57.喪失 その4
慎也の社長就任挨拶の後、リコの職場は騒然となった。
慎也の社長としてのスピーチを賞賛する人、口ばっかりじゃないの?と疑念を持つ人、若いクセに生意気だと言う意見。
しかし、何より女子事務員は慎也のルックスへの話題で持ちきりだった。
リコとハナは、そんな噂話から外れてただひたすら暗い気分だった。
もう業務は始まっていたが、リコはやるべき書類作成に手がつかなかった。
「ねえねえ、本城先輩」
噂話が好きそうな女子事務員がリコに声をかけて来た。
「あの尾藤社長と知り合いなんですか?」
パソコンの前で俯いていたリコは、驚いて顔を上げた。
「びっくりしちゃいましたよー!急にあのイケメン社長に駆け寄ったりしたんですから!」
そんな女子社員に、ゴシップ好きそうな男性社員まで近寄って来た。
「本城さんって、普段おとなしそうだけど、意外と大胆なんだね」
男性社員の言い方にリコは苛立ちを覚えた。
「ねえ、もういい加減にしようよ……」
ハナがさりげなく制するが、同僚たちは尚もリコを質問攻めした。
「社長とは前からお付き合いしてたんですか?」
「社長と結婚するつもりなんですか?」
「だったら玉の輿じゃないですかー!凄ーい!」
リコとハナの気持ちを余所に、噂好きの同僚たちは、リコと慎也の関係を勝手に想像して盛り上がった。
同僚たちの無責任な態度に、リコは遂に堪忍袋の尾が切れてしまった。
バン!と勢い良く両手で机を叩きつけて立ち上がった。
「ちょっと、休憩して来ます…!」
リコはやや声を震わせて、今にも爆発しそうな怒りを必死で押さえながら、足早にオフィスを出て行った。
「リコ!」
ハナはそう叫んでから、質問攻めにした同僚たちをキッと睨んで、リコの後を追った。
リコは会社の最上階にある、会議室が並ぶフロアに行った。
今日はこれという大きな会議もなく、フロアは閑散としていた。
フロアの奥の隅の窓辺に向かって、リコは顔を伏せて泣いていた。
「リコ……」
ハナにはリコの気持ちが痛いほど分かっていたので、どう声をかけていいか分からなかった。
ハナは静かにリコの傍に来た。
そして、肩に手を置くと、優しくリコを引き寄せて、抱きしめた。
「慎也さんみたいにって訳にはいかないだろうけど……」
だが、リコの泣いている姿を見て、ハナは放っておくことが出来なかった。
リコは涙に濡れた顔を、ハナの肩に埋めた。
「二人で一緒に泣こう、ううん、一緒に泣かせて……」
リコを抱きしめるハナの目にも涙が滲んでいた。




