございます」
スタッフやお互いの親族同士が型通りの挨拶を行う。
本当にどこから見ても、結婚式の雰囲気そのものだった。
晴れやかな表情の一樹とは対照的に、リコの表情は暗かった。
「莉子、こんなおめでたい場所でそんな顔するんじゃないのよ」
傍にいた母親がリコを叱責した。
「あ、うん」
リコはあわてて作り笑いを浮かべた。
「リコ」
傍らに一樹がやって来た。一樹もまた、きちんと整髪した髪に、シルバーベージュと襟の部分がブラウンの光沢のある品のあるタキシードと襟と同じ色合いのズボンを着用していた。
胸には小ぶりのコサージュがあしらわれているが、こちらも新婦の格好と何一つ変わりなかった。
「沢田さん……」
「余り心配しないで。僕に任せれば大丈夫だから」
一樹はリコに微笑んだ。
「うん……」
リコは力なく頷いた。
一樹は手を「お手をどうぞ」と差し出した。
しかし、リコは俯いたまま、どうしても一樹の誘いに応えられなかった。
会場は既に招待客で満員になっていた。
一樹の会社と取引のある関連業者や、政財界の地位のある人間とおぼしき顔が、ところどころ見られた。
皆、華やかに着飾った夫人を連れての出席。
やはり並の格式ではなかった。
式場はカジュアルに立食パーティースタイルになっていて、会衆同士が行き来が自由に出来る。
「本日はお忙しい中、沢田一樹、本城莉子の婚約パーティーにご列席下さり誠にありがとうございます」
司会者が、招待客に向かい、代わりに挨拶をした。
「それでは、乾杯の前に、新婦の沢田よりエンゲージリングの贈呈式を行わせていただきます」
「リコ」と一樹がリコに手を出すように促す。
列席者や両親の前で拒否出来ず、リコはおずおずと手を差し出した。
一樹は3カラット、恐らく100万円以上はするであろうダイヤモンドリングをリコの左手薬指に通した。
リコの上でダイヤのまばゆい光が華やかに煌めいていた。
その豪華さに、招待客からも思わずため息が漏れた。
そして、
「今日は僕と本城莉子さんのために集まっていただき、ありがとうございます。今日は僕にとって何より最良の日です。今日は皆様と共にこの幸福を分かち合いたいと思います。それでは、乾杯!」
一樹の掛け声で皆が一斉に乾杯をした。
華やかな列席者の中、リコは招待客の中に見覚えのある姿を捉えた。
大勢の客の奥の方に、紛れもない、慎也の姿があった。
(尾藤くん……!)
リコは思わず駆け寄りたい衝動に駆られた。
だが、今はそれは出来なかった。
「おめでとうございます、沢田社長。このような素晴らしい婚約式にお招きいただき、大変光栄です」
列席者である政財界の大物達が次々と祝辞を述べにやって来た。
「いやいや、素晴らしい婚約式ですな。これは本番の結婚式が本当に待ち遠しくて仕方ありませんな!」
「ありがとうございます」一樹は嬉しそうに礼を言った。
莉子の方へはどこかの政財界の夫人と思われる年配の女性が声をかけて来た。
「莉子さんとおっしゃいましたね?一樹さんのように優秀で才気に長け、かつこんな優しい男と一緒になれるなんてあなた幸せ者ね。羨ましい限りだわ」
リコは無理に作り笑いをするのが精一杯だった。




